第4話 小学生編4

 優斗に手を引かれながら歩く藍。間もなくして、道の先に藍の家が見えてきた。


「ねえユウくん、今日もうちに晩御飯食べにくるんでしょ」

「ああ、お邪魔させてもらうよ」


 藍の家は、家族で喫茶店兼食堂をやっていて、優斗はそこで夕食を取るというのがほとんど日課になっていた。彼の家には母親がおらず、父親も毎日帰ってくるのが 遅い。そのため優斗には食費としてそれなりの額のお金が渡されていた。


「ただいま」


 藍はそう言って店の入り口にある戸を開く。この家は住居と店とがくっついたような構造をしていて、普段家に帰る時は住居スペースの方にある玄関を使うようにと言われている。だけど今日はお客さんである優斗も一緒なので、店側の入り口から入ることにした。


「お帰り。ユウくんもいらっしゃい」


 二人を出迎えたのは、この店の店長である藍のお父さんだ。優斗のことも、単なるお客さんとしてだけではなく、近所に住んでいる子として小さい頃から見知った仲だった。


「お邪魔します。今日もよろしくお願いします」


 優斗がここで毎日食事をとるようになってずいぶん経つが、今となってはいちいちメニューを見て注文することはなく、その内容は全て店長にお任せしている。自分でメニューを指定して頼むより、こっちの方が栄養のバランスを考えた食事が取れるからだ。こんな事ができるのも、ここが個人経営の飲食店であり、尚且つ顔見知りでお互いに気心の知れた間柄だからこそだ。


「どうする、今すぐ食べるかい?」


 いつの間にか外も随分と暗くなってきていて、すっかり食事時と言っていい時間だ。だけど優斗がうなずく前に、藍がそばに寄ってきて言った。


「ねえユウくん。算数の宿題で分からない所があるから教えてほしいの」


 優斗は今からを食事をとろうと思っていたが、藍のその言葉を聞いて、すぐに変更することを決めた。


「いいよ。おじさん、すみませんが食事は後でも良いですか?」

「もちろんだよ。こっちこそ、いつも藍の面倒を見てもらって悪いね」


 こうして、優斗は食事の前に藍の宿題を見る事となった。持っていた鞄と楽器のケースを抱えながら家の方へ、そして藍の部屋へと移動する。



「ここ。ここが分からないの」


 宿題のプリントを広げながら藍が言う。藍の成績は決して悪い方ではない。だけど一人じゃ解けない問題もそれなりにあるし、中でも今解こうとしている算数は一番の苦手科目だった。


「どれどれ……」


 優斗が机に置かれたプリントを覗き込む。藍が宿題につまずいた時真っ先に頼るのは、お父さんでもお母さんでもなく優斗だった。それは優斗が特別教えるのが上手いわけでも、両親が仕事で忙しいから聞き辛いというわけでも無い。ただ単純に、優斗に教えてもらうと楽しいからだ。


「ここはこうすればいいんだよ。やってみて」

「うん」


 優斗はすぐに答えを教えてくれたりはしなかった。そのかわり、どうすれば藍が分かってくれるか考え、時に言葉や表現を変えながら解き方のコツを教えてくれた。

 普段は苦手で、あまり好きではない算数も、優斗に教えてもらっている間だけは嫌じゃなくなった。最後の問題を解いてしまうのが勿体ないとさえ思ってしまう。

 だけど全部が終わった時に褒めてもらえるのも、またとても楽しい瞬間だった。


「これで全部終わり。よく頑張ったな」


 今日も優斗はそう言って、藍の頭を撫でてくれた。藍はとろけるように顔を緩ませご満悦だ。

 その後、藍は視線を部屋の隅に置かれた優斗の荷物へと向けた。学校指定の通学鞄、そして楽器の入った黒いケースだ。中身はギターだったと藍は記憶していた。

 優斗が音楽に興味を持ち始めたのは高校生になって少ししてからのことだった。今では学校で軽音部という所に入っているらしい。


「どうした、これに興味があるのか?」


 藍の視線に気づいた優斗はケースへと手を伸ばした。


「最近ユウくんが帰ってくるのが遅いのって、毎日学校で練習してるからなんだよね」


 少し前まで、優斗が帰ってくる時間はもう少し早かった。だけどここしばらくの間は、明らかにそれまでよりも遅くなっていた。


「そうだよ。もうすぐ学校で文化祭って言うのがあって、それでみんなの前で演奏するんだ。だからその練習」


 文化祭が何なのかは藍も知っている。優斗たち高校生のやるお祭りみたいなものだ。小学生である藍も、その日は高校の中に入って色々と見て回ることができた。去年だって、優斗がステージの上で演奏するのを見に行っていた。

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