第11話 新生リヒト君

「まさか私、まだ寝ている?」


 部屋の中を歩き回って身支度も済ませたつもりだが、まだ夢の中なのかもしれない。

 ゴブリンぐらいなら倒せる程度の力で自分の頬を叩いてみたが、ちゃんと起きていたようで地味に痛いだけだった。

 

 銀髪の美少年の顔はもちろんリヒト君だ。

 別人になっているわけではない。

 だが髪は色だけでなく長さも変わっている。

 横になっているから分かり辛いが、腰の辺りまでありそうな長髪だ。

 元々まだ幼く男らしい感じではなかったが、より中性的に見える。

 一万年に一人の美少女だと言われても頷ける。


「ん……お姉さん?」

「…………っ!」


 ジーっと顔を見ていると閉じられていた目が開いた。

 瞳にも変化があった。

 真っ黒だったリヒト君の瞳が!! 金色に!!


「……何をしているの?」


 自然と手を合わせていた私をリヒト君は怪訝な顔で見ている。


「拝んでいるの。身体が勝手に動いているだけだから気にしないで」


 眠っている時も神々しかったが目を開けると神々しさが断然増した。

 神々しいというか、もう神そのものだ。

 美の神だ。

 私の少ない語彙で表現するのは烏滸がましい。

『美』という一言に尽きる。

 絶対美だ。

 今は太陽の光を浴びて生命力に溢れた輝きを放っているが、闇夜の中、月の光を浴びて輝く姿はまた違う色を見せるだろう。

 想像するだけで拝むだけでは足りず跪きたくなる。


「おはようございます。ベッドをお借りしてすみま……あれ? この髪誰の…………痛ッ!? え??」


 ベッドで波打っている銀髪に気づいたリヒト君は、それが自分の髪と気づかず引っ張ってしまった。

 美の神はドジッ子属性も持ち合わせているらしい。

 恐れ入る。


「あれ? 目が良くなってる!?」

「え?」

「周りがはっきり見えるから、眼鏡をとるの忘れて寝たのかなって思ったんですけど……つけてない! つけてないのに凄くよく見えます!」


 髪の色が変わって視力も回復。

 精霊の仕業だとしか思えないけど……他にもまだまだありそうだな。


 リヒト君はとりあえず顔を洗ってくると洗面所に行き、戻ってくるとしょんぼり肩を落としていた。


「リヒト君?」

「僕の髪の毛、なんだかおじいちゃんみたい。目も光ってるみたいで怖いし……」


 いやいや、おじいちゃんの髪にそんなキューティクルはない!


「何を言っているの? お姉さん、思わず拝んじゃうくらの美しさだよ!?」

「ええー……本当ですか? 変じゃない?」

「変なわけないでしょ!!!!」


 つい力んで言い返すとリヒト君に引かれてしまった。


「髪が長いの邪魔だなあ。お姉さん、切ってくれませ……」

「絶対嫌」


 恐ろしいことをお願いされそうになったので全力で拒否をした。


「あのね。お姉さん、美髪は三つ編みにしないと死んじゃう病なの。だから三つ編みにしていい? していい? するね!」

「死んじゃう? 病気だったら仕方ない……のかな?」


 すかさずクシを手に取り、よく分かっていないリヒト君を言いくるめ、意気揚々と三つ編みを始める。

 私、漫画とかアニメの三つ編み美少年キャラが好きだったの。

 美しい銀糸は手触りも最高で、私のような下賎な者が触れるのは罪なのではないだろうか! とドキドキしてしまう。


「ねえ、リヒト君。髪とか目の他に変化はない? ステータスとかはどう? レベルは昨日のままかな?」

「今見てみます。ええっと、こうやって……」


 おっと、髪がサラサラすぎて逃げてしまう。

 綺麗に編むのが難しいぞ。


 リヒト君はカトレア達からステータスの存在すら教えて貰っていなかったので、どうやって見るかなどの詳細は昨日伝えた。

 今、思い出しながらステータスを確認中のようだ。

 独り言が可愛い。


 ちなみにステータスは基本は自分にしか見えない。

 ギルドに入りギルドカードを貰うとそれに表示させることは出来るし、ステータスを表示するアイテムはあるが今ここにはない。


「レベルは変わっていないですね。他のところも変わってないです」

「え? そうなの?」


 てっきりとんでもないことになっていると思ったのだが、拍子抜けだ。


「あ、でもHPとかMPとか色んな項目に着けたしがあって、バツ2って書かれています。攻撃力とか防御力とか早さとか運とかも」

「バツ2?」

「はい。なんでバツ? 駄目ってことなんですかね……って、あれ?」

「どうしたの?」

「HPをゲージ表示してる方で見ると、数値が昨日の倍になっているんです」


 ……ん? んん?

