第27話 大神官様
シンシアは金髪の美青年を見てあたふたしていたが、今度はゲルルフを見て顔を真っ青にしている。
知り合い?
というか、大神官様?
「愚妹がご迷惑をお掛けしております」
キラキラと光を飛ばす眩しい笑顔で美青年が微笑みかけてくる。
う…………胡散臭いんですけどー!
『顔が良い』に対する苦手意識もあり、一歩下がりつつ首を傾げる。
愚妹が迷惑?
「カトレアの兄です。フィリベルトと申します」
「あ!」
そういえば大神官の兄がなんちゃら~という話を聞いた気がする。
確かに死ぬほど迷惑を掛けられている。
「ははは」
いえいえ、と社交辞令を言う気にもなれず、つい笑ってしまった。
そんな私に大神官様は苦笑いだ。
「何が起きているのか分かりませんが……お急ぎのようですね? 話は進みながらに致しましょう」
え、一緒に来るの?
思わず顔を顰める。
「私は先に行きます。ついて来られるならご勝手にどうぞ」
「お待ちください。ついて行くのは無理です。ゲルルフが置き去りにされたくらいですから」
走り出そうとしていると腕をがっしり掴まれた。
何なの、この大神官様。
以外に図々しい、そして力が強い!
「足手纏いであることは承知しておりますが、ご同行させて頂けませんか? 出来るだけついて行きますので、見失わない程度に速度を落として頂けたら……」
「嫌です。リヒト君があなたの愚妹と二人きりになっちゃったんです! どんな目に遭うか!」
「それは急いだ方が良さそうですね。でしたら尚更、私は役に立つと思います。愚妹は大神官である私にはあまり大きな態度をとれません。比較的従わせることは出来ると思います」
「比較的? 絶対出来る、とは言わないのね」
「ええ。残念ながら」
再び苦笑する顔には今までの苦労が滲め出ているようだった。
カトレアのような身内がいて少し気の毒になる。
それに「絶対」と嘘をつかなかっただけでも印象は悪くない。
「はあ……」
溜息をつくと、大神官様は了承と取ったようで顔を綻ばせた。
「ゲルルフ、頼みますね」
「……またですか」
「?」
何の話だと思っていると、大神官がゲルルフの背中に乗った。
男前におんぶされる美青年――何この光景。
「私はすぐに息切れしてしまいますので」
なるほど、ゲルルフがやたらぐったりしていると思ったが……。
ゲルルフは私を追いかける途中で大神官様と合流して、ここに来るまでも背負って来たんだろうな。
というか、早く行きたい!
ちゃっかり隣にスタンバイし、行く気満々のルイに目を向けた。
中途半端について来られてダンジョン内に取り残したら危険だ。
大神官様のお荷物スタイルを真似しよう。
「大人しくしていてね」
「はあ? ちょっ……何すんだ!」
ルイを俵のように肩に担ぐ。
私より背が低いが、それなりに身長があるので持ちにくい。
バタバタしたら落ちるぞ。
これがリヒト君だったらお姫様抱っこで大事に運ぶところだが、生意気で憎たらしいルイなのでこれでいく。
「わ、私も……!」
「お前は必要ない」
焦って身を乗り出してきたシンシアにピシャリと言い放ったのはゲルルフだ。
「ゲルルフ様……」
「お前には失望した」
「…………っ」
失望……カトレアを止められなかったことかな?
「シンシアはゲルルフに憧れがあるのです。ゲルルフに認められたいと頑張ってきていたのですが……」
大神官様がゲルルフの背中からこっそり教えてくれる。
「ふーん」
「興味がなさそうですね」
「はい」
「奇遇ですね。私もです。早く行きましょう」
おや?
