第24話 ダンジョン攻略開始

 ダグの後始末はゲルルフがしてくれることになった。

 ダグは六聖神星教徒ではなかったが、六聖神星教徒の中で最も過酷な環境の神殿に見習いとして放り込んでくれるらしい。

 プライドが高そうだからあの歳で一番下っ端の見習いとして扱われるのは精神的にもダメージが大きいだろう。

 自由に行動することも出来なくなるそうなので私としては満足だ。


 六聖神星教からの謝罪についてだが、リヒト君が「いらない」と言い出した。

 初めて会ったゲルルフから謝って貰うことはないという。


「リヒト君、この人は六聖神星教を代表して謝りたいって。ほら、リヒト君のクラスメイトがお店のものを取ったりしたら、その子のお父さんやお母さんや学校なんかも謝るでしょう?」

「そうですけど、でもお父さんやお母さんが謝るよりも先に盗った子がごめんなさいをしないとだめですよね? 僕の場合は……自分で見返すつもりだからカトレアさん達に謝って欲しいって思わないけど……。カトレアさん達が何も言っていないのに、おじさんに謝って貰っても……」

「……確かに!」


 ゲルルフはまだまともなようだから謝罪する機会はあってもいいのかなと、少し援護してしまったのだが……私が愚かだった!

 リヒト君の言う通りだ!

 それにカトレアがすんなり謝るとは思えないから、カトレア達が謝った後だという条件には苦労するだろう。

 ちゃんと彼女達を管理出来なかった六聖神星教に意趣返し出来るというものだ。

 流石だ、リヒト君!


「仰る通りです」


 ゲルルフは静かに頷いた。

 あまり感情を見せないタイプかと思ったが肩を落としている。

 どうやってカトレアに謝らせるか、頭が痛いだろうな。


「妹君のことはお任せしよう……それより……」

「うん?」

「おじさん……」


 哀愁を漂わせた背中をこちらに向けてゲルルフが何か呟いてるけど……おじさん?

 あ、リヒト君がそう呼んでいたけど……。

 まさか、気を落としてるのはおじさんって言われたから?

 カトレアのことよりそっちの方がショックだったんかい!





「さて、ついたわけだけど!」


 私とリヒト君はダンジョンに到着した。

 多少疲れるが走ってきた。

 ちなみに同行したいと言ってきたゲルルフはついてこられなかったようで姿はない。

 待ってなんかあげないわよ!

 神武官も今のリヒト君には敵わないようだ。

 私もレベルではまだまだ抜かれてはいないが、数値的にはほぼ追いつかれたというか、追い抜かされている部分もありそうだ。


 一緒に走ってきた感じたが、早さはまだ私の方が上だがスタミナ的には負けたかも知れない。

 リヒト君は息も切らさず汗もかかず、という感じだったが、お姉さんは結構息切れしたよ……。


「あれ? 誰もいませんね?」

「そうね。いつも以上に静かね」


 カトレアが雇った連中が押しかけてくるかと思ったが誰もいない。

 いつもはいる冒険者の姿もない。

 残念。

 わらわらと群がる雑魚を斬り捨て進む、私とリヒト君の無双をしたかったのに!


「行きましょう!」


 拍子抜けてしている私を置いていきそうな勢いでリヒト君が進む。

 張り切ってるなあ!

 やる気に満ちている勇者様の背中を追いかけた。


「私もがんばろ! リヒト君待って~!」


 以前来た時とは比べものにならないほど強くなったリヒト君のダンジョンリベンジ開始である。


「わーお……」


 ダンジョンに入ってすぐに目にしたのは、前回はえいやー! えいやー! と苦労しながら倒していたイビルラットを魔法一発で一掃しているリヒト君だった。

 ああ、こんなにも成長して!

 影竜戦でも見たが、この場所で見ると更に感極まってしまった。


「ブラボー!」


 リヒト君の成長ぶりに腕が折れるくらい拍手だ。

 照れ顔のリヒト君がぽりぽりと頭を掻いている。


「えへへ、一緒に攻略しようねって言っていたのにお姉さんの分残すの忘れちゃいました」

「ほんとだ! じゃあ、次の回ではお姉さん負けないぞ!」

「あ、待ってください!」


 不意打ちで先に進んだ私をリヒト君が慌てて追いかけて来ている。

 なんなの……この幸せ空間!

 まるで波打ち際での鬼ごっこ。

 私の脳は、これは「まてよ~」「つかまえてごらんなさ~い」に等しいと処理している。

 ダンジョン楽しすぎでは!?

 何のために来たのか忘れそうだ。


 大精霊の武器をルイに奪われたり壊されては大変だが、そうはならない気がしている。

 根拠などないが、勇者はリヒト君! という自信があるし、大精霊の武器をカトレア達ごときが傷つけることは出来ないと思うのだ。

 だから今はどうやって追い込んでやろうというワクワクが勝っている。

 それに万が一大精霊の武器を手に入れることが出来なくても生活は困らないし、私にとって勇者はリヒト君だけだ。

 うん、全く憂いなし!


 地下になると少しずつ構造が複雑になる。

 地上一階のように魔法で一掃は出来なくなる。


「追い抜いた! お姉さん、早い者勝ちでいいですよね?」

「あっ! お姉さんを抜くとは中々やるわね! もちろんいいわ! 競争よ!」


 リヒト君と競い合って倒していくので進むのが早い。

 視界に入る的は倒しているので、各階にいる魔物を大方殲滅していく。

 あっという間に人工的な構造の階層は終わってしまった。

 私一人で潜ったときよりも断然早い。

 そして楽しい!