 倍? 倍! ×2!!


「もしかして…………バツ2ってカケル2じゃない!?」

「あ! そうかも!」


 リヒト君は「バツだと勘違いしちゃった、てへっ!」という顔をしているが、私は思わず顔が引き攣った。

 精霊よ、過保護が過ぎないか!?

 数値がいくつかプラスされているくらいだと思っていた。

 さすがに倍はやり過ぎでは!?

 倍だとリヒト君が強くなればなるほど一般的な強さからどんどんかけ離れていく。

 それにこの世界はレベル75が上限だが、リヒト君の場合はレベル75になった時に実質レベル150の数値があるということだ。

 というか、リヒト君にレベルの上限があるのかさえ分からない。

 ……勇者ってみんなそうなの?

 ゲームで会ったNPCの騎士団長勇者は、確か火の大精霊の武器を持っていたと思うが、リヒト君ほど特別ではなかった気がする。

 現実になった今はどうか分からないが……。


 とにかく! 精霊はちょっと自重して!!

 急に身体だけ強くなり過ぎたら力に振り回されてしまう。

 これから能力を生かすための経験をかなり積まなければいけない。

 それにリヒト君が良い子だからいいが、闇落ちしているような子だったら勇者じゃなくて魔王とか呼ばれるような人間になっていそうだ。


「あっ。これ、なんだろう。精霊召喚?」

「精霊召喚!? 何それ!」


 字の通りだと精霊を召喚するのだと思うが、ゲームではそんなものなかった。

 というか、精霊って呼び出すことが出来るの!?

 六聖神星教でも精霊の声が聞こえただけで「聖告だ!」って大騒ぎしちゃうレベルなのに……呼びつけるの!?


「リヒト君、それってスキルなの!?」

「え? スキル……なのかな? スキル覧とは別のところにあるんですけど、MPを消費するみたいだからそうなのかも?」

「……今、使える?」

「あ、はい。どれにしたらいいですか?」

「…………ど、れ?」


 それは……選べるということか?


「一番MPが少ないのがコダマです。シシリー、シルキー、ゴウト、ほかにも色々…………あ! 一番下に僕と同じ名前の精霊がいますよ!」

「えっ」


 思わず私の手が止まった。

 リヒト君と同じ名前…………リヒト。


「ま、まさかそれ、呼び出せたりしないよね?」

「はい。呼び出すのに必要なMPが凄くって。全然足りないみたいで無理です」


 だよね、よかった……っていつか出来る、なんてことはないよね!?


 あのね、リヒト君。


 それ、大精霊だよ。


 大精霊の武器は頂くつもりだけれど、ご本人を呼ぶと大変なことになると思う。

 どう大変になるか想像もつかないけど、とにかく大変だと思うの!


