第1話 遭遇
森に囲まれた自然あふれる町『モーリス』。
冒険者として旅をしている私が、ここ最近滞在している町だ。
田舎の割には色々な施設があり、不便なく暮らせるところがとてもいい。
冒険者ギルドも、木造で年季が入ってはいるが二階建てで立派だ。
一階には、町の人達もよく利用するショップが入っていて、時間を持て余している町民達が井戸端会議をしていたりするので、ほどよく賑やかなことも気に入っている。
今日も、現役冒険者時代の武勇伝を自慢し合っているおじいさん達の横を通り、ギルド二階へ続く階段をあがった。
「フォレストコングでお手玉してやった!」は話を盛りすぎだぞ、おじいさん。
二階は冒険者向けの施設になっているため、一階より人の姿は少ない。
受付カウンターと掲示板前にちらほら人がいるだけだ。
「あ! ベルさん、おかえりなさい!」
空いているカウンターから、私の愛称を呼ぶ声が聞こえた。
菫色ツインテールの少女、顔なじみのギルド職員サリナがこちらに手を振っている。
気さくで親しみやすく、数少ない私の話し相手だ。
二十二歳で私より少し年上らしいが、中学生くらいに見える。
若く見える種族なのかと思ったが、一般的な人族らしい。
「お疲れ様です! クエスト完了ですね?」
カウンターの前へ行くと、用件を悟ったサリナが手続きを進め始めた。
口下手だから話が早くて助かる。
「えーと、少々おまちくださいねえ。あ、またフォレストコングの討伐ですか!? 今回も単身ですよね? いかついゴリラみたいなおっさん達が寄ってたかっても倒すのは大変なのに凄いですねえ。はあ~、いつも不思議ですが、そんなに細い腕でどうやって倒しているんですか? あ、ベルさんの実力を疑っているわけではないですよ! 単純に不思議だと思っているわけで興味というか、麗しき乙女があのでっかい魔物をやっつけているところを見てみたいというか! 筋肉達磨連中にも見て学べと見学させてあげたいですね……って、あ。早く仕事しろ! って思ってます? 私、喋ってますけど手は動かしているので大丈夫です!」
私は何も言っていないのだが、サリナが会話を進めている。
「分かってる。サリナが有能なのは知っているわ」
ちゃんと手が動いているのは見えているし、いつもきっちり仕事をしている。
あまり表情筋の動かない私だが、精一杯微笑んで見せると、サリナがこちらを見て固まった。
隣のカウンターにいた職員と冒険者もこちらを見て止まっている。何?
視線を向けると、二人はわざとらしくゴホンと喉を鳴らしながら、自分達の作業に戻った。
「ベルさんが……ベルさんが笑った……!! 可愛い! やっぱりベルさん笑った方が素敵ですよ! 美人なんですから! こんな危険な冒険者なんかしてなくてもその微笑み一つでお金を差し出す奴なんていくらでも……あっ、でも、それをしないのがベルさんの神聖な美しさを際立たせているんですよね! 安売りはしないという姿勢に惚れます痺れます!」
私が笑ったことを、『アルプスの少女の友人が立てた時』のように言うのは止めて欲しい。
「……はい! 手続きは終わりました。報酬は振り込み済みです! 他にご用はありますか? まだ早い時間ですし、クエストを受けていきますか?」
笑ったことを指摘され、内心照れている内に、有能なサリナが仕事を終えていた。
問われて時計を見ると、確かにまだ昼過ぎだった。
「あの」
どうするか少し考えていると、隣から声を掛けられた。
先程こちらを見ていた、隣のカウンターにいる冒険者の青年だ。
歳は私よりも上、二十代後半くらいだろうか。
声は固いが中々整った顔立ちで遊び慣れしていそうな容姿だ。
イケてるメンズ……苦手である。
「…………?」
声に出さず表情だけで「何か」と問う。
私のコミュ力の低さを甘くみないで欲しい。
「これからクエストを受けようと思うのだが、一緒にどうだろうか」
「ナンパですかあ?」
「ち、違う!」
すかさず質問したのは私ではない。サリナだ。
いやいや、私に対してナンパはないだろう。
ただの根暗ハーフエルフだよ?
好意的な声を掛けて貰える要素なんてない。
もしかして、フォレストコングを倒したのを聞いていたのだろうか。
だから協力して欲しかった?
何にしろ、誘いを受けるつもりはない。
「……用事がありますので」
ぽつりと呟くと、カウンターを離れた。
どんなクエストをしたいのか分からないが、一緒に討伐するならコミュニケーションが必要だ。
そんなの、そんなの…………クエストより疲れるじゃないっ!
私は前世でもあまり社交的な性格ではなかった。
生まれ変わった今世でも、幼少期にあまり人と関わらなかったため、更に拗らせてしまった。
だから私生活で深い関わりを持っている人はいないし、クエストもいつもソロだ。
寂しくはあるが、人と関わることになる労力を考えると、一人でいる方が気楽でいい。
「お前はまたイカサマで荒稼ぎしに来たのか?」
階段を降りようとしていると、一階から上がってきた男が声を掛けてきた。
背は高く、やや腹の出た大柄な中年だ。
……やれやれ、悪意に満ちた声だな。
一瞬目が合ったが、軽く黙礼だけしてすれ違う。
すると、チッという舌打ちをする音が聞こえた。
「あ! ダグさん、またベルさんに根拠のない言いがかりをつけていましたね!? 失礼ですよ!」
「サリナ、お前はまたあいつに金を払ったのか? ちゃんと確認しろと言っているだろう?」
「していますよ! 間違いなく、ベルさんはクエストを達成されていますぅ!」
「あんな小娘一人で、怪我一つせずフォレストコングを狩れる分けがないだろ! ……まさか、今日もまたフォレストコングじゃないだろうな?」
「そのまさかですが」と心の中で答え、ギルドをあとにした。
サリナと話していた男は、このギルドのサブマスターをしているダグだ。
かつては名の売れた剣士だったが怪我をしてしまい、現役を辞めてからはこのギルドで働いているそうだ。
ダグはずっと、私の不正を疑っている。
自分は冒険者だったから、私のクエスト達成内容がおかしいと分かるのだそうだ。
この小娘にはこんな力量はない、と。
でも、逆に聞きたいが、クエスト達成の不正ってどうやれば出来るの?
