第21話 霊感3

 啓太の唱えていたお経も終わり、辺りには静寂が流れていた。

 しばらくの間、誰もが皆無言だった。藍も、啓太も、そして優斗も。そんな中、最初に沈黙を破ったのは優斗だった。


「……成仏しないな」


 そう、彼の体は相変わらず透き通ってはいるものの、依然として消えることなくその場に残っていた。


「やっぱりな」


 他ならぬ、お経を唱えた啓太本人がそう言った。


「考えてみれば、死んだ時に親父がしっかり葬式あげてたんだよな。今更素人がお経あげても何とかなるわけないか」

「……そうか、そうだよな」


 啓太が脱力したように言うと、優斗もこの状況をどう受け止めていいのか分からず困り顔だ。


「って言うか二人とも、ホントに俺のお経でどうにかなると思ってたか?」


 優斗が成仏するかもしれない。そう考えると不安になり、覚悟も決めたつもりだった。だが本当に何とかなると思っていたかと聞かれると、実はそうでも無かったりする。


「えーと、半々くらいだったかな」

「ダメもとって感じで、正直あまり期待してなかった」

「だろうな」


 もし本当にこれで優斗が成仏すると思っていたなら、恐らくもっとずっと取り乱していたに違いない。だけど啓太には悪いが、こんなお手軽な方法でどうにかなるくらいなら最初から幽霊になんてならなかった気がする。

 それでも、もしかしたらと思ってそれなりに緊張していたけど。


「けどお経がダメとなると、俺はいったいどうすれば成仏できるんだ?」

「……わからん」


 優斗達と啓太は他に何か手はないかと話し始めたが、なかなか決め手となりそうなものは見つからなかった。


「この世に残した未練とかは無いのか?」

「無くはないけど、今更どうにかできるものじゃないな」

「そうか。なら他には……」


 だけどそれを見て、藍は少しホッとしていた。成仏出来た方が良いはずなのに、そう思って覚悟を決めたはずなのに、消えずに済んで安心する自分がいた。


「ねえ。本当に、今すぐ成仏しないとまずいのかな?」


 つい願望まじりにそんなことを言ってみる。


「お前、何言って……」

「ユウくんがここにいて辛いとか苦しいとか思ってるなら、すぐに何とかしなきゃってなるけど、何か不味い事ってあるの?」


 馬鹿なことを言っているという自覚はあったが、予想に反してそういった言葉は飛んでこなかった。


「これからどうなるかは分からないけど、とりあえず今のところは特に不都合なさそうだな」


 すぐにそう言ったのは優斗。そこには藍と同じように、もしかしたらこのままでも問題ないのではという期待があるようだった。

 一方、絶対怒られると思っていた啓太も、藍の発言に顔を顰めたものの、それを即座に否定することは無かった。


「さっきも言った通り、亡くなった魂がこの世に留まるってのは良い事じゃない。けど、このままでいたらどうにかなるかまでは分からない。でもなぁ、だからと言って問題無いのか?」


 悩むように言いながら、今一度優斗をじっくりと眺める。藍の疑問にどんな結論を出せばいいのか迷っているようだった。

 そんな二人を見て、藍はもう少しだけ優斗と一緒にいたいという想いが段々と大きくなっていくのを感じていた。

 そして啓太は、一度大きく唸り、言った。


「少なくとも悪霊の類には見えないから、今すぐ不味い事にはならないと思う」


 それは実に予想外の言葉、だけどどこかで期待をしていた言葉だった。


「それって……」

「とりあえず、このままにしておくしかないってことだ」


 その言葉に驚いたのは優斗も同じだった。念を押すように、二人してもう一度啓太に確認を取る。


「じゃあ、ユウくんはもうしばらくこのままってこと?」

「いいのか?」


 啓太としてはこの結論は決して納得のいくものでは無かったようで、その表情は硬い。だがそれでも、二人の問いかけには首を縦に振る。


「いいもダメも、どのみち解決法が無いんだからどうしようもないだろ。あくまでとりあえずだからな。何とかできそうな方法が見つかったらすぐに試すぞ」


 暫定処置というのを強調するあたり、やはり成仏させた方が良いという考え自体に変わりはないようだ。そもそもこれでは問題の解決を先送りしただけと言える。もしかしたら気付いてないだけで、今後大きな問題が起きないとも限らない。

 だがそれでも藍は、まだしばらくの間優斗といられると思うと嬉しかった。たとえそれが身勝手な感想だったとしても、好きな人がそばにいることを喜ばずにはいられなかった。


「ユウくん……」


 良かったと言いかけて、慌てて口を閉じる。優斗の状態を考えると、良かったなんて言うのはあまりにも無責任だと思った。だけど藍がとっさに呑みこんだその言葉は、他ならぬ優斗の口から語られた。


「良かった。本当は、もう少しだけここにいたかったんだ」


 ホッとしたように優斗が呟くと、それと同時に、部室の天井に取り付けられたスピーカーからチャイムの音が流れた。

 下校時間を告げる合図だ。いつの間にか随分と時間が経っていたようだ。








 鞄と楽器を手に、藍達三人は校舎を出る。ただ一人、自分の持ち物の無い優斗だけが手ぶらだった。

 ふと、藍は優斗の足元に目をやる。



「そう言えば、ユウくんの靴はどうしようか?」


 幽霊である優斗はもちろん靴なんて持っていない。上履きを履いていたので学校内では問題ないけど、外でもそのままでいるしかないのだろうか。

 だけど再び見た優斗の足には、ちゃんと外用の靴が備わっていた。


「その靴、どうしたの?」

「……あれ?本当だ」


 優斗自身この変化には気づいていなかったようで、戸惑いながら首を傾げる。だけどそんな中、啓太が淡々と言った。


「幽霊の格好ってのは、本人のイメージによって作られるんだ。学校の中だったり、今みたいな外だったり、本人がその場に一番適していると思う姿に変化していく。だいたいそうでもないと、服まで幽体になっているのはおかしいだろ」


 当たり前のように解説する啓太。かつて幽霊が見えると豪語していただけあって、新米幽霊である優斗よりも詳しかった。


「それと藤崎、こいつは他の奴には見えないんだから、話す時は注意しろよ。周りに人がいる時は聞かれないように、見つめすぎないように。でないと変に思われるからな。ケータイで喋ってるふりをするって手もある」


 こんなアドバイスまでもらった。


「「おぉーっ」」

「拍手はいらねえよ」


 その知識に素直に感心する藍と優斗だったが、本人は特に嬉しくも無かったようでフンと鼻を鳴らした。

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