第12話 時は流れて4

 入学して間もなくのまだ新しいコミュニティが出来ていないころは、自然と同じ中学の出身者同士で集まる。その傾向は男女ともにあるようで、啓太もまた同じクラスになった中学からの友人、和彦と一緒になって喋っていた。

 そんな時急に彼女の声が自分に向けられたのは、彼にとっては不意打ちだったようだ。


「ねえ三島」

「うわっ!なんだよいきなり」


 驚く啓太が目を向ける先には藍が、それと一緒についてきた真由子がいた。その反応があまりにも大きかったので、藍の方も驚いている。


「ごめん、驚かせた?」

「別に驚いちゃいねーよ。急に呼ばれたからビックリしただけだ」


 それを驚いたというんじゃないだろうか?

 驚くと言えば、昔啓太は幽霊がとり憑いてるなどと言って散々脅かしてきて、その度に優斗に諌められていた。もちろん、高校生となった今ではそんなことはしてこない。というより、優斗が亡くなったくらいからそんな意地悪はぱったりとやんだような気がする。

 おかげで今は付き合いの長さもあり、藍の中では気兼ねなく話せる同級生といったポジションになっていた。


「で、何か用か?」


 啓太が聞いてくる。話している最中にあまり時間を取るのも悪いので、藍はさっそく本題に入ることにした。二人がやって来たのは、さっき話していた軽音部について尋ねるためだった。


「三島も、軽音部に入るんだよね?」

「ああ、そのつもりだ。せっかく始めたんだし、ちゃんとやらないと勿体無いからな」


 啓太はそう言って傍らに置いてあったケースに手をやった。藍のものと似ているが、こちらは中に入っているのはベースでなくギターだった。

 彼がギターを始めた事、軽音部に入ろうとしている事は中学の頃から知っている。というか、初心者同士一緒にやった方が上達すると言われて、数回ではあるが音を合わせたりもした。

 とりあえずこれで、藍を含めて二人の部員が確保できたというわけだ。


「それにしても三島、確かアンタがギター始めたのって、藍がベースの練習するようになってからすぐだったよね」


 真由子は意味深げにそう言いながら啓太を眺めると、彼は途端に慌てだした。


「べっ、別に藤崎とは何も関係ないからな!」


 どもりながら藍との関係を否定する啓太だったが、藍自身はそこまで強く否定しなくてもそんな事は分かっているつもりだ。練習している所をたまたま近くにいた啓太に聞かせたことはあるけど、始めて間もない自分が誰かに影響を与えるなんて自惚れもいいところだ。


「分かってるよ。たまたまだよね」


 それでも、ほとんど同じタイミングで音楽を始めたのだから偶然というのは凄い。偶然というなら、こうして同じ高校に入学したのだってそうだ。これで小中高ずっと一緒ということになる。不思議な縁だ。


「でも、三島がギター始めてくれて良かったって思うよ」

「そ、そうか?」

「うん。私のベースだけだとまともに演奏するのは難しいからね」


 ベースの主な役割は曲の土台となる音、ルート音を出す事で、主役になる機会はあまりない。工夫次第ではソロで演奏するのも不可能ではないが、ギターが加わった方が演奏の幅は圧倒的に広がる。

 軽音部の人数が少ないのと藍がベースしか弾けない事を考えると、啓太が入ってくれるのは素直に嬉しかった。

 出来ればこれにドラムが欲しいところだが、もし二人の他に新入部員がいなかったら、当面は打ち込みで何とかすることになるだろう。


「まあ、人数もあまりいないだろうし、藤崎がいいなら本格的に組んでやってもいいぞ」


 今までも、二人で音を合わせた事はあったけど、他に周りに音楽をやる友人がいないからという暫定的なものだった。だけど本気で組んでも良いと言ってくれているのならありがたいことだ。

 啓太も必要とされて嬉しいのか、まんざらではなさそうだ。高揚しているのか、何だかほんのりと顔が赤く見える。

 会話を続ける一方で、藍の心は段々と軽音部の方へと向いて行った。


「じゃあ、私はそろそろ部室行ってみるね」


 荷物を手に、教室の外へと向かう藍。もしかしたら誰もいないかもしれないけど、それでも早く行ってみたかった。


「ああ、それなら俺も一緒に行こうか?」


 啓太も藍の後に続こうとする。だけどそこで藍は、啓太がもともと和彦と話をしていたのを思い出した。


「いいよ。私は先に行くから、三島はゆっくり来なよ」


 話の途中だったのに、自分に気を使って切り上げようとしているのなら何だか悪い気がする。そう思い、さり気なく気を使いながら藍は一人教室を後にした。


「えっ、ちょっ……」


 啓太はそれを見て何か言おうとしたが上手く言葉にはならず、藍の耳に届くことも無かった。その時の彼の表情は、何だかとても残念そうだった。

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