第12話 言いたかったこと

 私とリヒト君は宿の一階にある食堂で朝食をとることにした。


 前世でよく読んだ転生ファンタジー小説や漫画の主人公は、宿屋の女将さんや娘さん達と家族のような絆が生まれていたが、リヒト君が来るまで真性ぼっちだった私は長く滞在している今でも挨拶をする程度だ。


 階段を降りていると、誰か部屋に朝食を運ぶように頼んだ人がいるのか、パンやスープの乗ったトレーを持った女将さんと遭遇した。

 いつものように「おはようございます」と大して気持ちのこもっていない口先だけの挨拶を交わしてすれ違おうとしたのだが、私に続き挨拶をしたリヒト君を見ると女将さんは固まった。

 その瞬間、手からトレーが落ち、ガッシャーンと食器は割れ、スープは飛び散り階段を流れていく……されど固まったまま動かない女将さん。

 大惨事である。


 音を聞きつけて娘さんもやって来たが、彼女もリヒト君を見ると固まった。

 リヒト君はわけが分からずオロオロしているが、私は彼女達の心情を察することが出来た。

 分かるよ、分かる。

 リヒト君の美しさは、視界に入っても脳が瞬時には処理出来ない美しさだよね。

 それに銀髪と白の装備という組み合わせは、光凶徒であれば心を鷲掴みにされるだろう。

 女将さん達が光凶徒かどうかは知らないが、この国の大半の人達には神々しく見えるはずだ。


「あ、あの、大丈夫ですか?」

「は、はいいいいっ」


 話しかけられた女将さんは直立不動で返事をしたが、リヒト君が割れた食器を拾おうとしたのを見て慌てて動き出した。


「大変失礼いたしました!」

「どうぞお気になさらず!」


 今まで見たことのない機敏さで片付け始めた二人を手伝おうとしたリヒト君だったが、「そんなことさせられません!」と悲鳴のような声を上げられてしょんぼりしていた。

 嫌がられたのではなく、リヒト君の美貌に圧倒されているなんだけどね。

 本人は分からないようだ。


 一階の食堂は席の三割程しか埋まっていなかったが、それぞれ楽しく談笑しながら食事を取っていたようで笑い声も聞こえていた。

 朝独特の爽やかさと和やかな空気が流れていたのだが、リヒト君が食堂に入るとそれは引き潮のように消えていった。

 宿屋母子のようにリヒト君を見たまま言葉を失う人が続出したのである。

 暫くすると周囲の会話は再開したが、会話の内容は十中八九リヒト君についてだろう。

 周囲はこちらを伺いながらこそこそと話してはいるが不穏な感じはしない。

 悪口のようなものではなく、単純に驚いているのだと思う。

 だが視線の集中砲火を浴びているリヒト君は涙目だ。


「お、お姉さん……僕、やっぱり変ですか!? 変なんですよね!?」

「違う違う。皆リヒト君が素敵過ぎてびっくりしているの」

「…………」


 無言だが「絶対嘘だ!」って顔をしているな。

 お姉さん、信用して貰えなくて悲しい。


 でもまあ、好意的な視線だとしても確かに居心地は良くない。

 もう注文して朝食も届いてしまったが、正直残して去りたい。

 でも日本人として「お残しは許しません」が染みついている私達はそれが出来ず、急いで少し喉を詰まらせながらも黙々と食べたのだった。


 逃げるように食堂を出ると、リヒト君は髪を隠せるような帽子はないかと聞いてきた。

 ごめんね、リヒト君。

 その装備に帽子は似合わない。

 私の美的感覚が許さないの。

 だから心を鬼にして言う。

「ないの」と。


 それに目立ち過ぎで荒療治になるかもしれないが、自分に自信がない様子のリヒト君の意識を変えるにはいいと思う。

 目立つとトラブルも増えるかもしれないが、私がしっかりとボディガードするしね!

 ストーカーするような輩が現れても元ストーカ……じゃなくて見守り隊長の私が撃退してしてみせる!