大神官様とは割と気が合うかもしれない。
「出発するから! 急ぐわよ!」
一刻も早くリヒト君の元へと向かいたい。
仕方が無いからサービスしてやろう。
ゲルルフに素早さがアップする補助魔法をかけてやる。
「これは……」
「早く走れるようにしてあげたから、しっかりついて来てよね! じゃあ、行くから!」
「待っ――」
シンシアが何か言い出していたが、私は全速力で駆け出した。
「早っ……息、出来なっ……!」
「お喋りしていると舌噛んじゃうわよ!」
魔物はまだ湧いていないようでダンジョン内は閑散としている。
これならすぐに元の場所に戻ることが出来るだろう。
ちらりと後方を見ると、ゲルルフが追いついてきた。
補助魔法の効果がちゃんと出ている。
「迷いがないようですが、ルートを覚えているのですか?」
「もちろん」
「それは素晴らしい」
話しかけてきた大神官様はゲルルフの大きな背中の上で涼しげな顔をしている。
ゲルルフは既に汗だくだけど。
異世界パワハラ……気の毒だな。
強く生きて。
「あんた、カトレアを捕まえるのか?」
私の背中から声がすると思ったら、ルイが大神官様を睨んでいた。
「そうですね」
「オレのことはどうするつもりだ? 牢にぶち込むのか?」
「おや、ぶち込まれるようなことをなさったのですか?」
「…………」
黙り込むルイを大神官が見守っている。
からかっているような口調ではあるが、向けている視線は穏やかなものだ。
「全ては我が愚妹がしたことです。異世界から来たあなたを誤った道に導いた責任は愚妹にとらせます」
「何もお咎め無しってこと? それは甘すぎるんじゃない? 強盗まがい……というか強盗したんだから。リヒト君が倒したフォレストコングの経験値まで泥棒して!」
私の言葉に大神官様が顔を顰める。
「なるほど。詳しい話を聞く必要がありそうですね」
「お、オレはカトレアに渡されたものを使っただけだ! 経験値も、あいつがくれたアイテムで……今、持ってる! うぐ……」
「落ち着いてからきくわ。今は大人しくしておきなさい!」
担がれたまま動こうとしたルイが苦しそうに呻く。
だから大人しくしていなさいってば。
カトレアから渡されたもの――。
気になる話だが、ゆっくり話を聞いている暇はない。
「あの、今の話ですが……」
「はい?」
「理人……勇者様がフォレストコングを倒したと仰いました?」
「え? ええ、そうよ」
進むことに集中したいのに、大神官様が話しかけてきた。
身を乗り出していてゲルルフが焦っている。
「本当ですか!? 怪我は!? 怪我はしていませんか!?」
「していないわ。というか、黙って進みましょう! 無駄に話すと疲れるわ」
「そ、そうですね。申し訳ありません。ですが、これだけは……! 勇者様はどのような様子ですか? ちゃんとご飯は食べているのでしょうか。泣いていませんか? その……元の世界に帰りたいとは?」
これだけ、が多すぎません?
勇者が心配なのか、やたら焦っている様子だ。
「様子は……元気に頑張っています。楽しんでいるようですよ。凄く前向きですし、ご飯もちゃんと食べています。元の世界に帰りたい、という言葉は聞いたことがないですね。……もういいですか? 質問の受付は終了です!」
「そうですか……。すみませんでした」
「?」
大神官様が急に大人しくなった。
冷たくしてしまったかな? と思うが、そんなしょんぼりしなくても……。
とにかく、今は前進あるのみ!
ルイも大人しく俵と化しているので順調に進む。
ゲルルフも青い顔をしているがついて来ている。
あともう少しでも元の位置まで辿り着けると思ったのだが――。
「なんでフォレストコングが復活してるの!!!!」
すぐには復活しないはずのフォレストコングがいつもの場所で待ち構えていた。
しかも普通の色でも銀色でもない。
真っ黒で目が赤く「闇落ちしてます」という感じに仕上がっている。
戦ってみなければ分からないが、銀色フォレストコングと同じくらいの強さだと感じる。
倒せるが……普通に倒していたら時間がかかるじゃない!
通り過ぎようかと探ってみたが、倒さないと進めない状態に戻ってしまっている。
仕方がない……。
「私が一人でやるから、離れて待っていて」
「オレもやる!」
「邪魔」
ルイは私に運ばれて酔ったのか、フラフラしているのに名乗り出てきた。
もちろんお断りである。
「なんでだよ! あいつは一人でやったんだ! オレだって手伝うくらい出来るだろ!」
「いらない。今は急いでるの!」
「だから手伝うんだろ!」
「リヒト君だったら助かるけど、あなただと邪魔だから遅くなるの!」
「痛っ!」
ついて来る……むしろ私を追い抜いて飛び出ていく勢いのルイの頭に真っ直ぐ手刀を落とす。
「くそっ、あいつとの扱いが違い過ぎるだろ! 不公平だ!」
「はあ!?」
涙目で睨んできたルイの言葉に目玉が飛び出そうになった。
まさか私に丁重に扱えと言っているの!?
「あのね! はっきり言っておくけど、私はリヒト君に意地悪だったあなたのことが好きじゃないから!」
「…………っ! し、仕方ないだろ。こんな知らないところでやっていくには上手くやっていかなきゃ。あいつが要領悪すぎるんだよ! 痛っ!?」
ルイがまた頭を押さえて痛がっているが、今度は私じゃないぞ?
「何するんだよ」
「すみません、手が勝手に」
犯人はルイの後ろでにこにこと人を魅了する笑顔を見せている神官長様だった。
神官長様に視線を向けられたゲルルフは、無言で頷くとルイの背後に回り、羽交い締めにした。
「捕まえておきますので。どうぞ」
「助かります」
ルイが何やら口汚く罵っているが、ゲルルフならしっかり拘束していてくれるだろう。
「さて……」
私は黒色フォレストコングに向かう。
瞬殺! といきたいところだが、HP――体力が馬鹿みたいにあるのでそういうわけにはいかない。
普通のフォレストコングを倒すときも楽勝ではあるが、ダメージを受けないよう回避しながら戦うのである程度時間はかかる。
では、どうすればいいか。
「回避しなければいいのよ」
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