第16話 脅威の粘着力

 重苦しい空気の中、リヒト君の静かな声が響いた。


「リ、リヒト様?」


 明らかに怒りを感じるリヒト君の真顔に、シャールカが声を震わせている。

 やはり精霊たちも、リヒト君の怒りに反応しているようだ。

 気持ちがいい晴れの日だったのに、周囲が一気に暗くなった。

 寒くないのに、背筋がゾッとする。

 これから予期できない悪いこと、恐ろしいことが起きそうで不安に駆られる。


「僕は卑怯な人は好きになれません」


 静寂の中響いたリヒト君の言葉に、テッドがビクッと反応している。

 シャールカに向けられたものだが、私に目つぶしで砂をかけたテッドにも刺さったようだ。

 そんなテッドのことは一切気にせず、リヒト君はまっすぐにシャールカを見据え続けている。


「シャールカさん、僕が言いたいことが分かりますよね」

「わ、私は何も……」

「自分で言えませんか?」

「…………っ」


 お叱りモードのリヒト君の圧がすごい! 私まで緊張してきた。

 それにしても、リヒト君がここまで怒るなんて……。

 精霊が不穏な動きをしそうなので、仲裁に入るべきか迷う。

 今のリヒト君なら、以前ルイを懲らしめてしまった時のように暴走したりしないと思う。

 だから、もう少し見守ろう。


 黙ったままのシャールカをジッと見ていたリヒト君だったが、しばらくするとため息をついた。


「もういいです」


 その瞬間、張りつめていた空気が少し和らいだ。

 重苦しく暗かった周囲が少しづつ戻っていく。

 リヒト君は、シャールカに与えていた弁明の機会を終わらせたようだ。

 もう「時間の無駄だ」と思ったのだろう。

 怒りが呆れに変わったことで、精霊たちの緊張感も和らいだのかもしれない。


「……シャールカさんを仲間として迎えるかどうかのお話は、正式にお断りします」

「そんな! 待ってください!」

「待ちません。信用できない人とは仲間になりたくありません。マリアさん、行きましょうか」


 私を誘って立ち去ろうとするリヒト君を、シャールカは慌てて引き留める。


「申し訳ありませんでした! 私は先ほど、こっそり魔法を使って、マリアベルさんが負けるように仕向けました。でも、それはこの村のためなんです!」


 テッドや村長たちが驚いているので、やはりシャールカの魔法には気が付かなかったのだろう。


「お、俺は不正で勝ったのか」

「勇者様がお怒りになるのは無理もない」


 現状を把握できた周囲が申し訳なさそうにしている。

 そんな彼らにも気づかず、まだ言い訳をするシャールカに、リヒト君の顔に怒りが戻って来た。


「村を助けるためなら、何をしてもいいのですか? 僕はどんな理由があっても、マリアさんを傷つけるような人は許せません!」


 リヒトくううううん!!!!

 なんてイケメンなの!

 空気を読んで大人しくしているけれど! 神妙な顔で見守っているけれど!

 お姉さんは今すぐ飛びつきたいです~!

 顔が緩むから唇を噛んで我慢します!

 そんな私にシャールカが視線を送って来た。

 リヒト君のイケメン力にときめいていると気づかれたのかと思ったが……。


「私だってこんなことをしたくなかったです! 初めから力を貸してくださっていれば……!」


 はしゃいでいることには気づかれていなようだが、恨み言を言われてしまった。

 素直に謝ればいいのに、人のせいにするのは一番悪手だ。

 そう思っていたら、案の定、リヒト君の顔が更に険しくなった。


「どうしても必要なことであれば、もちろん僕たちは力を貸しました。でも、『すべての困っていること』を助けるのは不可能です。あなたの考えは立派ですが、僕はあなたの理想を実現するための道具ではありません。あなたにできることをやってください」


 本当は怒鳴りたいくらいだと思うが、リヒト君は怒りを抑えながら、再三言っていることをまた丁寧に伝えてあげた。

 いい子! 私なら「何回言わせるのー! 全然反省してないでしょー!」と暴れている。


「こうしてお願いすることも、私にできることなのです!」


 え、まだ食い下がるの? とびっくりした。

 リヒト君も驚いている。驚きの悪質な粘り強さ!


