第22話 束の間の休息

 倒れてしまったリヒト君を借りていた空き家につれて戻って来た。

 ベッドにリヒト君をそっと下ろしたところで私も急激な眠気に襲われ、そのまま眠ってしまったのだが……。


「……天使か」


 瞼を開けると、暗い中でも輝く銀髪と整った顔がドーンと目に飛び込んできたので「ここは天国か?」と思ってしまった。

 重い装備は外してあげたけどまだ着替えられていないから服はボロボロだし、綺麗な髪も所々切れたり焼けたりしているのだが、リヒト君の美しさは変わらない。

 むしろ天界戦争から地上に逃れてきた天使様という妄想が無限に広がる!

 ……なんて馬鹿なことを今日も考えることが出来てよかった。


「本当にがんばったね」


 ごろんと横になったまま、リヒト君の頭をいい子いい子となでなでする。

 至福の時間だ。


「ゆっくり休んでね」


 リヒト君の寝顔なら永遠に見ていられるけど、私はリヒト君に元気になって貰えるように食料の調達をすることにした。

 いや、もうちょっとなでなでして癒やされたい……なでなでなで。




「お連れ様!」


 外に出ると小人族の村人が駆け寄ってきた。

 かぼちゃカラーの方で今は一人だ。


「リヒト様は目を覚まされましたか!?」


 私達が休んだ後、村人達は交代しながらずっと待っていてくれたそうなのだが、あれから丸一日経っているらしい。

 私もぐっすり眠っちゃったようだ。


「お食事のご用意をいたしましょうか!? ね! ね!」


 張り切った様子でぐいぐい来る。

 そういえばリヒト君のお世話をしたい! と興奮しながら言っていたっけ。


「リヒト君はまだ寝ているわ。ご飯は私が用意するから大丈夫よ。お魚を食べたいって言ったから、今から調達しに行ってくるわ」

「そうですか……」


 断ると分かりやすくしょんぼりされてしまった。

 ごめんね。


「この辺りに水辺はありませんが?」

「分かってる。でも釣れるようになってるはずなの」

「?」

「そうだ。この辺りは食料も乏しいでしょう? あまり量は獲れないけど、長期的に魚が捕れるはずだから場所を教えてあげる。あなたもおいでよ」

「よいのですか!? 是非ともご一緒させてください!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現している姿はとても可愛い。

 おもちゃみたいだなー。

 さつまいもカラーの村人とセットで購入したい。


「じゃあ、行きましょうか」

「はい!」


 ちょこちょこと歩きながら着いてくる様子もおもちゃのようだ。

 可愛い。

 でも、歩幅が狭いから遅い!


「ごめん、早く行きたいから抱っこするね!」

「へ? え、ふええええぇぇぇぇ!!!?」


 抱き上げると同時に谷底の斜面を足場を探して飛び移りながら降りた。

 リヒト君を追いかけて一度降りたからもう余裕!


「そういえばあなた、名前は何て言うの?」

「今ああ、聞かないでくださああああい! 怖いよおおおお!」


 ジェットコースターは苦手なタイプなのだろうか。

 かぼちゃカラーの小人族は私にしがみついてひえぇひえぇぇぇと叫んでいる。

 怖がらせて申し訳ない…………やめないけどね!


「はい! 到着! 早かったでしょう?」

「うぷっ。……早かったですが、天からのお迎えも早くなるかと思いましたあ」


 崖底に到着すると深く被っていたチューリップハットが落ちそうになっていた。

 あら、つぶらな瞳が可愛い。

 年齢不詳だったが若い女の子の様だ。


「……で、お名前は?」

「ピリカです……。あれ? ここですか?」

「イエス!」


 名前まで可愛かったピリカが辺りを見渡して首を傾げている。

 それはそうだろう。

 ここは昨日リヒト君が頑張った戦地だ。

 川もなければ水もない。


「どこに魚が……あ。あれはなんですか!?」


 ピリカが気づき、指差した先にあったもの。

 それは空間がビリビリと破れてしまったような見た目の時空の裂け目。

 横一メートル、縦三メートル程の大きさで空中にある。

 破れた向こう側には真っ黒な闇が広がっている。


「あれよ」

「?」

「あれが釣り場」

「なんと!」


 ゲームでは釣りが出来るのだが、あの時空の裂け目はレアな釣り場だ。

 精霊だけが入ることの出来る精霊界の水場と繋がっていて、精霊界の魚が釣れるのだ。

 影竜戦が終わるとこの釣り場が出来ていたことを思い出したので見に来たのだが、やっぱりあった。

 これでリヒト君にお魚を食べさせてあげられる!


「よし、釣りましょう! じゃーん!」


 取り出したのは私がスキルで作った竿だ。

 竿は武器として作ることが出来る。

 所謂ネタ武器だ。

 攻撃力は低いのでこれで戦うのは無理だ。


 このレアな釣り場で釣り上げるには最高ランクの釣王の竿じゃないと釣れない。

 ルアーも普通の物では駄目で、この釣り場では光の魔法を纏ったもの、光のルアーでないといけない。

 どちらもスキルでの作製成功率が低いので、リヒト君とアイテム作りをした時に作った。

 リヒト君&光の精霊のおかげで一発成功。

 ストックまで作ることが出来た。


「さあ、やりましょう! 大物を釣るぞ!」


 通った後には魚は残らねえ! 無慈悲の鬼釣り師と言われた私の釣りざまを刮目して見よ!


「うりゃあ!」


 気合の雄叫びを上げてキャスティング。

 ルアーは裂け目の中に入っていった。


「上手い!」

「えへへ。ありがとう! …………ん!?」


 すぐにアタリの感触がした。

 ヒット!

 リールを巻き取り、グイッと裂け目から引っ張り出した。


「こ、これは!! 一生に一度食べられれば幸せ! と言われる幻のお魚! とんでもないご馳走ではありませんか!」

「そうよ、よく知ってるね!」

「はい! 一度この魚の話を耳にしてから食べてみたかったので、度々本の絵を眺めては食べた気分を味わっておりましたあ」


 せつなく悲しくも若干気持ち悪いエピソードをありがとう!

 釣れたのは闇魚という精霊界の魚だ。

 黒い靄を纏ったチョウチンアンコウのような姿だ。

 稀に精霊界から紛れ込んできたのが漁獲されるが、珍しい上に美味なのでかなり高額で扱われる。


「ここで釣れるのは闇魚ばかりだから。いっぱい釣れたら高級魚食べ放題よ!」

「おおおおおおお!!!!」


 ピリカが両手を握りしめ、金色のオーラでも出しそうな感じで雄叫びを上げた。

 あれ、今まで常にあった可愛さがどこかへ行ったぞ?


「釣り道具セット、一つあなたにあげるわ。早速釣ってみたら?」

「はい! うおりゃああああ!!!!」

「おおぉ…………」


 前世で見た滋賀のバス釣り名人の神キャストを彷彿とさせる力強くて正確な一投!

 光のルアーは裂け目へと勢いよく飛び込んでいった。


「きた! せいっ!」


 ピリカが小さな身体で懸命にリールを巻く。

 竿のしなりが凄い……これは大物だ!

