第14話 ギルドマスター?
ギルドスタッフオンリーの扉を開けると廊下があり、その奥にまた扉があった。
奥の扉を開けると登りの階段が出てきた。
外から見ると二階建てだが屋根裏部屋があったようだ。
天井は低めだが屋根裏部屋とは思えないくらい広く、お茶を用意出来るキッチンスペースもあっていい部屋だ。
ギルドマスター用の部屋だろうか。
「そこに座っていてくれ」
部屋の中央にはテーブルを挟んで向かい合うように二人掛けソファが置かれている。
言われた通り、リヒト君と並んでソファに腰を下ろした。
私達をここに連れて来た男はキッチンスペースへ向かった。
どうやらお茶を入れてくれるらしい。
……お茶なんて入れられるのだろうか。
恐らく歳は四十前後、赤髪で無精ヒゲがあり、背も高くガッシリした体格で貫禄がある。
着ている装備は中々良いものだが着崩していてちょい悪オヤジ風だ。
お茶なんて無縁で、昼間から樽で麦酒を飲んでいそうな風貌なのだが……。
「ほらよ。これでも好評なんだぞ?」
私の失礼な考えはバレていたようだ。
テーブルに置かれたのは、白地に青で蔦が描かれたお洒落なティーカップに淹れられた紅茶だった。
良い香りがしてとても美味しそうだ。
人は見かけによらないな。
「頂きます」
「おう、飲め。ボウズ、甘さは足りたか? ミルクはいるか?」
「あ、はい。ミルクが欲しいです……」
リヒト君が少し恥ずかしそうにミルクを貰っている。
恥じらうリヒト君とミルクティーは最高な組み合わせなので、お姉さんは癒やされました。
というか、紅茶が本当に美味しくてびっくりした!
「……ギルドマスターにはお茶を入れる業務があるのですか?」
役職確認と「ギルドマスターならもっと早くダグをなんとかして欲しかった!」という怨念を込めてチクリと嫌味を零した。
対面のソファにどかりと腰を下ろした男が苦笑いを浮かべる。
「素直に美味しいと言っては貰えないかねえ? まあいい。あんたには散々嫌な思いをさせてきたみたいだしな。あと、俺は正確にはギルドマスター代理だ」
「代理?」
「ああ。ここのギルマスに会ったことはなかったか? もういい歳のジジイなんだよ。腰が悪いってうるさくてな。後任が決まるまで待てねえって言うから繋ぎで来てやってんだ。ジジイには借りがあるんでな」
男をジーっと見ながら考える。
ギルドマスターの代理が出来るのはどういう人なのだろう。
親類?
身分がある人?
強い人?
見たところは冒険者だが……有名な人なのだろうか。
紅茶の入れ方を知っているあたり、割と育ちはいいのかもしれない?
「で、さっきの騒ぎは何だったんだ? まあ、ダグが何かやらかしたんだろうがな」
「あ! それは僕が……熱っ。いたた……」
飲んでいた途中だったが、説明しようと焦ったリヒト君が舌を火傷したみたいだ。
猫舌なのかな。
リヒト君ってば『可愛い』が次から次へと湧き出てくるから、お姉さんは大変です。
「あれ? 舌を火傷したと思ったけど……すぐに治った?」
「その装備、『常時HP・MP回復』っていう自動回復機能がついているから、その程度の怪我はすぐに治るよ」
「そうなんですか!? 凄い!」
本当なら舌の火傷も防ぐようなバリア機能が欲しいくらいだ。
あ、火属性無効がついていると大丈夫かな?
今度検証してみよう。
でも、防いでしまうと猫舌でアチチなリヒト君が見られなくなるのはちょっと残念だ。
「……パッと見ただけでもとんでもない装備だとは思ったが、それはまた……俄には信じがたい機能だな。どこで手に入れた?」
「えっと……お姉さんに貰いました」
「私はノーコメントです」
「そう言わず。売り物を買った、というわけではないんだろう? 教えてくれよ」
「私は物言わぬ貝です」
このやりとりはダグともしたのでもういいです。
私は答えません。
雪竜を倒して手に入れたと言っても信じて貰えないかもしれないし。
澄ました顔で紅茶を飲んでスルーしていると、男は根負けしたようで頭をガシガシと掻いて溜息をついた。
「まったく、姉ちゃんは何者だ?」
「私はマリアベル。ご存じの通り、ただのファビュラスなハーフエルフです」
「何言ってんだコイツ」みたいな顔をしているが、昨日奢って差し上げたのだから、ファビュラスについての異議は受け付けません。
「というか、あなたこそ何者ですか? 冒険者ですか?」
「ん? ああ、そうだ。俺はファインツ。これでもそこそこ有名なんだぞ? ……で、そっちの未来の勇者君のお名前は?」
「!」
……リヒト君が勇者になる子だと知っている?