クエストの達成判定は虚偽を通さない精霊の力を借りたシステムで出来ているのだ。
嘘を言ってもバレるし、改ざんなんて無理だ。
一度そういうことを頑張って話してみたが、「誰も知らない方法を使っているのだ。拘束して尋問するべきだ」なんてことを怒鳴り始めた。
ダグと理解し合うことは不可能だと学んだので、それからは極力関わらないようにしている。
人に嫌われるのは悲しいが、好かれようが嫌われようが、どちらにしても私はぼっちだ。
「きっと私は一生、このままなんだろうなあ」
誰かと時間を共有することなんてないのだろう。
この時は本当にそう思っていた。
ギルドを出ると帰ろうかと思ったが、まだ早い時間だった。
アイテム作りに必要な素材集めをすることにして森に向かう。
「きのこの採集頑張ろう~」
きのこといっても『モール茸』という魔物の一種で動くし、襲ってくることもある。
普段は土の中にいるため、見つけるのが非常に難しい。
でも、私は土から出てくる場所や条件が分かるから楽勝!
すぐに見つけることが出来た。
土から出てきたところを、モグラ叩きのごとくボコる。
毒の胞子をボフボフと撒かれるが、私には状態異常無効のスキルがあるので気にせずボコる。
中々いいストレス発散になる。
布団叩きのようで楽しいけれど、布団からこんなに埃が出てきたら困るなー。
なんてことを考えながら、回収していたその時――。
「ん? なんだ?」
目の前を何かが横切った。
辺りを見回してみるとキラキラと光るものがたくさん浮いていた。
蛍のようだが実体のない光だ。
「もしかして……精霊?」
精霊はどこにでもいるが、滅多に目にすることは出来ない。
私は何度か見たことはあるが、こんなに多数の精霊を見たのは初めてだ。
ジーっと眺めていると精霊達は移動し始めた。
何かあるのだろうか。
「あれ? 誰かいる?」
精霊達が向かっている方向に複数の人の気配がある。
こんな森の奥で何をしているのだろう。
面倒事だと嫌だな……と思いつつも、興味が勝ってしまった。
見つからないように注意しながら近づいた。
「いた」
少し進んだ先で人の姿が見え始めた。
十人ほどいるようで、普通の冒険者のようだが違和感がある。
あー……この人達、普通の冒険者の装いをしているが、恐らく騎士だ。
冒険者のふりをして何をしているのだろう。
「……あっ」
集団の中に、見知った顔が一つみつけた。
私を毛嫌いしているダグだ。
何故この人達と一緒に?
ダグは騎士達に方向を示している様子だ。
あれ? 手に持っているのは……。
「精霊のカンテラ?」
日中でもはっきりと分かる、鮮やかな虹色の光を放つカンテラだ。
ゲームではイベントエリア『精霊の星見塔』へ入るためのアイテムで、普段はギルドで丁重に保管されているはずだ。
精霊の星見塔はこの先にあるが……この一行を連れて行く気か?
謎の集団の存在も、ダグがギルドで補完しているはずのアイテムを持ち出していることも、怪しく感じる。
何か悪巧みでもしているのだろうか。
再び目を向けると、一人だけ雰囲気が違う二十歳前後の女性を見つけた。
白のマーメイドラインのワンピース姿。
くすんだ長い金髪は編み込みで纏め上げられており、そこにつけられた白の牡丹の髪飾りが綺麗だ。
パールの装飾品がいくつかあるし、身につけている物全て高価なものに見える。
どこかのご令嬢だろうか。
騎士達は彼女の護衛か?
「カトレア様、精霊がいます」
ワンピースの女性に、声を掛けたのは女性の騎士だった。
濃紺のショートヘアで女性にしては背が高く、背筋がピンとしていて格好いい。
彼女もよくいる冒険者の恰好をしているが、気品を感じる。
報告を受けた「カトレア」と呼ばれた女性と並ぶと、薄暗い森の中が華やいで見えた。
「まあ! 聖告の信憑性が増したわね、シンシア!」
「精霊も星見塔へ向かっているのでしょうか」
「きっと異世界から来た勇者様がいらっしゃるからよ! 早く行きましょう!」
カトレアに先導され、ダグとシンシア、騎士達は精霊の後を追っていった。
「……聖告? 異世界から来た勇者?」
カトレア達の会話を聞いていた私は、耳に残ったフレーズに困惑した。
『勇者』とは『大精霊の武器』に選ばれ、魔王級の魔物を倒すことの出来る力を授けられた者のことをいう。
ゲームの中では、プレイヤーが操作しない『NPC』として登場した。
カトレア達の話からすると、この先にその『勇者』が……それも、『異世界召喚された勇者』がいるようだ。
ゲームではそんな設定の勇者の話を聞いたことはなかったが、単に私が知らなかっただけか、裏設定として存在していたのかもしれない。
ゲームがリアルになって独自要素が生まれた、ということも無きにしも非ず?
もしかしたら、この先にいるという勇者は前世の私がいた世界から来ているかも?
そう思うととても興奮したが、カトレア達に気づかれてはいけない。
心を落ち着かせながら後を追った。
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