 あと、リヒト君の良い評判が流れれば流れるほど、カトレア達にお前達の目は節穴だったのだ! と突きつけることになる。

 ざまあみろ! である。


「君達!」


 近所にある冒険者ギルドへ行こうと動き出した私達を聞き覚えのある声が止めた。

 しっかりと帯剣した女性騎士シンシアだった。

 どうやら私達が宿から出てくるのを待っていたようだ。

 どうしてここが?

 疑問は顔に出ていたようでシンシアが答えてくれた。


「あなたは有名だからね。優秀な冒険者のエルフと言えばすぐに居所が分かったよ」


 なんてことだ、私にはプライバシーがなかった。


「君のその髪……瞳も……!」


 シンシアがリヒト君の変化に気づいて目を見開いた。

 リヒト君はシンシアとあまり話をしたくないのか、顔を曇らせた。

 私はリヒト君の前に出てシンシアの視線を遮り、これ以上話すことはないと突っぱねようとしたのだが……。


「君の名はリヒトというのか? 昨夜、そう呼ばれていたが……」


 シンシアは空気が読めないタイプなのか、明らかに歓迎していない空気を出している私達に構わず話を続けた。

 リヒト君をちらりと見ると、態度を決めかねているのか戸惑っていたのでこっそりと「私が対応するから」と告げ、後ろで様子を見ていて貰うことにした。


「その容姿にリヒトという名前。……君が勇者なのか?」

「今更名前を知って何だというのでしょう。あなた達は彼を勇者じゃないと判断したのでは?」


 まだリヒト君に話しかけようとするシンシアの前に仁王立ちをし、お前の相手は私じゃ! という威圧をかけた。

 リヒト君と直接話すなんて二万年早い。

 半目で見下すように見つめるとシンシアはバツが悪そうな顔をした。


「我々は間違っていたのかもしれない。虫の良すぎる話だとは思うが、もう一度我々と一緒に来てくれな……」

「駄目です。嫌です。無理です」


 シンシアが言い切る前に断固拒否である。


「あなた達がリヒト君に言ったこと、やったこと。全てお忘れですか?」

「それについては謝罪しよう。すまなかった。どうか我々を許して、力をかし……」

「駄目です。嫌です。無理です」


 いくらリヒト君に謝っても、私は「駄目、嫌、無理」を繰り返す機械となって流すだけだ。


 文化も何もかも違う異世界で厄介払いをし、子供を一人で放り出しておきながら「ごめん」で済むと思うのか。

 優しいリヒト君なら許してしまうかもしれないが私は絶対に許さない。

 カトレアは言語道断で許せないが、「君のため」といい人ぶってリヒト君を切り捨てたシンシアも私は許さない。

 苛立ちを隠しきれずシンシアを正面から睨みつけると、シンシアも負けじと強い視線を返してきた。


「……私は彼と話しているのだ。彼が勇者だというのなら、その力は人々のために使われるべきだ。カトレア様と共に行けば、その力をより生かせるところに導いてくださる」


 ……はあ?

 私はシンシアの口から飛び出した謎理論を聞いて思わずぽかーんとしてしまった。

 まあ勇者の力は人々のために、という部分の意味は分かる。

 意味だけは。

 だが、カトレアが力を生かせるところに導く、とは?


「はははは」


 私は自然と真顔で笑っていた。

 カトレアに導かれたらとんでもないところに連れて行かれそうだな。

 不条理のワンダーランドとか。


「……何故笑う」

「面白くないけど冗談なんでしょ? あのね、彼のことをいらないと言ったのはどの口ですか? カトレアの口じゃないんですか? 勇者は一人なんですよね? リヒト君が勇者だとしたら、ルイのことはどうするのです? 今度はルイを捨てるんですか?」

「…………」


 私の質問にシンシアは口を噤んだ。

 こんな質問に答えられないのにリヒト君を連れて行こうなんて五億年早い。


「リヒト君、行こうか」


 もう話すことはない。

 リヒト君に声をかけ、俯くシンシアの横を通り過ぎた。

 そのままギルドに向かおうとしたのだが、リヒト君がシンシアの横を通り過ぎた時――。


「頼む。一緒にカトレア様のところへ来てくれないか。もう一度話だけでも聞いて欲しい!」


 シンシアがリヒト君の腕を掴んだ。

 おのれ、話の分からぬ奴じゃ! と憤ったが、リヒト君が私を見て肯いた。

 自分で話をつける気?