銀髪に金色の目の組み合わせは中々いないが、銀髪や金目の人は少なからずいる。
見た目だけでは勇者だと判断出来ないはず……。
勇者だとバレても大丈夫、むしろカトレア達に「お前の目は節穴だ!」と突きつけるために広く知らしめてやろうかと思っていたが……。
無関係だった人に事情を知られているのは不気味だ。
代理といえどギルドマスターなのだから、これくらいの情報を入手していても不思議ではないが、警戒した方が良さそうだ。
「個人情報なのでお教え出来ません」
今まで町中で何度も名前を呼んでいるから調べればすぐに分かるだろうけど、素直には答えたくない。
名前を言いそうなリヒト君よりも先に私が答えると、隣のリヒト君は慌てて手で自分の口を覆った。
言いそうになったのを思わず手で塞いだらしい。
ふわっ、可愛い!
小動物のような愛らしさに思わずデレッとしてしまったが、男の言葉を聞いてすぐに気を引き締めた。
「六聖神星教が探している異世界から来た勇者ってのは君なんだろう? リヒト君」
「……知っているなら聞かないで」
やっぱり調査済みだったか。
どこまで調べているのか分からないから、もう余計なことは話さずダグとのやりとりだけ報告しよう。
「さっき下で起こったことだけど……」
ギルドに来た目的と起こったことの経緯を説明した。
白銀セットを奪われそうになったことは腹が立つが結局無事だったし、リヒト君が一本背負いでぶん投げてくれたので我慢出来る。
でも、ギルド登録出来ないのは困るんです。
「全く、あのおっさんは何をやってんだか……。マリアベル、すまなかったな。今までのことも含めて、な。あいつの処分は任せてくれ。お前への態度のこと以外にも色々叩けば埃が出る身だ。もう少しすれば、お前の視界に入ることもなくなるだろう」
この人が悪いわけではないが、代理とはいえギルドの責任者でダグの上司だ。
謝ってくれなかったら文句を言ってやると思っていたが、色々と対応してくれているようだから許そう。
精霊のカンテラを持ち出したこととか、カトレアと連んでいることも把握しているのだろう。
どんな処分になるか知らないが、ギルドからはいなくなるようだ。
これから顔を合わせずに済むのならかなりストレスが減る。
ギルドにも来やすくなる。
「気が済まないならダグにお前の荷物持ちでもさせるか?」
「勘弁してください。それなら町内の掃除でもさせてやってください」
「おお、それはいい。それもやらせよう」
「それも」ということは何か他にもあるのか? と少し気になったが、これ以上ダグのことに時間を使うのは勿体ない。
話を進めよう。
「そんなことより、ギルド登録の方は何とかなりませんか?」
「僕は駄目なんでしょうか」
「いや、未来の勇者の加入を断る馬鹿はあいつくらいだ。ギルドとしては大歓迎、床に頭を擦りつけてでもお願いしたいくらだが……」
「だが?」
ファインツは立ち上がるとデスクに向かい、数枚の書類を持って戻って来た。
その書類はリヒト君へと渡された。
「冒険者ギルドに入る際の規約だ。マリアベルは見たことがあると思うが、ボウズと一緒にもう一度目を通して見ろ。組織に属するというのはメリットもあればデメリットもある。そして組織によってそれも様々だ。ボウズは冒険者ギルドでいいのか? ボウズが将来勇者として魔王級の魔物を討伐した時は、『冒険者ギルドに所属している勇者』になるがいいのか? でかいところで言えば六聖神星教や国の騎士団もある。もう少し考えてみてから……なんなら勇者になってからでもいいんじゃねえか?」
……確かにそうだ。
ギルドに入っていたらクエストを受けられるし、身分証明も出来るから便利! と安易に考えてしまってが、リヒト君はただの冒険者ではなく勇者なのだ。
ギルドに入ってしまえば、ギルドからの指示には逆らえない。
リヒト君には倒せないような魔王種の魔物でも「討伐しろ」と言われてしまえば従わざるを得ない。
私の浅慮でリヒト君を危険な目に遭わせるところだったかも……。
お姉さん、保護者失格!
戒めとして腕が折れるくらい腕立てしよう。
大胸筋や上腕三頭、二頭筋が発達しすぎて、アンバランスな体型の腕の妖怪みたいになっても、それも罰として受け入れよう。
あ、でもリヒト君に気持ち悪いから一緒にいたくない! って言われたらどうしよう!
いや、戒めについては後でじっくり考えよう。
今はファインツとの話だ。
「そうですね……冒険者ギルドに入るかはもう少し考えさせて貰います。でも、そんなアドバイスを、していいの? このギルドから勇者を出せることになるのに」
「ギルドマスターとしてはよくないが……少しばかりお節介をしたくなったのさ。まあ、ダグが勇者の加入を不当に拒否していたため当人達の怒りを買い、後から謝罪と説得をしても入って貰えなかった、ってことにするから問題はねえ」
なるほど!
