第2話 二人の少年

 ダグは暫く進むと、急に足を止めた。

 そこは鬱蒼と茂る森が続いているように見えるが……。


 ――カタカタ


 カンテラが静かに音を鳴らす。

 すると、蜃気楼のように景色が揺らぎ始めた。


「おお」


 カトレア達が感嘆の声を漏らす。

 揺らぎが止まると、少し斜めに傾いた円柱の塔が姿を現した。

 精霊の星見塔だ。


 石積みの古びた外壁には蔦が絡みついているので、『森の中で放置されたピサの斜塔』といった感じである。

 塔の中は暗く、廃墟のようで少し不気味だが、精霊達が飛び交っているので幻想的に見えた。

 わあ、ゲームでも見たなあ……この光景。


「……いたわ! 勇者様!」


 勇者様がいた!?

 気づかれないように注意しながら、全体を見渡せる場所へと回り込む。

 精霊達が飛び回る空間の中、金髪と黒髪――二人の子供が倒れていた。


「……あ」


 二人の内、黒髪の少年を目に止めた私は驚いた。


 ラ、ランドセル!?


 彼は前世でよく見かけた、黒のランドセルを背負っていたのだ。

 銀縁眼鏡をかけているし、体操服のような紺色のジャージ。

 顔つきもどう見ても日本人だ。

 小学校高学年くらいだろうか。

 ああ、懐かしいなあ……もう二度と会うことはないと思っていた、同郷の人が目の前にいる!


 もう一人、金髪の少年は黒髪の少年より少し年上、中学生くらいだ。

 目は閉じているが、かなり整った容姿だと分かる。

 モデルをしていそうな美少年で、手足も長くスラリとしている。

 とても目を惹くが……私は黒髪の少年が気になって仕方ない。


「見たことのない服……。話で聞いた異世界からきた勇者様に間違いないわね!」


 カトレア達が少年達に近寄った。

 嬉しそうなカトレアの横でシンシアが困った様に眉を寄せた。


「しかし、異世界人が二人ですか……。どちらが勇者様なのでしょうか」

「シンシア、見れば分かるでしょう? どう見てもこちらの方でしょう!」


 カトレアは倒れている金髪の少年のそばにしゃがみ、意識がなく放り出されている少年の手をぎゅっと握った。


 ………………え?


「だってお顔が美……ごほんっ」

「?」

「見なさい! この薄暗い中でも月のように輝くこの黄金の髪! 勇者様に間違いないわ!」


 目を輝かせながらカトレアは言い切った。

 その様子は堂々としていて、世界に向けて宣言しているかのようだ。

 周りにいる騎士達は納得したように「おお……勇者様……!」とか言っちゃっているけど、カトレアは最初に「だって顔がいいもの」的なこと言おうとしていなかった?

 シンシアやダグも「なるほど」と肯いている場合じゃないでしょう!


 異議有り!!

 私は大いに異議有りだ!

 どう見ても!! 勇者は黒髪の少年でしょうっ!!!!


 私の直感がそう告げている!

 絶対黒髪の少年の方!

 絶対に絶対だ!

 根拠はないが、確信がある。

 上手く説明出来ないが……纏っている空気というか、雰囲気というか、彼の周りはとても綺麗なのだ。

 目に見えて分かる反応はないが、ここに集まっている精霊達と同調しているように思える。


 それに……。

 勇者かどうか、という点を除いても私はあの黒髪の少年がとても気になる。

 大人しそうな普通の子、といった印象。

 特徴的なことはないのだが、見ていると湧き上がるこの衝動は何……!?

 彼が無性に尊く、儚く、愛おしいものに見えてくる。

 ああ、こんな冷たくてゴツゴツした地面の上に倒れたままにするなんて可哀想!

 ふっかふかのお布団を敷いてあげたい!


「彼のことはどうなさいますか? 彼も勇者である可能性もゼロではないのでは?」


 女性騎士シンシアが黒髪の少年へと視線を向けた。

 するとカトレアは顔を顰めながら答えた。


「『黒』を持つ者が勇者だなんて……。でも、そうね。今は二人とも勇者候補として連れていきましょう。勇者じゃなくても使い道はあるかもしれないわ」


 カトレアの言葉に思わず眉間に皺を寄せた。

 あー……なるほど。

 カトレアはやたら『白』を纏っているなと思ったら光凶徒だったか。


 この世界にはファンタジーではおなじみの火・水・地・風・光・闇の六属性があり、精霊と呼ばれる存在はこのどれかに属している。

 そして各属性の精霊達には長、『大精霊』と呼ばれる存在がいるのだが、それらを崇める『六聖神星教』という団体がこの世界で最もメジャーな宗教だ。


 六聖神星教は全ての精霊を等しく崇める――ということになっているが実情は違う。

 国や地域によって崇めている精霊が違うのだ。

 カトレアのように特定の属性だけを尊ぶような六聖神星教徒は『凶徒』と呼ばれる。

 ……とは言っても、物騒なことをするわけではなく、単純に一つの属性に傾倒しているという場合が殆どだ。

 六大精霊を均等に崇拝しているのは地位のある熱心な教徒くらいだろう。

 この国、アレセティでは光の大精霊を強く崇める者が多く、一部の者は光と相反する闇を嫌う傾向がある。

 カトレアはそれに該当するようだ。

 光りは白、闇は黒。

 だから黒を持つ者が勇者とは思えない、ということである。


 カトレアはこの中で一番若いが、最も発言力があるように見える。

 そんな人物が黒を嫌悪しているなら黒髪の少年は私が保護した方がいいんじゃないだろうか……。


「うっ……」

「痛……」


 思案しているうちに、倒れていた二人が目を覚ました。

 カトレアと騎士達は二人から少し離れ、膝をついた礼の姿勢をとり、声を掛けた。


「勇者様方、お身体の具合はいかがでしょうか」

「誰だ? ここは……森?」

「森? 勇者様? ……え? ぼ、僕のこと!?」


 二人は周囲を見回したり、カトレア達を見ながら呆然としている。

 黒髪の少年のきょとんとしている様子が可愛い。

 やはり日本人のようで、長めの前髪と銀縁眼鏡からちらりと見える瞳も黒だ。

 彼を見ていると懐かしさと愛おしさが込み上げる。

 身体に痛いところはないだろうか、お腹は空いてないかな……!?


 金髪の少年の瞳は、晴の海のように輝く青だった。

 モデルというより王子様感が強いかな。

 だが爽やかな王子様、という風ではなく俺様っぽい意志の強そうな瞳だ。

 ここは二人が生きてきた世界ではないこと、勇者として召喚されたことを説明しているカトレアを睨むように見ている。


「どうか我が国にお力添えを……勇者様」

「……勇者、ね。本気で言っているのか?」

「僕が……勇者……」


 金髪の少年は話の真偽を疑っているようだが、黒髪の少年は目をキラキラと輝いていた。

 勇者とかヒーローに憧れるお年頃なのだろうか。可愛い。

 はあ……どうしてこんなに可愛いの? 法律で保護すべき可愛さでは!?

 ついつい頬を極限まで緩ませてしまったが、ふとカトレアの方を見ると、黒髪の少年を冷めた眼差しで見ていた。

 金髪の少年が質問を始めたのでその目は一瞬だけだったが、私はしっかりと見た。

 やはりカトレアが黒髪の少年を保護するのは心配だ。

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