第23話 ユウくんが家に来る1

 帰る家の無い優斗を見て、うちに来ればいいと言った藍。その発言に、優斗と啓太も話を止めた。


「え……えぇっ!」


 真っ先に叫んだのは啓太だった。一方優斗はと言うと、啓太ほど驚いた様子は見せなかった。それでも、念を押すように確認を取る。


「いいのか?」

「ご飯食べに来てたのはいつもの事だし、泊まった事だって何度かあったじゃない」


 優斗が藍の家に泊まるのは、これが初めてというわけじゃない。休みの日の前日などに、主に藍がねだった結果泊まっていったことは何度かあった。


「でも、急だし迷惑じゃないか?」

「そんなことないよ。それに、このままじゃどこにも行く場所無いんでしょ。うちなら大丈夫だって」


 確かに藍の言う通り、今の状態の優斗が身を寄せられるような場所などまず無いだろう。優斗も一応他の案は無いか考えているようだったが、幽霊が一晩明かせそうな場所に心当たりなんてあるはずもない。


「それじゃ、お世話になってもいいかな?」

「う……うん」


 優斗の言葉に、藍は声を詰まらせながら頷いた。こうして優斗は藍の家に泊まることが決定したのだけれど。


「いや、待て!まずいだろそれは!」


 返事を聞いた啓太が突如叫び出し、優斗の方へと詰め寄った。


「まずいって、何かあるのか?」

「何かってお前……とりあえずちょっと来い」


 啓太は口ごもりながら一度藍の方を見ると、強引に優斗を連れ出して、話す場所を変えようと歩き出す。


「ねえ三島、いったいどうしたの?」

「藤崎、お前はここにいろ!」


 ついて来ようとする藍を遮り、二人は話し声が聞こえない場所へと移動した。


「どうしたんだ?何かまずいことがあるなら、藍も一緒にいた方がいいんじゃないのか?」


 わざわざ場所を移した理由が分からず優斗はそんなことを言うが、啓太にとってこれから話そうとする事は、藍には絶対に聞かれたくなかった。


「お前、泊まるって、藤崎の家にだぞ」

「ああ。やっぱりいきなりは迷惑かな?」

「そうじゃねえよ!」


 状況を飲み込めない優斗にツッコミが入る。それから啓太は顔を赤らめながら、言い難そうに声を出す。


「前は泊ってたって言っても、藤崎ももう十五だぞ。高校生だぞ」

「ああ。すっかり綺麗になったな」

「まあ……綺麗にはなったな。それに、少しは女らしくもなった。だから、つまりその……あれだ」

「あれって?」


 首をかしげる優斗。それを見て啓太は苛立ったように、だが相変わらず言い辛そうに言葉を続けた。


「お前は男で、アイツは女なわけで。一つ屋根の下で一晩過ごすわけだろ。そりゃお前は触れることができないから間違いなんて起こるわけないけど……」

「………」


 ゴニョゴニョと声のトーンを落としながら語る啓太。一方優斗は黙ってそれを聞いている。


「それでも、色々見えたりはするかもしれないだろ。風呂上がりとか、パジャマとか、寝起きとか。もしかしたらうっかり着替えてる所なんかも……」


 これらの想像は、泊まると聞いただけで啓太が瞬時に思いついたものである。これでは藍には聞かせられないのも当然だ。

 だがそんな風に語られる啓太の言葉を、ボソリと放った優斗の呟きが止めた。


「……なあ、霊感少年」

「その呼び方やめ……ヒィィッ!?」


 再三やめるよう求めた『霊感少年』を再び呼ばれ、抗議しようとする啓太。しかしその声は、自身の悲鳴によってかき消されてしまった。

 では何故彼は悲鳴をあげたのか。目の前にいる優斗にとてつもない恐怖を感じたからである。


「――――今、藍で何を想像した?」


 静かにそう言った優斗は、何も鬼のような形相をしていたわけでは無い。一見したところ、いつもと変わらない穏やかな表情。だが何故か、その背後からは漆黒のオーラが漂っているように見えた。それはもう、見ただけで気絶しそうなくらい禍々しい物が。


「……い……いえ、何も」


 震える声でそれだけを告げる。啓太はこれまでにも何体もの幽霊に、それも場合によっては悪霊と呼ばれるものとさえ対峙した経験がある。しかしそれでも、これほどの恐怖を抱いた事は一度も無かった。そのくらい、今の優斗は恐ろしかった。


「……何もか。よかった」


 啓太の答えを聞いて、優斗は安心したように呟く。同時に、背後に渦巻いていた黒いオーラも少しずつ薄れていった。だがそれが完全に消える直前、こう付け加えた。


「もし何か変な想像をしていたら──」

「していたら、どうなったんだ」


 ゴクリとツバを飲み込み、恐る恐る尋ねる啓太。すると一瞬だけ間が空いた後、ゆっくりと優斗の口が開かれた。


「────もしそうなっていたら、殺すところだった」

(怖えーよ!)


 心の底から恐怖した。物に触れる事すらできない彼が、いったいどうやって殺すつもりなのかは分からない。だが今の彼の言葉には、そんな理屈を超えた異様な力さえあるように感じた。


「だいたい、俺と藍は兄妹みたいなものなんだ。藍だってそんな事、ちっとも思っちゃいないよ」


 先ほどまで満ちていた殺気を嘘のように静めながら、優斗は藍の元へと戻って行く。啓太もそれに続きながら、二度とコイツの前で不用意な発言はするまいと心に誓ったのだった。それにこの様子だと、本当に変な気を起こすことはなさそうだ。


 だが、最後に言った言葉に関してだけは疑問があった。二人は確かに兄妹みたいな関係だ。だが少なくとも、藍は優斗に対してそれだけでない感情を持っていたのを啓太は知っている。


 果たして藍は、本当にそう言った事を全く考えていないのだろうか?







 その頃藍は二人が戻ってくるのを待ちながら、先ほどの自分の発言を心の中で何度も反芻していた。


(私、うちに泊まればって言ったんだよね)


 二人はまだ戻ってこない。無論、何を話していたかは気になったが、それ以上に優斗が家に泊まるという事の方が今は重要だった。


(とっさにあんなこと言っちゃったけど、どうしよう。ユウくんが家に泊まるって、そりゃ昔は何度もあったけど、なんだか今は凄く恥ずかしい。だって一つ屋根の下に好きな人がいるんだよ。ユウくんがいつまでこの世にいるかは分からないけど、もしかしたら何日もってことになるのかな?部屋は片付いてるよね。変なところ見られたらどうしよう。部屋だけじゃなくて、私のお風呂上がりとか、パジャマ姿とか、寝起きだって見られるかもしれないし、それどころか……)



「藍、おまたせ」

「きゃぁぁぁぁぁっ!」


 いろいろ想像している中後ろから声を掛けられ、思わず悲鳴を上げる。振り返ると、そこには話を終えて戻ってきた二人の姿があった。


「ごめん、そんなに驚くとは思わなかった。なにかあったのか?」


 藍の悲鳴にこちらもまた驚いたのか、優斗が目を丸くしていた。


「な……何でもない」


 やっとの思いでそれだけを言いながら、バクバクと音を立てる心臓を無理やり押さえつけていた。

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