「……でしたら、方法を間違えないでください。あなたがやったことは、逆に村に迷惑をかける行為だと分かりませんか?」

「え? 迷惑? そんなはずは……。…………っ!」


 周囲を見回したシャールカの目には、村長さんをはじめ、村の人たちが困った顔が映ったのだろう。

 今更だが、自分に味方がいないことに気づいたようで慌てている。


「ありがたいけど、勇者様にご迷惑をかけるわけには……」

「勇者様に嫌われてしまったら……」


 村人たちからはそんな声が聞こえて来た。


「わ、私は、みなさんのために……! 痛っ! ……どんぐり?」


 再び弁明をしようとするシャールカへと、どこからかどんぐりが飛んできた。

 誰もいないところから、次々にどんぐりが投げつけられる。

 こんなことをするのは精霊だ。

 これ、結構痛いのよね……。


「シャールカ。あなた、精霊にも嫌われてしまったようね」

「そんな……!」


 光の勇者様と光の精霊が大好きなシャールカには、大ダメージだろう。

 少し可哀想だが、自業自得だ。

 リヒト君に理想を押し付けようとしたことをちゃんと反省して欲しい。

 優しいリヒト君は心を改めたら許してくれるだろう。

 私は中々許さないけどね! 私の判定は厳しいわよ!


「いるんだよなあ。勇者なら何でもやってくれると思っている奴がさあ」


 一際大きな声が聞こえて来てびっくりした。

 随分と自己主張をする村人がいるなと思い、そちらを見たら、明らかに村人ではない人がいた。

 村人達より断然身なりがいいし、体格もいい。

 それになんだか見覚えのあるイケオジだな…………あ!


「あなた! ギルマス代理じゃない!」


 いつぞやお世話になった……というより、どちらかと言えば、お世話をしたギルドマスターの代理だ。


「名前で言ってくれよ……」


 名前は確か……ファ、ファ、ファ……ファビュラス……いや、それは私だ。


「ファイツンさん! ご無沙汰してます」


 悩んでいるうちにリヒト君が答えを出してくれた。助かる~!


「よお、ボウズ。でかくなったな! マリアベルは相変わらず美人だな」

「ふふっ、ファビュラスと言って。で、ここには何をしに来たの?」

「もう少し再開の余韻はないのかよ……。まあ、今はそれどことではなさそうだが」


 そう言ってファインツはシャールカを見た。

 シャールカの小さな肩がびくりと震えた。


「ファインツ様……」

「シャールカも久しいな」


 どうやら二人は面識があるようだ。

 ファインツはジーグベルトとも知り合いだったし、彼と一緒に行動していたシャールカを知っていても不思議じゃないか。


「なあ、お前も知っているだろうけど、周囲の森の木が倒れて荒れ放題なんだわ。お前の魔法で全部の木、どかしてくれない? あと、折れた木とかいらないものも全部燃やしてくれよ。村の人たちが動きやすいように掃除してやってくれ。水の魔法で洗濯とかもできるか。あと、村で怪我や病人がいたり、疲れた奴がいたら回復させてやってくれ」

「わ、私がですか?」

「ああ。お前、魔法使いだろ?」

「!」


 なるほど。シャールカがリヒト君にどれだけ理不尽なことを言っていたのか、シャールカに当てはめて分からせようとしたのか。

 シャールカも言葉の意図が分かったようで、肩を落としている。

 その様子を見て、周囲には何とも言えない気まずい空気が広がった。

 だが、ファインツがそれを吹き飛ばすような明るい声で話し始めた。


「まあ、お前が優秀な魔法使いなのは確かだ。だからお前自身の力で、村に力を貸してやればいい。それで俺がここに来た理由だが……シャールカが挽回する機会がありそうだぞ? 実はこの村にギルドを作ろうという話が出ていてな」

「この村にですか!」


 村長が飛び跳ねそうな勢いで反応した。

 ギルドができれば、人が集まってくるし、心配事があってもギルドに依頼すればいい。

 シャールカもギルドの依頼を受けることで、貢献できることがあるだろう。

 ギルド新設は良い話なのだが、あまりここのような辺鄙な村にできることはないので不思議に思っていると、ファインツが経緯を話し始めた。


「アレクセイの進言でな。ここはダンジョンも近いし、樹竜がいることも分かったから、管理した方がいいだろう、と。騎士を常駐させることも考えたようだが、ダンジョンがあるし、ギルドを置いた方が復興にも繋がるんじゃないかってさ。それでギルドの使いっぱしりの俺が、とりあえず見に来たってわけ」

「さすがアレクセイ!」


 去った後にも救う手段を考えるなんて、ゲーム通りの炎の勇者様で拍手したくなった。


「おい、実際にここに来た俺に対する言葉はないのかよ」

「お疲れさまー!」


 代理をさせられたり、あちこち行かされたり、本当に大変だと思う。

 笑顔で労ったのだが、なぜかファインツは私を見てため息をついた。


「……はあ。まあ、お前たちがいるって聞いたしな。会いたかったよ、マリアベル」

「僕も会いたかったです!」


 私とファインツの間に入るように、リヒト君が挨拶をしてきた。

 そして、勢いよく握手を求めている。

 そんなに会いたかったのなら、連絡を取ってあげたらよかったなあ。



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