第3話 小学生編3
啓太が走り去っていき、その場には藍と少年の二人だけが残った。少年は啓太の姿が見えなくなったのを見届けると、後ろに隠れていた藍へと体を向けた。
「藍、もう大丈夫だぞ」
優しくそう言ったけど、何故か藍は俯いたまま顔を上げようとはしなかった。
「藍?」
いったいどうしたのだろう? 不思議に思いながら、今度は少し心配そうに声をかける。すると藍はボソリと呟くように言った。
「ねえ―――私、ブスなの?」
藍は、啓太がさっき自分のことをブスだと言っていたのを気にしているようだった。小学生とはいえ女の子。むしろまだ幼い分、悪口に対しては大人よりもずっと敏感だ。だけど少年はそれを聞いて、フッと息をついた。
「何だ、そんなことを気にしてるのか。大丈夫、あんなの嘘だよ」
「ほんと?」
その言葉に、藍は不安そうな顔をようやく上げた。
「ああ、藍はとてもかわいいよ。俺の言うことが信用できないか?」
啓太の言ったブスと、少年の言ったかわいい。その二つのいったいどっちを信じるのか、答えは考えるまでも無かった。
ダメ押しとばかりに、少年は再び藍の頭を優しく撫でる。藍はくすぐったそうにしながらも、その顔はすっかり笑顔になっていた。たとえ啓太に百回ブスだと言われたとしても、この少年にたった一度かわいいと言われて頭を撫でてもらえれば、それだけで笑顔になれるような気がした。
「うん。ユウくんが言うなら、きっとそうなんだ。三島の言うことなんて絶対に信じない」
藍は満面の笑みで言った。もし啓太がこの様子を見ていたら、きっと泣きそうになっていただろう。
「それは良かった。でもな藍、それはあの子には言わないでおこうな」
「えっ?……分かった、ユウくんがそう言うなら」
「そっか。偉いぞ」
そう言って彼はまた藍の頭を撫でる。
ユウくんと呼ばれているこの少年の本名は、
そして―――
「ねえユウくん。手、繋いでもいい?」
歩き出そうとする優斗に、藍は甘えるように言った。二人とも、これから向かう先は一緒のはずだ。
「ああ、いいよ」
差し出された手を、藍はギュッと握る。そうして二人は、並んで歩き始めた。
歩いている間、藍は優斗に今日学校で何があったかをあれこれ話して聞かせた。その表情はとても楽しそう。
こうして優斗と手を繋いで帰ることは、これが初めてじゃない。今までに何度もあったことだし、頼んだ時も断られるなんてちっとも思っていなかった。
それなのに、『いいよ』と言う答えが帰ってくると、実際にその手を握ると、凄く凄く嬉しくなる。手を引かれながら歩いていると、ちょっとだけドキドキする。
もうすぐ藍の家が見えてくる。家に着いたら、こうして手を繋いでいられる時間も終わっちゃう。藍にはそれが少し残念に思えた。
藤崎藍。好きなもの、ユウくん。
藍にとって優斗は、お兄さんみたいな人で、いつも守ってくれて、優しくて、憧れで、そして一番大好きな人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます