第3話 違い
私は冒険者になってからは毎日クエストをこなしている。
だが、今日……いや、ここ最近はお休みだ。
何故なら、黒髪の少年をストーキン……ごほん――ええっと、見守らなければならないからだ。
森から出た彼らは町で一番高級な宿に部屋を取った。
普通の冒険者はこんな宿には泊まらない。
素性を隠したいのかどうでもいいのか、何がしたいのかさっぱり分からないが、黒髪の少年が気持ちよく過ごせる環境を用意してくれたのだから「いいね!」を贈りたい。
ダグは町に戻る前に騎士達とは別れた。
戻って来てからは一度カトレアと話していたが、人に隠れてコソコソしていた。
極秘の任務というよりは「疚しいことしています」風に見えた。
というか、十中八九疚しいことだろう。
どの国でも六聖神星教とギルドは勇者を取り合っていて仲は良好とは言えない。
ギルドが協力して六聖神星教の者に勇者を渡すなんてことは考えられない。
よっぽどの事情があればそういうこともあるかもしれないが、ダグが『よっぽどの事情』を任せられるような人とは思えない。
私が抱いている印象が悪いだけで本当は優秀な人なのかもしれないが、個人的な見返りを貰う約束をして協力をしていると考えた方が自然だ。
少年達とカトレア達はこの町に滞在しながら、少し離れたところにあるダンジョンに挑戦するようだ。
そこには勇者の証明ともなる大精霊の武器があるとされているので、それを入手したいのだろう。
まあ、「あるとされている」なんて言ったが、実際にある。
ゲーム知識で知っているし、私もゲットしようとしてみたが無理だった。
大精霊の武器は勇者に相応しいものが手に入れようとした時のみ具現化する。
私はそこにあると知っているのだが何も現れなかったのでゲットならず。
現在の少年達の様子だが、ダンジョン攻略に向けて特訓中――なのは黒髪の少年だけ。
金髪の少年も体力作りなどの基礎練習から入るように周りは説得していたが、そんなものはしなくても大丈夫だと拒否。
指示には従わず、毎日好き勝手に動いている。
何度か様子を覗いてみたが、確かに金髪の少年の身体能力は高いようだった。
あ、金髪の少年の名はルイというらしい。
カトレアが金魚の糞のように「ルイ様ルイ様」と呼びながらついて回っている。
シンシアも二人に張り付いているし、ルイの周りは必ず二人以上いる。
一方、黒髪の少年の方だが、シンシアではない騎士の指導をきっちりと受けて真面目に鍛錬している。
あまり運動は得意じゃないようですぐにバテているが、泣き言を言わずに頑張っている姿を見ていると涙が止まらない。
転生してから初めて泣いた。
ああ、あんなに足場の悪いところを走って……!
アスファルトの道路に舗装してあげたい!
私がか弱いエルフなんかじゃなく、ロードローラーにでも転生していれば……!
……というか、私は怒りに震えている。
それは黒髪の少年に師事をしている騎士達の教え方があまりにも雑だからだ。
体力作りに「走れ」と言って放置。
おざなりに剣の振り方を教えた後は「素振りをしていろ」と言って放置。
基本放置で黒髪の少年はいつも一人だ。
奴らを一通り殴っていいですか?
これは指導とは言わない。
こいつらが日本で教師をしていたとしたら、私は教員免許を全力稼働させた焼却炉へ渾身のストレートで投げ込んでいるだろう。
免許だけではなくご本人ごとど真ん中ストライクで投入したいところだ。
よかったね、ここが日本じゃなくて!
稀にシンシアも顔を出すが、「真面目にやっているようだな」と感心して行くだけだ。
カトレアの護衛に加えルイを何とか鍛えてやろうと必死なようで、黒髪の少年の方を構う余裕はないようだ。
そしてもう一点の怒り、不平、不満。
それは黒髪の少年の名前が分からないことだ。
誰も彼の名前を呼ばないのだ。
ルイよりも私は彼の名前を知りたいのに!
聞きたいなあ。
心を開いて貰うため気さくに声を掛けていきたいが、「君の名は?」とウケるかどうか分からないネタを持ってくる勇気はないし、本人から直接簡単に個人情報を頂くわけにはいかないので、対価となるものを用意してから交渉に挑みたい。
今まで稼いだお金とこれから稼ぐお金、私の生涯資産で足りるだろうか……。
思考が逸れてしまったが、とにかく私は怒っているのだ!
見れば見るほどルイと黒髪の少年への扱いに差があることが分かる。
森でのやりとり通り、黒髪の少年には期待していないのが透けて見える。
それなのに健気に頑張っている黒髪の少年を見ていると心が痛い。
カトレア達の態度を見ていると連れ去りたくなるが、頑張っているのに私の判断で勝手なことをしていいものか迷ってしまっていた。
騎士達に隙を見てちまちま小石を投げることしか出来ないお姉さんを許して……。
HPを半分くらいは削ってやったから!