 暫くピリカと闇魚の格闘は続いたが、ついに闇魚は敗北。

 その姿を我々に晒した。


「で、でででっかああああっ!」


 ピリカが釣り上げた闇魚は私が釣った物より倍以上の大きさ、ピリカよりも大きかった。


「負けた……ピリカ……あなた、凄かったのね……」

「私の中の何かが開花しました」

「そのようね……」


 達成感でイイ顔をしているピリカが眩しい。


「私も頑張らなきゃ!」


 そこからは二人でひたすら闇魚釣りに没頭した。

 気づけばかなり時間が経っていて、釣れた闇魚の数も膨大になっていた。


「大漁です!」

「リヒト君にお腹いっぱい食べさせてあげられる!」

「もう死ぬまで見たくない! ってくらい食べられますね!」


 それってどうなの……トラウマ作ってどうするの。

 何事も程々が大事だ。


「……村の皆にも配ろうね」

「はい!」


 あまりにも数が多いため、あとから誰かに手伝って貰って運ぶことにして村に帰った。

 村に着くとすぐに持ちに行く人の手配をするとピリカは去って行った。

 私は自分が調理する分の闇魚だけ持ち、借り家に戻った。

 リヒト君はまだ眠っているのか、家の中はシーンとしていた。


「ただいまー…………ええ!?」


 一目リヒト君の様子を見ておこうと部屋の扉を開けた瞬間、私は闇魚を落としてしまった。

 まだ生きが良い闇魚が床の上でピチピチと跳ねた。


「どうされました!?」


 呼び掛けられて振り向くとピリカが戻って来たのかと思ったが、さつまいもカラーの別人だった。

 ピリカから名前は聞いてる。

 男の子でポルカというらしい。


「リヒト君が!! いないの!!!!」


 家を出る前にはベッドの上にあったリヒト君の姿がない!

 起きたのだろうか。


「リヒト君! リヒトくーーん!!」


 呼び掛けながら家中探すが……いない!

 呆然としていると、いつの間にかいなくなっていたポルカが戻って来た。

 近所に話を聞きに行ってくれていたらしい。


「リヒト様は目を覚まされまして、ギルドマスターと出かけたそうです」

「代理と!? 何ですって! 誘拐!!」

「ゆ、誘拐~~~~!?」


 私の許可なくリヒト君を連れ出すなんて、誰だろうと誘拐だ!

 ギルドマスターだろうがなんだろうが騎士団に突き出してやる!

 そう意気込んでいると背後の玄関の扉が開いた。


「あ、お姉さん! 帰ってきたんですね! おかえりなさ……」

「リヒトくううううううんっ!!!!」


 よかったリヒト君いたーーーー!!!!

 また危ない目にあっていないかと心配で心配でお姉さんは泣きそうだったよ!

 っていうか既にちょっと泣いちゃったよ!


「大丈夫!? 変なことされてない!?」

「おい、変なことってなんだ!」


 リヒト君の後ろから誘拐犯が現れた。

 無視である。


「もう! 学校でも不審者についていったら駄目って言われているでしょう! 『いかのおすし』よ! 習わなかった!? いかない、のらない、おおきなこえをだす、すぐにげる、しらせる!」

「ご、ごめんなさい……」

「守ろう! いかのおすし!」

「ま、守ります! いかのおすし!」


 大事なことなので復唱します。


「いかのおすし!」

「いかのおすし!」

「なんだそれは……。新手の宗教か?」


 リヒト君が分かってくれたようなので私もようやく落ち着けた。

 はあ、もう……心臓に悪い。


「あの……お姉さん、勝手なことをしてすみませんでした!」


 安堵の息を吐いていると、リヒト君が申し訳なさそうに話してきた。

 そういえばクエスト直後には泣きながら話したが、まだこの件についてゆっくり話は出来ていなかった。

 地獄のお説教コースを用意しようと思っていたのだが、今はただただリヒト君が無事でよかった! という気持ちしか湧かず、叱る気になれない。


「お姉さんにも悪いところがあったわ。これからは話し合って、お互いに納得しながら決めていこうね」

「はい。もうお姉さんに黙って危ないことはしません! それで、ですね……その……これを受け取ってください!」


 そう言ってリヒト君が差し出したのは六色、六種類の素朴な花で出来た花束だった。

 花束、というには小さくて数も少ない。

 恐らくリヒト君が村周辺に咲いていた花を取って集めたのだろう。

 豪華な物ではないけど……気持ちがこもっているのが分かる花束で凄く嬉しい。

 すぐに受け取ろうと手を伸ばした。


「わああああ! おめでとうございます!」

「ありが……ん? おめでとう?」


 嬉しくてにこにこしていると、ポルカが拍手をして祝ってくれたのだが……おめでとう?