 目を合わせると微かに微笑んでくれたので、一先ず私は大人しく見守ることにした。


「僕は行きません。僕の仲間はお姉さんです。だから、一緒には行きません。あの……今までありがとうございました」


 シンシアの手を外し、しっかり目を見て話すリヒト君は立派だった。


 だ、誰か、ハンカチーフを持ってきてくださいっ!

 リヒト君の凜とした態度と、仲間として私を選んでくれたことに感動だ。

 それにあんな酷い待遇だったのに「ありがとう」を言えるなんて!

 カトレアもシンシアもこの器の大きさを見習うがよい!


「なら! 二人で来てくれても……」

「絶対お断りです」

「僕も……ごめんなさい」


 今、全私に感動の嵐が吹き荒れている最中なので水を差さないで。

 というか、もうリヒト君からも引導を渡したし話は終わりでいいですよね?


「リヒト君、行こうか」

「待ってくれ!」


 シンシアはまだ追いかけて来て、私達の進路を塞いだ。

 しつこいのですがー!

 大通りで道幅はあるから、人の往来を遮ることにはなっていないが多少邪魔にはなっているし悪目立ちしている。

 立ち止まってこちらの様子を見る人も現れ始めたので早く立ち去りたい。


「邪魔です。通してください」

「勇者を連れていかなければ、カトレア様のお立場が……!」

「そんなの知りませんよ」


 むしろ無能が上のポジションにいるって害悪では?

 カトレアってモラハラやパワハラしていそうだし、どこかの悩める部下さん達に感謝されそうだ。

 言葉にすると更に揉めそうだから言わないけど。


「……頼む。手荒なことはしたくない」


 シンシアが剣の柄に手を置いた。

 流石にここで剣を抜くことはしないはずだから脅しだろう。

 というか、説得が駄目なら実力行使ですか。

 つくづく悪手を打つ人だ。


 だが、そっちがその気なら……。


 実力行使で私が負けるはずないよね!

 ニヤリと笑って殺気を飛ばすと、驚いたシンシアが素早く後退り、剣を抜いて構えた。

 ああ、抜いちゃったね、これで周りからは正当防衛に見えるよね?

 私は手ぶら、何も持っていないしね。

 心の中で更ににんまりとほくそ笑んだ。


 シンシアは実力差が分かる神経は持っていたのか顔色が悪い。

 一歩も動けず、剣を力一杯に握りしめている。

 ハンマーじゃないんだから、そんなに力まなくても持てるでしょう?


「そんな物騒なもの、しまって貰えませんか?」

「…………」


 にっこりと微笑みながら話しかけたのだが、シンシアはギリッと歯を食いしばっただけで返事はくれない。

 だったら私が没収してあげるね。

 一瞬で間合いを詰め、剣を握るシンシアの腕を掴んだ。


「なっ!? ……くっ!」


 握る手に少し力を込めてやると、シンシアは痛みで剣を手放した。

 値の張りそうな立派な剣がカランと道に転がる。


「離せっ!」


 空いている方の手で殴ろうとしてきたがそれも掴んでやった。

 うん、騎士をしているだけあって中々いいパンチだったけどね。

 お遊びはここで終わりにしよう。

 野次馬がどんどん集まってしまう。


「通して貰うから。あなたは寝ていて」

「…………っ!?」


 私は掴んでいるシンシアの両腕を前に引いた。

 その隙に懐に入ると背中にシンシアの身体を背負い、体を回転させて足を踏み込み――肩越しに前方向へ思いきり投げた。

 シンシアの身体がくるりと回る。

 そして……ドスンッという鈍い音と共にシンシアの身体は地に落ちた。

 手足を大の字に広げ、仰向けに倒れているシンシアは空を見て呆然としている。


 私がやったのは、いわゆる背負い投げである。


 そして!