 リヒト君の名前を聞いた時、偶然なのか意味があるのか分からないけれど、光の大精霊の武器を手にする子の名前が大精霊と同じだなんて運命的だなあと思った。

 まあ、この世界にも大精霊にあやかってリヒトという名前を親から貰った人達もいるから凄く珍しい名前だというわけではない。

 それでも、カトレア達もリヒト君に名前を聞いていれば「もしかして……」と考えることが出来たかもしれないのに、誰もリヒト君に名前を聞かなかったそうだ。

 確かに私がストーキ……見守っていた間にリヒト君は一度も名前を呼ばれたことはなかった。

 ルイ様ルイ様という声は散々聞いたけれどね。

 つくづく残念な人達である。


 とにかく、大精霊を無闇に呼び出すのは可能でもやめた方が良いだろう。

 必要があればいつかきっと出会うことになるはずだ。

 多分その時はやって来るような気がする。


「……今はそれ、見なかったことにしようか」

「? 分かりました」


 私が妙に疲れた表情をしたからか、リヒト君は不思議そうにしながらも肯いてくれた。


「じゃあコダマを呼びますか?」

「あー……やっぱり精霊はまた今度でいいかな。ありがとう。はい、三つ編み出来た」

「ありがとうございます! わあ、綱引きの綱みたいですね!」


 リヒト君が編んだ髪を見てよく分からない喜び方をした。

 こんな神々しい綱ないからね。


 編んだついでに気になっていた前髪は切らせて貰った。

 不要な前髪といえど、美髪を切るのは大変心苦しがったが。

 せっかくの整ったお顔が隠れるのは勿体ないし、目が悪くなるしね。

 そして全ての髪セットが済んだ結果――。


「私の眼球が喜んでいるわ」

「?」


 前髪がすっきりして顔がはっきり見えているリヒト君は、ルイがモブに降格してしまうような美少年だった。

 眼福とはこのことだ。

 目の保養――むしろ目の栄養過多で潰れそうなくらいだ。


「なんでもないの。ありがとう。リヒト君、ありがとう……」

「どういたしまして?」


 さて、髪がを整え終わったので今度は服――防具だ。

 今こそ! ゲーム知識を使って取り漁った秘蔵のコレクションを出す時!


「ねえ、リヒト君。防具なんだけど、これなんてどうかな?」


 取り出したのは白銀シリーズという雪の結晶のような紋章が刻まれた防具一式だ。

 ここからは遠い寒い大陸にいる雪竜を倒すと入手出来るドロップアイテムである。

 ロングコートとボトム、ブーツに手袋の四つ揃うとレア度は最上級。

 雪竜を倒すと四つの内どれかが出るのだが、何回か被ったので十回は雪竜を倒した。

 フォレストコングよりも強いし、そもそもあまり遭遇――エンカウントしない。

 出会えて倒せても特定の武器で倒さない限り、白銀シリーズの防具をドロップしない。

 だからゲーム知識で出る場所も分かっていて、特定の武器を準備した上倒し方も知っている私くらいしか、今のこの世界では白銀シリーズを揃えられないんじゃないかな?


 もちろん貴重さだけではない。

 雪竜は水属性、水属性は癒やし――回復に長けている。

 白銀シリーズは一つだけだと中級程度の回復系能力がつくだけだが、全部揃うと『状態異常無効』『呪い無効』『即死無効』『常時HP・MP回復』『回復魔法効果アップ』『瀕死時全能力上昇』がつく。

 これだけでもう、よっぽど強い敵じゃなければ死ぬ心配はしなくてもよくなる。

 私も過保護では精霊に負けていられないからね!


 それに見た目も凄くいいのだ。

 白のロングコートに青のベルトがついていて、ボトムとブーツ、手袋も青。

 寒いところの防具だからか少し厚着感はあるが、白と青で爽やかだし、リヒト君の今の銀髪ととてもよく合うだろう。


「わあ、なんか凄そうですね」

「今のリヒト君には色々と合うと思うの。良かったら着て頂戴」

「はい! 早速着替えてきますね」


 うん、国宝級レベルでとっても凄いんだよ! と言うと、リヒト君は気を遣いそうな気がするので黙っておく。

 洗面所で着替えたリヒト君はすぐに戻って来た。


「着てきました。この服、着たら安心感があるっていうか……ちょっと厚着かなと思ったけど、動きやすいし……凄いです!」


 リヒト君は防具の効果に感動したようだ。

 そういえばリヒト君、カトレア達に貰っていたのは防具というより普通の服だった。

 普通の服から白銀シリーズ……高低差が凄い。


 というか、予想はしていたが更にその上をいく外見の素晴らしさなのですが!

 輝く銀髪の美少年が纏う白銀の装備!

 容量100TBくらいあるデジカメをください!!

 使い切る自信があるよ。


「リヒト君! 凄く似合っているよ! かわ……かっこいいよ! 勇者っぽい! 主人公って感じがするよ!」

「そ、そうかな? そんなことないと思うけれど……」


 リヒト君は褒められ慣れていないのか、照れているがとても困っている。

 こんなに中身も外見も良い子があまり褒められていなかったのかと思うと辛くなるが、これからはうるさい私と一緒にいるのだから嫌でも慣れるだろう。

 もういいよ! とリヒト君にうんざりされる未来が訪れる予感がする。


「よし。じゃあ身支度が出来たから、朝食をとろう。その後ギルドが近くにあるから、登録だけでもしておきましょうか」


 ギルドは登録しておけば何かと便利だし、ギルドガードがあればこの世界での身分証明を得ることが出来る。

 しておいて損はないだろう。

 その後荷物をすぐに探そう。

 売られたのなら、買い取りそうな店はいくつか心当たりがある。


「宿の一階が食堂になっているの。何食べる?」

「やっぱりお魚が食べたいです」

「朝は和食派なのね。じゃあ、今日は魚をとっておいて明日の朝は焼き魚にしようか」


 なんて暢気に会話をして食堂に降りた私達だったが……。


 私はリヒト君の外見の破壊力を舐めていた。

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