「あれ、人がいっぱいいますね」


 並んで足を踏み入れたのは、雰囲気ががらりと変わった自然広がる中層。

 リヒト君に言われて視線を向けると、確かに冒険者の姿があった。

 幾つかのパーティが纏まっているのか二十人程の集団だったのだが……。


「うげっ」


 彼らの頭上にある木から人よりも大きい蓑虫がぶら下がっているのが見えた。

 パラライズバッグワームという魔物である。

 敵を麻痺させて巣の中に取り込んで食うのである。

 私的には大した敵ではないのだが、見た目も行動も全てが生理的に受け付けないくて気持ち悪く、大嫌いなのだ。


 パラライズバッグワームは何体もいて、既に何人か囚われたようで木の上から悲鳴が聞こえる。

 冒険者達は木の下でわらわらと動いているが助けられないようだ。

 というか、あれ? 皆まともな武器を持っていないね?

 だからか魔法も威力の弱いものしか使えていない。

 ロケット花火で狙っているようなお遊びに見えてしまう。

 ここまで辿りついているのだから、それなりに経験を積んでいる冒険者達のはずなのだが……。

 というか、やっぱりアレ、気持ち悪い!


「ひえ……視界に入れたくないよう……」

「早く助けないと!」


 私がパラライズバッグワームの気持ち悪さに躊躇している間にリヒト君は駆け出した。


「なんだ!? 新手か!?」

「くそっ! 次々と……! こっちへ来るな!」

「僕は敵ではありません! 加勢に来ました! すぐに助けます!」


 リヒト君はシュタッと飛び上がるとパラライズバッグワームがくっついている枝を切り落とし、まだ獲物を捕まえていなかったパラライズバッグワームも斬り捨てた。


「俺達では届くことすら出来なかったのに……何が起きているんだ?」

「こんな子供が……」


 呆然としていた冒険者達だったが、すぐにハッと意識を戻し、落ちてきたパラライズバッグワームの巣に駆け寄った。


「おい! 大丈夫か!」

「しっかりしろ! 今助けてやるからな!」


 冒険者達は地面に落ちたパラライズバッグワームの巣を必死に壊そうとしている。

 中に彼らの仲間がいるのだろう。

 やはりまともな武器は持っていないようで、パラライズバッグワームの巣を傷つけることすら出来ない。


「ああ! クソッ!」


 苛立った何名かは素手で巣を毟り始めてしまった。

 まだ中にパラライズバッグワームもいるだろうし危ないよ!?

 それにパラライズバッグワームは名前の通り麻痺攻撃をする魔物だ。

 巣に触れるともれなく麻痺を貰ってしまう。


「ぐっ」

「うっ……あっ……」


 案の定巣に触れた人達が痺れ始めた。

 慌ててかけより、回復薬を渡した。

 もう、世話が焼けるんだから。


「麻痺がとれた……体力も回復している!」

「魔力もだ!」


 配ったのはリヒト君&精霊印の万能完全回復薬だ。

 随分と疲れているみたいだったからね。

 こんな大盤振る舞いが出来るのは量産してくれたリヒト君のおかげなんだから!


「かかっていた毒もなくなった!」


 ちょっと! 毒を我慢していたの!?

 なんで治さないのよ!


「エルフの姉ちゃん」

「はい?」

「あ、ありがてえが、これって滅茶苦茶高価なやつじゃ……」


 元気になると回復薬のことが気になったのか、何人かが青い顔をしている。

 心配しなくても飲ませておいて代金を請求するなんてせこいことはしないよ。


「気にしなくていいわ。そんなことより、早く仲間を助けたい気持ちは分かるけど麻痺対策が出来ていないのに素手で触るなんて無謀だわ!」

「すまない。麻痺治しどころか、もうアイテムは何もなかったんだ。助かった」

「アイテムを持ってないの!? 余計だめでしょ! もう……私達に任せて休んでいて!」

「僕がやりますから! 下がってください」


 リヒト君は中にいる人を傷つけないよう武器は使わず素手で巣をビリッと一気に破り、中にいたパラライズバッグワームの本体をぐさりと刺して仕留めた。

 これには周りからどよめきが起きた。


「パラライズバッグワームの巣を素手で一気に破きやがった! どんな腕力してんだ!?」

「それに麻痺にもかかっていない! 何故だ!?」

「HPが多い上に防御力も高くてしぶとい本体も一撃だよ……何者だ?」


 冒険者を食っていたパラライズバッグワームはリヒト君が全て捌き、中にいる人を無事救い出した。

 幸い囚われてからあまり時間は経っていなかったのか、意識が無い人もいるが命に別状はなさそうでよかった。

 多分、精神的なショックは大きいと思うが……。

 私ならトラウマになる。


「ううっ」

「大丈夫ですか?」


 浅いが傷は多くあったので、リヒト君は回復魔法をかけてあげている。


 ああもう……凄く勇者!

 強くて慈悲深い勇者様!


 今目を開けた冒険者もリヒト君に身体を起こしてもらいながら目を見開いている。

 神々しくて見惚れるだろう!

 うんうん、ゴツいおじさんでも頬を染めてポッとしちゃうの分かるよ!


 リヒト君が活躍する姿は絵にして残すべき!

 教会のステンドグラスに絵付けするべき!

 とにかく私は、リヒト君勇者史の一ページとして今の光景を目に焼き付けたのだった。


「大精霊の武器を手に入れる勇者が現れるなら、あんな強盗連中じゃなくてこの子だよ!」

「全くだ! 君! 先に進むんだろう? ダンジョンの攻略、頑張ってくれ!」

「……強盗?」

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