「あ、まただ」
視線の先には昨日よりも長い距離を走っため、疲れて木陰で休んでいる黒髪の少年がいる。
目を閉じて仰向けになっている彼のまわりには今日も蛍のような光――精霊が現れた。
初めて見た時は暖かな白の光で本当に蛍のようだと思ったのだが、最近は光りの色が増えた。
赤青黄緑紫と色とりどりで彼の周りだけプチイルミネーションが展開されているようだ。
だが、最初からいる白の光は他の色が増えてからどこか遠慮しているようで、忙しなく動き回る他の光から一歩引いたところでウロウロしている。
この様子は「自分も好きな子に声を掛けたいのに恥ずかしくって無理!」となっているようにしか見えない。可愛すぎ。
黒髪の少年に通じる愛らしさがある。
そんなことを考えている内に精霊達は姿を消していた。
町の人が通りがかったからだろう。
精霊達は近くに人がいる時には消えてしまう。
ルイやカトレア、騎士達が現れた時もスッといなくなってしまった。
これはもう……やっぱりこの子が勇者で間違いよね。
違ったら精霊だろうがなんだろうが私は抗議いたします。
思わせぶり、よくない。
そこからまた数日経った。
いつものように彼らの泊まっている宿を眺めていると、金髪の少年ルイを先頭にカトレアや騎士達が出てきた。
そこに黒髪の少年はいない。
彼抜きでどこかに行くようだ。
またあの子だけ除け者か!と黒い感情が湧いたが、見慣れてしまった光景なので見送っていたが――。
「やっぱり、納得がいきません!」
ルイ達のあとを黒髪の少年が追いかけて来た。
普段の口数も少なく、大人しい様子とは違う。
小さな肩を震わせ全身で怒りを露わにしている。
ど、どうしたの!?
ルイ達が足を止め、振り返った。
その中からカトレアが一歩踏み出し、見覚えのある冷たい目を黒髪の少年に向けた。
「何がご納得いけないのでしょうか?」
「だって……僕も、僕も勇者だって……!」
黒髪の少年の言葉を聞くとカトレアは大げさに溜息をついてみせた。
うぐぐっ……イラッとする。
近くの木を引っこ抜いて放り投げてやりたいが、彼の身に何が起こったのか知りたい。
堪えて様子を見守る。
「いいですか? 先程もお伝えしましたが、仲間より勇者は一人だと知らせがきたのです。ですから、勇者はルイ様だと…………あら? まさかご自分の方が勇者だと? ルイ様より勝っていると?」
「そ、それは……でも……」
……ほう。
勇者は一人だと分かったから、黒髪の少年はいらないということになったのか。
本当にこの人達はもう……なんて……なんてお馬鹿さん達なの!
揃いも揃って目がグレートブルーホールくらいの節穴のようだ。
だから!!
勇者は!!
黒髪の少年の方だってばー!!
精霊達が出てきてくれたらはっきりするのに、こんな時に限って姿を現さない。
「お前には無理だよ」
何も言い返せずにいる黒髪の少年に向かってルイが吐き捨てた。
「お前、走り回ったり木の棒ブンブン振り回していただけだろう?」
「…………っ」
無理だと言うルイに戸惑っていた黒髪の少年が、基礎訓練を揶揄するような言葉にカッと顔を赤くした。
羞恥と怒りを堪えるように握りしめた拳が震えている。
そのやり取りを見ていた私の顔からはスーッと表情が消えた。
一生懸命真面目に特訓していた黒髪の少年を馬鹿にする態度……許せない。
「オレはもう、魔物を倒したぞ?」
「……魔物?」
「ああ。ダンジョンにいる魔物だ。お前が遊んでいる間、オレはダンジョンで鍛えた。地下三階まで進んだから、今日からは地下四階だ。……お前なら地下一階で死ぬだろうな」
確かに基礎訓練を拒んだルイはダンジョンに潜っていた。
でもそれはルイの勝手な行動に慌てた騎士達がついて行き、守ってくれていたから出来たことだ。
それでレベルが上がって強くはなったかもしれないが、真面目にやっていた黒髪の少年を貶す権利はない。
「じゃあな。もう無駄なことはすんなよ」
冷めた目で黒髪の少年を見下ろすとルイは去って行った。
そのあとをカトレア達がついて行き、黒髪の少年は取り残された。
「…………くそっ」
悔しさに唇を噛みながら立ち上がれずにいる少年に私は何もすることが出来なかった。
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