第26話 ルイ

「よお。随分変わった……っていうか別人じゃん? 髪はカツラ? コスプレ? そこまでして勇者のふりしたかったわけ?」


 リヒト君の前に飛び出たルイは挑発しながら話しかけてきた。

 この子も綺麗な顔をしているのに、こんな表情をしていては台無しだ。

 残念な子である。


「……あっ!」


 ルイの悪態は無視。

 相手にしない大人な対応をとっていたリヒト君だったが、何かに気がついたようで私を見た。


「お姉さん! フォレストコングを倒した経験値が全く入っていません!」

「え!? そんなわけ……」


 ルイに邪魔をされたが半分は入ったはず!


「全部俺が貰ったからな」


 驚く私達の間に割って入ったルイがにやりと笑った。

 一体どうやって……?

 そんなことが出来る方法はあっただろうか。

 アイテム?

 魔法?

 スキル?

 混乱する私を余所にルイは得意げに語る。


「楽なもんだぜ? 俺は一度も戦っていないのにどんどん経験値が入ってくる。レベルが面白いくらいに上がってさ」


 なんだこいつ……。

 アイテムや装備、物だけではなく経験値まで強奪しているとは。

 そんなことを誇らしげにしているのがおかしい。

 恥ずかしくはないのか!


「なんだその目は」


 ルイが私と同じように顔を顰め、軽蔑の眼差しを向けているリヒト君に絡む。


「良い子ぶったところで、お前だって同じだろう?」

「……どういうこと?」

「ねずみ一匹しか倒せなかったやつが強くなり過ぎだ。何もかもこのエルフのお姉さんに施して貰ったんだろう? その武器や防具。ステータスを上げる薬とか貰ってんじゃねーの?」


 装備は私が渡した物だけどリヒト君は返すと言っているし、ルイのように強奪したことは一度も無い。

 経験値だって全てリヒト君が経験して得たものだ。

 お前と一緒にするな!!

 リヒト君が自分でケリをつけたいだろうから黙っているけど、思いきり叫んでドロップキックを入れたい!


「…………」


 リヒト君は怒ることもせず、呆れた表情でルイを見ていた。

 どこか悲しそうにも見える。


「何黙ってんだよ。あ、図星? だよな。そうとしか考えられないし。つーかさ、全部俺に寄越せよ」

「……薬なんて飲んでないけど、武器や防具はお姉さんに借りてる。だからルイ君にはあげられない。ねえ、他の冒険者さん達の武器とか盗ったのはルイ君も?」

「はあ? 盗った? 人聞きが悪いな。使ってやってんだよ。……いいからさっさとそれも寄越せ!」


 言い終わるより前にルイがリヒト君の持つ贄の剣に手を伸ばした。

 あんたなんかに渡すか!

 阻止しようとしたが私よりも先にリヒト君が動き、ルイの手を掴んだ。


「痛ぇっ! くそ、離……!?」


 あ、あれは……!

 ダグが空を舞った時の映像が蘇る。

 あの時と同じようにルイの身体が弧を描いて空を舞う。

 リヒト君の一本背負い、再び!

 前よりもキレがいいっ!


 ダンッ! と鈍い音を立て、ルイの身体は地に落ちた。

 仰向けに倒れたルイは目を見開いて呆然としていた。


 経験値を横取りしてリヒト君よりも強くなったつもりだったのだろうか。

 リヒト君はフォレストコングの経験値が入ってもレベルが一つ上がるかどうかだろう。

 それくらい強くなっている。

 今回横取りしただけで追いつけるわけがないのだ。

 リヒト君の戦う様子を見ていたはずなのに分からなかったのか……。

 呆れるばかりだ。

 倒れたままのルイの元へリヒト君が近づく。


「僕ね、ルイ君が羨ましかった。格好良くて、強くて、なんでも出来て。皆がルイ君を好きになる。でもね、今は全然羨ましくないよ」

「…はあ?」

「今のルイ君みたいにはなりたくない」

「…………っ」


 ルイの顔が一気に怒りで歪む。


 リヒト君……よく言った!