 花束は『お詫びの品』だろう。

 お詫びの品を受け取ったところで「おめでとう!」というのは違和感がある。

 私とリヒト君の頭の上には「?」が浮いている。


「なんだ、お前の反応が見たかったのに意味を知らないのかよ」


 ファインツが私を見て残念そうに溜息をついた。

 意味?


「もしかして……この花束って『これからもよろしくお願いします』って意味じゃないんですか?」


 リヒト君が渡しかけた花束を引っ込め、慌てた様子でファインツに詰め寄った。

 その花束には意味があるの?

 リヒト君はファインツから何か聞かされていた様子だが、私は知らない。

 一人で生きてきた真性ボッチが人付き合いでの常識や風習を知っているわけないでしょうが!

 ファインツはリヒト君を使って私をからかおうとしたのだろうか。

 だとしたら首から下を崖底に埋めてもいいですか?


「精霊六属性にあやかった六色だと人生を共にしたいっていう『これからもよろしく』、つまりプロポーズだな。一色足りない五色はいつか六色にするぞっていう意思表示。『あなたのそばにいたいです』っていう告白だ。な? 大体合ってるだろう?」


 ……プロポーズ! 告白!

 そんなロマンチックな風習があったのか!

 素敵だなあ! と目を輝かせる私の隣でリヒト君の顔は一瞬で真っ赤になった。


「なっ……! 全然違います! さっきはそんなこと言ってなかったじゃないですか!」

「これからも一緒にいたいんだろ? そう言ってたじゃないか」

「そ、そうですけど、それは仲間としてってことで!」

「じゃあ、花束は俺に譲ってくれ。俺がもう一本足してマリアベルに渡すからさ」


 ファインツからだと受け取りませんよ?


「僕が渡すんですっ!」


 事前に断る心の準備をしていたのだが、奪い取ろうとしてきたファインツの手から花束を死守したリヒト君がこちらを向いて姿勢を正した。

 私もつられてシャキッと背を伸ばす。


「あの、今は仲間として! これからも、よろしくお願いします」


 顔が赤いままのリヒト君が私の方へ花束をスッと差し出した。

 こんなに真っ赤になるくらい恥ずかしいのに、頑張って気持ちを伝えてくれることがとても嬉しい。

 可愛い!

 尊い!

 天使!


「はい! こちらこそよろしくね」


 私は花束を満面の笑みで受け取った。

 幸せ過ぎ……お姉さん泣けてきちゃった!


「うー」

「ふえ」


 変な泣き声が聞こえてきたと思ったら、ポルカといつの間にかまたやって来ていたピリカが手で涙を拭っていた。


「なんであなた達が泣いてるの!」

「いい話ですう」

「感極まりましたあ」


 感受性高過ぎじゃない?

 私の涙が引っ込んじゃったじゃない、と抗議しようとしたその時――。


 ――ズドオオオオオオン


「はわわ!」

「あわわ!」


 和やかな空気を一変させる地響きがした。

 何ごと!?

 ポルカとピリカは怯えて抱き合っている。


「地震、ではないですよね?」


 リヒト君の呟きに私とファインツが頷いた。


「随分大きな爆発音だったな」

「ええ」


 自然にこのような爆発音がすることはないだろう。

 この村で使われている道具で事故が起こってもここまで大きな音はしないはずだ。


「誰かが何か仕掛けてきたか……」


 言い終わると同時に村人が家の中に飛び込んできた。


「大変です! 崖の中の道が爆破されたみたいです! 崩れた岩で道が塞がって……これじゃ村から出られませんっ!」

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