ダグのせいで勇者が加入しなかった! というのはさっき考えていたことだし、私の気も晴れるからいい。
うんうん、と肯く私の隣でリヒト君が遠慮がちに口を開いた。
「あの……。僕はギルドが……お姉さんと一緒がいいです。だから冒険者ギルドに入りたいです」
「はぐぅっ!」
不意打ちでお姉さんの心を打ち抜くのは止めて欲しい!
そんなこと言われたら「いいよ! そうしよう!」と二つ返事をしてしまいそうだが、ここはリヒト君のためによく考えなければいけないのである。
「あのね、お姉さんも一緒がいい! でも、リヒト君をもっと大事にしてくれるところがあるかもしれないし、とりあえず今は保留にしましょう?」
「…………。……分かりました」
笑ってはくれたけどしょんぼりしている。
私はなんて業の深いことをしてしまったのだ!
胸が痛い!
「お昼ご飯、いっぱい美味しいもの食べようね」
お昼ご飯くらいでは償いにはならないが、元気を出して貰うにはやっぱり食事だ。
おやつもいっぱい買おう。
「なあ、マリアベル」
リヒト君の頭をなでなでさせて貰いながらそろそろお暇しようかと考えているとファインツが私に声を掛けてきた。
というか、なでなでしているところをジーっと見ていたが何?
あなたもしたいの?
そんな大きな手で撫でられたらリヒト君の首が折れてしまいそうだから許可出来ません!
「あんた、いい相手はいないのか?」
「はい? 相手?」
相手って恋人ってこと?
そんなのいませんが。いりませんが。
「いないなら俺の嫁にならんか? ボウズを息子としてさ。美人で強え。おまけに子供好き。俺の理想だ。是非嫁に欲しいね! 金も地位もある。苦労はさせないぞ。どうだ?」
どうだ、と言われましても……。
地位に興味はないしお金はあるから、その口説き文句はまったく魅力的だと思えない。
強く美しい、つまりファビュラスだと認められたのは嬉しいけどね!
嫁にはなりたくないなあ。
リヒト君の仲間でいる今が至福の時なのに!
正直にそう答えようか、ただ「嫌」とだけ答えようかと考えているとリヒト君がバッと立ち上がった。
「そ、そんなの駄目です! 絶対駄目え!!」
「?」
リヒト君のあまりにも必死な様子にファインツと私はぽかんとしてしまった。
私達の視線を受けたリヒト君はハッとすると風船が萎むように小さくなりながらソファに腰を下ろした。
俯いて顔を隠しているけれど、耳が赤いから顔が赤くなっているのもバレバレだ。
もしかして私が嫁にいったら仲間から抜けると思っちゃったのかな?
それでついムキになちゃったから照れているとか?
「大丈夫、お姉さんはずっとリヒト君の仲間だよ!」
「え? あ、はい」
あれ? それは分かっているけど……みたいな顔をされてしまった。
私の予想は違ったのかな。
少年心は難しい。
「お姉さんがお嫁にいくのもだめだし……僕にはお父さんもちゃんといます。新しいお父さんなんていりません」
俯いたまま、リヒト君は拗ねたように呟いた。
「ボウズの父ちゃんはどんな奴だ?」
「……お父さんは優しいよ」
「そうか」
ファインツは向かい側のソファから手を伸ばし、リヒト君の頭を撫でようとしたが避けられている。ふふっ。
リヒト君が避けなかったら私が叩き落としていた。
そういえば……リヒト君は家族のことには触れて欲しくなさそうだったけれど、お父さんとは仲が良かったのかな。
ちらりと横を盗み見ると見えた横顔は、微笑んでいるけど寂しそうに見えた。
「まあ、冒険者ギルドに加入したくなったらいつでも来てくれ。デートの誘いでも大歓迎だぜ? 今度は俺が奢ろう」
「間に合ってますので」
「つれねえな」
おじさんの相手も疲れてきたので、美味しい紅茶を飲み干すと結局何もすることなくギルドを出た。
出るときには二階にダグの姿はなかったので回収されたようだ。
まだ落ちていたらうっかり踏んでしまって帰ろうかなと思っていたのに残念だ。
扉を開けて出たところでうーん! と背伸びをする。
太陽はすっかり高い位置になっている。
登録するためだけに来たのに時間がかかったし疲れた。
今日は忙しいのに幸先が悪い。
気分転換にご飯だ!
「じゃあお昼ご飯を食べに行こうか! その後リヒト君の荷物を……」
「いた!」
「?」
大きな声がしたのでそちらに目を向けると、明らかに私達を目指して三人組が駆け寄って来るではないか。
この視界に入るとドロップキックを入れたくなる感じ……。
「あ! 経験値泥棒!」
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