 今こそ!

 シンシアのあの台詞を返す時!


「普通の兵士にしては頑張った方かしら」


 地べたに寝ているシンシアを見下ろしながら、とうとう言ってやった!

 言ってやったぞー!


 確認はしていないがシンシアは間違いなく騎士だ。

 兵士はなろうと思えばなれるが、騎士は違う。

 騎士は皆「騎士である」という誇りを持っているはずだ。

 騎士を兵士扱いするのは侮辱になるだろう。

 私を見上げて呆然としていたシンシアだったが、次第にその顔は怒りに染まった。

 同じようなことを人には言うけど、自分が言われたら怒るの?

 まさか、言ったことは覚えていないの?


「普通の少年としては上出来だ」

「?」


 語り始めた私にシンシアは怒りながらも不思議そうな顔をした。

 ……覚えていないのね。


「あなた達に勇者だと言われて、勇者として真面目に頑張っていたリヒト君にあなたがかけた言葉よ」

「!」


 そこまで言うと思いだしたのか、驚いた顔をした。

 騎士として誇りを持っているあなたは「兵士にしては」と言われてどう思ったかしら。

 私の言いたかったことが分かっただろうか。

 リヒト君には本当に実力が備わっていなかったのだから言われても仕方ない、なんて言い訳をしたらぶっ飛ばそう。

 力を得ることの出来る環境を与えなかったのはカトレア達だ。


「わ、私は、そんなつもりでは……」


 ……一応言いたかったことは伝わったらしい。

 シンシアは寝転んだまま狼狽えた。

 今更気づいても遅いし、どんなつもりかも知らないが、私もそんなつもりがないのであしからず。


「じゃあ、通して貰うわね。おやすみなさい」


 私はリヒト君の手を引いてその場を去った。

 はああああ、すっきり爽快!

 スキップしたいくらいだ。


「お、お姉さん……」

「うん?」


 シンシアが見えなくなったところでリヒト君に止められた。

 引いていた手を離し、振り返るとリヒト君は俯いていた。


 はっ! 自己満足でしちゃったが、傷ついたのはリヒト君なのだ。

 勝手にネチネチと仕返しのようなことをして嫌な気分になっただろうか!


「ご、ごめんなさい! お姉さん、あの言葉がどうしても許せなくて……ずっと腹が立ってて、つい……!」


 性格の悪いお姉さんでごめんね!

 陰湿でごめんね!

 嫌わないで~! と焦っていると、バッと顔を上げたリヒト君も焦っていた。


「違うんです! 僕、シンシアさんにあの言葉を言われた時、凄く悲しくて……悔しかったんです。でも、自分では何も言えなくて……。さっきもお姉さんに全部任せてしまって、駄目だなって思って……」


 そう言うとまた下を向いてしゅんとしてしまった。

 嫌われていなかったことには安心したが、私がやったことでリヒトに反省させてしまうなんて……!


「何を言っているの! ちゃんと自分でカトレア達のところに行きたくないって意思表示出来たじゃない。それにありがとうって言えたでしょう? 理不尽なことがある中で感謝するのって、怒りをぶつけるより難しいことなんだよ? リヒト君は偉いね」


 勇者様にするのは失礼かもしれないが、頭をなでなでさせて貰った。

 ああ、癒やされる……。

 陰険なことは私に任せておいて、リヒト君には素直なままでいて欲しいものだ。

 私の言葉に少し納得していないようすのリヒト君だったが、暫くなでなでしていると笑顔を見せてくれた。

 僕も背負い投げしてみたいです! と鼻息を荒くしているのが可愛い。

 お姉さん、背負い投げでも一本背負いでも伝授しちゃう!

 いつかカトレアでも投げ飛ばしてすっきりして貰いたい。


「僕のために怒ってくれてありがとうございました」


 照れくさそうな笑顔で改めてお礼を言ってくれたリヒト君を見て、「私、この子のためなら魔王にだってなれるわ!」と本気で思ったのだった。



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