 空気を読んでまだ静かにしているが、私の精神体は拍手喝采だ。ブラボー!

 本当に良く見返したね……お姉さん、立派なリヒト君の姿を見ることが出来て涙がっ。

 ハンカチじゃなくてバスタオルをください。


「ルイ君、間違ってるよ。皆に返して謝ろう?」

「……調子に乗るな!」


 起き上がったルイがリヒト君に殴りかかろうとしたその時――。


「待ちなさい!」


 リヒト君とルイの間に矢が飛んできた。

 二人が飛び退き、矢を射た者へと目を向けた。

 弓を持っていたのはゴロツキのような冒険者だったが、その隣にいたのは……カトレアだ。


「おい! 何やってんだ! オレに当たるところだったぞ!」


 ルイがカトレアに向かって怒鳴る。

 確かに今の矢はリヒト君よりもルイを狙っているように思えた。

 弓を持っている冒険者がまた矢を放つと、今度はルイの腕を掠った。


「……いい加減にしろよ。どこ狙ってんだ!」


 やはりルイを狙っている?

 カトレアの背後から次々と姿を現した冒険者もルイに向かって攻撃を始めた。

 え? 仲間割れ!?

 私とリヒト君は混乱して動けず、とりあえず傍観している。


「おい、カトレア! 聞いているのか! こいつらちゃんと操れよ! 狙いはオレじゃなくてそいつだろう!」


 操る?

 そういえばゴロツキ冒険者は無表情でルイに飛びかかっているが、操られているのか?

 お金で集められたんじゃなかったっけ?

 集めた後何らかの方法で操ったのかな。


 というか、ルイが怪我をし始めた。

 ゴロツキ冒険者達はそこそこの実力に見えるが、さすがに一対多数では無傷でいられない。

 あ、思いっきり殴られた。

 美少年がすっかりボロボロだな……。

 ルイは憎たらしいが……それでもまだ子供だ。

 こんなに寄ってたかってやられているのは見ていられず加勢することにした。

 リヒト君も同時に動いていた。


「……助かる」


 お?

 私に言ったのかリヒト君に言ったのか分からないが、今のは感謝と取っていいのかな?

 ルイを保護したのがカトレアじゃなかったら、案外気持ちよく付き合いが出来たのかもしれないと少し残念に思った。


「クソッ、カトレア! おい! 聞いてんのか!」


 ルイは必死に冒険者達の攻撃をかわしながらカトレアを呼ぶが、カトレアはそれをを無視してリヒト君へ笑顔を向けた。


「そのお姿……やはり勇者はあなただったのですね! 『黒』は敵の目を欺くためであったと、わたくしは分かっておりました! ですからこの偽物――ルイを勇者だと認める振りをしたのです。でももう、その振りもする必要はありませんわね? さあ勇者様、わたくしと共に大精霊の武器を手に入れに参りましょう!」


 …………は?

 何を言っているの?

 私とリヒト君、ルイまでぽかーんだ。

 どういう論理?

 敵って誰よ……。

 あんなにルイルイ言っていたのに、ルイまで切り捨てるのか。

 三人でしばらくフリーズしてしまったが、ハッとしたルイがカトレアを問い詰めた。


「オレを裏切るつもりか!!」

「あら、偽物のあなたはそこのエルフ女と一緒が良かったのでは? 振りとはいえ、このわたくしが助力しているというのにその女を誘うなんて……。やっぱり偽物ね」


 ルイが私に協力しろと言って来た時のことか?

