第22話 霊感4

「それにしても、全然部活の話出来なかったな。そんな暇も無かったけど」


 担いだギターと、たった今出てきた校舎を交互に見ながら、啓太が言う。藍も、途中から部活の事はすっかり忘れてしまっていた。


「騒がせて悪かったな」

「ううん。ユウくんのせいじゃないって」

「いや、どう考えても俺が原因だろ」


 そんなこと無い、と言うのは流石に無理がある。代わりの言葉を探す藍だったが、その前に啓太が言った。


「どうせ部員ゼロで俺達以外の見学者もいなかったんだ。活動するのが一日遅れたって問題ないだろ」

「うん。全然大丈夫だよ」


 啓太の言葉に乗っからせてもらう藍。そうして歩いていると、今度は優斗が啓太に向かって言った。


「藍から聞いたけど、霊感少年はギター担当なんだよな?」


 興味深げに尋ねる優斗。彼が幽霊として意識を持ったのはついさっきだ。つまり本人の感覚からすれば、軽音部だったのも昨日の事のように思えるだろう。藍がいるというのを除いても、部の行く末に興味があるのも当然だ。


「霊感少年言うな。まあ、始めてからまだ半年くらいしかたってないけどな」

「半年?藍と同じくらいか?」


 返ってきた答えに首を傾げる。経験が長いか短いかというわけではなく、始めたタイミングが気になっているようだ。


「うん。私の少し後に始めたの、凄い偶然でしょ。それまで全然音楽に興味あるように見えなかったから、聞いた時は驚いたよ」

「偶然ねえ……」


 藍の解説に優斗はなぜか意味深げに呟いたが、それが何を思って言ったのか藍には分からなかった。


「……なんだよ」

「いいや、なんでも」


 直後に行われた二人のやり取りも、やはり藍には何のことか分からなかった。





 間もなく交差点に差し掛かり、啓太とはそこで別れることになる。だがそうなる少し前、ふと優斗が思いついたように言った。


「そう言えばつい癖でこっちに帰ってたけど、俺はこのまま自分の家に帰るべきなのかな?」

「あっ……」


 漏らした疑問に、藍の足が止まった。啓太もまた、それを聞いて顔を曇らせる。


「気を悪くしたら悪い。やっぱり、自分がいなくなった後の家族を見るのは嫌か?」

「いや、別にそう言うわけじゃ無いんだけどな」


 デリケートな問題になりかねないので、啓太の言葉も慎重になっている。優斗もそれを受けて少し考えているようだったけど、藍はその二人とは全く別のことを思っていた。

 とても大事なことを、まだ優斗に伝えていなかった。


「あの……ユウくん。ユウくんの家、あの後引っ越したんだ」


 慌てて、だけどとても言い難そうに語る。


「……マジで?」


 声を上げたのは啓太。だが優斗も十分に驚いたようで、しばらくの間声も無かった。


「ごめん。本当はもっと早く言わなきゃいけなかったのに」


 必死で謝る藍。だがようやく口を開いた優斗は、なんだか一人で納得したようだった。


「そうか、あれから5年半も経ったんだよな。そうなるのも当然か」


 家族の引っ越しについては思い当たる所があったらしい。だが、そうなると新たな問題が出て来る。


「さて、今夜はどこで過ごそうか?」

「気にするとこそこかよ。いや、それも大事だけど、その……家族に会いたいとか無いのかよ」


 家族よりも今夜の寝床。そんな発言を聞いて啓太が声を上げる。だが当の本人はあっさりしたものだ。


「あんまりないな。うちの親放任主義だったから。それに、会いに行っても俺が見えないんじゃどうしようもないだろ」

「けどよ……」


 啓太はまだ納得がいかないようで、なおも食い下がろうとする。だがそれを見ていた藍もまた、心中穏やかではなかった。

 啓太には悪いが、優斗本人がこう言ってるのだからもうこの話題を終わりにしてほしかった。これ以上彼の前で家族の話題を出してほしくなかった。

 気が付けば、ほとんど考えなしに叫んでいた。


「帰る場所が無いなら、うちに来れば良いじゃない!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る