第20話 霊感2

「……なあ、二人とも俺がいるってこと分かってるよな」


 二人の間に割って入るかのように、不機嫌そうな啓太の声が響く。驚きながら改めて啓太の方を向くと、彼はその声に違わぬ仏頂面を浮かべていた。

 きっと事態の深刻さを理解していない自分に腹を立てているのだろうと藍は思った。こんな時に能天気に喜んでいた事を、優斗に頭を撫でら喜んでいた事を恥ずかしく思う。これじゃ啓太に呆れられても仕方がない。


「ごめん。でも、これからどうすれば良いの?」


 問題に向き合おうにも、知識の無い藍にはどうしたら良いか見当もつかない。だけど啓太も、明確な解決方法を持ち合わせてはいなかった。


「さっきも言った通り、俺は坊主でも霊能力者でもねえ。どうするのが正解かなんて、正直なところ分からない」


 啓太はそう言うと、申し訳なさそうに頭を下げた。


「悪い。無責任に不安にさせて」

「ううん、啓太が謝る事じゃないよ」


 啓太は啓太なりにこの事態を心配していた。藍にもそれは分かっているから、彼を責める気なんてない。ただ、どうすれば良いのか分からず途方に暮れる。

 そんな中、しばらく黙っていた優斗が啓太に向けて言った。


「なあ、この世にいるのがまずいなら、俺が成仏すれば問題無いんだよな?」

「まあ、そうなるな」

「ならとりあえず、成仏できそうな事でもやってみるか?例えばお経を唱えてみるとか。できるか?」

「……般若心経なら」


 こういう所は流石寺の子だ。だけど啓太はこの提案に浮かない顔で尋ねた。


「でも、アンタは良いのか?このまま成仏しても?」


 成仏する。改めてそう言われて、その場にいる誰もが沈黙した。

 言葉だけを聞くと、確かにそれが出来れば最善の解決法に思える。だけど藍には、それは捉え方によってはとても酷な事を言っているようにも感じた。

 せっかくこうしてまたこの世に現れることができたというのに、すぐに消えてしまわなくてはいけない。それは優斗にとって辛い事なのでは無いか。

 そう思ったのは啓太も同じだったようだ。


「もしこれで本当に成仏したら、今度こそ現世には戻ってこれないかもしれないぞ」


 もう一度、念を押すように聞く。それは優斗の真意を探るようにも、あるいは啓太自身が成仏させることを躊躇っているようにも見えた。

 優斗はすぐにはそれに答えず、少しの間考えていたが、やがてはっきりと言った。


「ああ。元々こうして幽霊になってるのがおかしな事なんだろ。なら、残念だけど仕方ないな」


 仕方ないといいながら、その表情は流石にどこか切なげだ。だが彼の心中を考えるとそれも無理の無い事だ。だからこそ啓太もあえてそこには触れず、ただ小さく『そうか』と答えるだけに留まった。


「じゃあ、始めるぞ」


 啓太は緊張気味に言うと、静かに両手を合わせお経を唱え始めた。


「仏説魔訶般若波羅蜜多心経――――」


 この間、藍は何も喋らなかった。いや、喋る事が出来なかった。もし口を開いたら、きっと優斗に行かないでほしいと言ってしまうと分かっていたから。

 果たして優斗はこのままいなくなってしまうのだろうか。見守りながら、藍の頭をよぎっていたのは優斗の葬儀の日の出来事だった。


 あの時の藍は、最初優斗の死を受け入れることができずにただ泣いているばかりだった。啓太に背中を押されてなんとか別れを告げることができたけど、今の自分はその時とまるで変ってないような気がした。

 だけど我儘なんて言いたくない。優斗を困らせたくない。その一心で、藍は口を噤んだままじっと優斗を見つめた。

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