 カトレア、根に持っていたのか。

 プライドがチョモランマより高そうだもんなあ。


「おやめください!」


 飛び出てきた人物がルイの前に立ち、彼を守った。

 それを見たカトレアの顔が歪む。


「……シンシア。あなたは何をしているの?」

「カトレア様! もうやめましょう! 一度王都に戻りましょう!」

「あなたはお母様の言うことを守っておけばいいの。わたくしを守れと言われているでしょう? わたくしを守る、ただそれだけでいいの。あなたの意見なんて聞いていないの。邪魔をするなら消えなさい。さあ、リヒト様。わたくし達は進みましょう」


 カトレアが近づいて来たが、リヒト君は少し後ろに下がり「近づかないで」と剣を向けた。


「僕は行きません! 僕の仲間はお姉さんだ!」


 しっかりと拒否をするリヒト君にカトレアは笑顔を崩さず語りかける。

 え、怖っ。


「これまでのことで、わたくしのことを勘違いしているのです。しっかりとお話させて頂きますので、まずは共にこの先へと……」

「勘違いなんてしていません! 僕はあなたが嫌な人だって分かってます! 今まで僕にしていたことを『振りでしていた』なんて大嘘だし、他の冒険者さん達のものを泥棒するし、偉そうだし! 良いところなんて綺麗な服だけだし! カトレアさんみたいな人、僕は大大大嫌いですっ! 犯罪者ー!!!!」


 リヒト君、絶叫でのカトレア全否定だ。


「…………」


 カトレアは呆然。


「あははははははっ!!!!」


 私は爆笑。


「ふはっ。散々な言われようだな」


 ルイまでさっきまではカトレア陣営だったにも関わらず笑ってしまっている。

 リヒト君、今までは子供なのに大人な対応をしていたが、相当ストレスが溜まっていたんだな……。

 言いたいことが言えてスッキリしただろう。

 顔を引き攣らせているカトレアが見られて私もスッキリだ!

 今のシーン、録画したかったなあ。

 一晩中ループ再生で朝まで美味しくお酒がのめそうだ。


「それにカトレアさんが良い人でも悪い人でも僕には関係ありません! 僕はお姉さんがいいんです! お姉さんと一緒にいたいんです!」


 あわぁああああ……お姉さん、今度こそ号泣だよ……!


「…………っ!! リヒトくううううううん!!!!」

「どこまでも忌々しいエルフめ!」


 リヒト君の元に駆け寄ろうとした私にカトレアが何か仕掛けて来た。

 すぐに対応しようとしたが、リヒト君の言葉に浮かれていた私はつまらないミスをしてしまう。


「あっ」


 攻撃だと思ったら……違った!

 これは以前も食らってしまったあれだ。

 理解したときには既に手遅れで――。





「ゆ、油断したああああああ!!!!」


 瞬きをすると広がった光景はダンジョンの入り口だった。

 やられた……まんまと転移させられてしまった……!!


「同じ過ちを繰り返すなんて! 私って本当に馬鹿!!」


 こんな間抜けな仲間でごめん、リヒト君!


「うっ、頭がぐらぐらする……」

「こ、ここは……戻って来たのか?」

「え? ルイ? シンシア?」


 振り向くと混乱している様子のルイとシンシアが立っていた。

 あなた達も飛ばされたの!?

 え、待って待って、ということは……?


「ゴロツキ冒険者というその他大勢を除いたら、カトレアとリヒト君が二人きりでは!? だ、だめええええ!!」


 カトレア自身は実力者ではないがどんな手を使ってくるか分からない。

 リヒト君はカトレアを全否定したし、言い聞かせるのは無理だとゴロツキ冒険者達のように操られてしまったら……。


「リヒト君! すぐに戻るから!」

「オレもつれて行ってくれ!」


 走り出そうとした私の手をルイが掴んだ。

 振りほどこうとしたがしつこく掴んでくる。


「時間が惜しいの! 離して!」

「頼む! あんなに馬鹿にされたままでは、オレは……!」

「ついて来たければ勝手にすればいいけど、私の邪魔しないで!」

「私もついて行ってよいでしょうか」


 言い争う私達の後方から、落ち着いた男性の声が聞こえた。

 振り向くと金髪の美青年が立っていた。

 その隣にはげっそりしたゲルルフさんの姿が……。


「だ、大神官様!」

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