第24話 ユウくんが家に来る2


 啓太と別れた藍たちが家に帰ると、中にいた母が出迎えた。この時間だと両親揃って店に出ていることも少なくないのだが、今はたまたまお客さんが途切れているようだ。


「お帰りなさい。部活どうだった?」


 藍が軽音部に入ろうとしている事は両親にも話してあるし、今日見学に行ったのも知っている。だけどまさか、そこで幽霊となった優斗と再会したとは考えもしないだろう。


「うーん、ちゃんと始めるのは明日からになった」


 優斗のことを除けば話せるような内容などほとんど残っちゃいない。とりあえずそう言ってごまかすが、母も特に変とは思わなかったようで、それからいくらか言葉を交わした後、店の方へと行ってしまった。

 母親の姿が見えなくなったのを確認した藍は、それから隣にいた優斗に目を向ける。


「おばさんも、俺のこと見えていないみたいだな」

「うん。三島の言ってた通り、知り合いだからって見えるわけじゃないんだね」


 先ほどの会話の最中も優斗はずっと藍の隣にいたのだが、母は声を掛ける事も、目を向ける事すらなかった。こうなるだろうとは予想していたが、藍の目には優斗の姿がはっきり見えるのだから、やはり少し戸惑ってしまう。


「とりあえず、中に入ろうか」

「あっ、その前に一度おじさんの顔見てくるよ。見えなくても挨拶くらいはしておきたいから」


 そうして優斗は一度店へと向かう。それを見送りながら、藍は自分が緊張しているのがわかった。かつては毎日のようにこの家に来ていた優斗だが、今回は五年半ぶりだ。おまけに優斗の姿は両親には見えないのだから、応対は全て自分でやらなければならない。

 間もなくして優斗が店から戻ってきた。となると、まずやるべきことは……


「お茶淹れてくるからちょっと待ってて」

「えっ?でも……」

「いいから、ユウくんは座ってて」


 優斗をリビングに座らせ台所へ向かう。喫茶店をやっている両親の影響で、藍も同年代の子よりは紅茶やコーヒーに詳しいという自負はあったし、何より優斗の好みなら今でも覚えている。きっと大丈夫だ。

 間もなくしてカップを乗せたお盆を優斗の元へと持って行ったのだけど。


「俺、物に触れないから、飲んだり食べたりする事もできないみたい」

「あ……」


 カップへと伸ばした優斗の手は、それを掴むことなく突き抜けるばかりだ。


「ごめんな、せっかく淹れてくれたのに」


 優斗はすまなそうに言うけど、これは完全に自分が間抜けだったとしか言いようがない。こんな事少し考えればわかるのに。


「ご……ごめんなさい」


 消え入るように言いながら、藍は穴があったら入りたかった。








 幽霊である優斗が物を食べられないという事実は、もちろん夕食であろうと変わらない。結果この日の藤崎家の食卓では、何も食べない優斗を前に、藍だけが食事をとるという光景が展開される事となった。


「ごめんね、私だけ食べて」

「いいって、藍が謝ることじゃないだろ」


 優斗がそれを気にする様子が無いのがせめてもの救いだったが、やはり藍にしてみれば少々やりにくい。

 ちなみに今の藍は制服ではなく部屋着を着ている。普段はどれを着るかなんて特に考えること無く決めるのだけど、今日は少しだけ時間がかかった。一番可愛く見えるのはどれかと迷った。もちろん優斗の目を気にしてのことだ。

 高校生となった今、優斗の目に自分がどう映っているかが前よりもずっと気になり、好きな人が自分の家にいるという意味もさらに大きくなっているような気がした。気がつけば、藍は箸を止め優斗を見ている。

 だが、そんなに見つめていて気付かれないはずが無い。


「俺の顔に何かついてる?」

「えっ!いや……その……」


 まさか見とれていたなんて言えやしない。しどろもどろになりながら、それでも何とかして言葉を繋ぐ。


「夕飯を食べるとき一人じゃない事ってあんまりなかったから、つい……」


 とっさにそんな言葉が出てきたのは、それがある程度本心だったからだ。優斗が亡くなって以来夕食をとるのはほとんど一人だったので、この場に自分以外の人がいるというだけでも珍しかった。


「寂しくなかったか?」

「まさか。ご飯のとき一人だからってもう平気だよ」


 子供の頃ならまだしも、もうそんな歳でもないし、両親だって常に店にいる。だけど確かに、平気で無かった時期もあった。


「でもユウくんがいなくなってからは、少し寂しかった」


 それは一人でいるのが寂しかったのでは無くて、優斗がいない事が寂しかった。いつも近くにいた存在が消えてしまったことによる喪失感は、まるで胸にぽっかりと穴が開いてしまったようだった。


「藍……」


 切なげに声を漏らす優斗だったが、藍はあえてそんな雰囲気を打ち消すように明るい調子で言う。


「だから今こうしてユウくんがいてくれて、凄く嬉しいの」


 そうして笑顔になると、それにつられて優斗も笑った。今のセリフは少し恥ずかしかったけど、言えて良かった。






 食事が終わると食器を台所に運んで、洗い物へと取り掛かる。


「俺も手伝えれば良かったんだけど」

「食べたのは私なんだから、自分で片付けるのは当然でしょ」


 どうやら優斗は藍ばかりが動いて自分は何もできないのが嫌みたいだが、中学校に上がるくらいから後片付けは藍の仕事になっているので慣れたものだ。

 それにしても、こうして家の中で優斗と一緒にいると、なんだか昔に戻ったような気がした。だけどもちろん、昔と今とじゃ違うところもたくさんある。

 優斗は幽霊になったし、藍は高校生へと成長した。そう言った変化以外にも、優斗が自分の家に帰ること無く一晩中いることだって大きな違いだ。寝泊まりするのだから、後で布団を用意しないと。

 そこまで思った時、藍は一つ問題を見つけてしまった。


(布団って、どこに用意すればいいの?)


 この家にもたまに泊りがけのお客さんが来た時に使う部屋がある。生前に優斗が泊まっていた時は主にそこを使っていたのだが、そんな所に用意したらすぐに両親に見つかって、どうしたのかと言われるだろう。それはまずい。

 それなら布団は諦め、優斗の姿が見えないのをいい事にリビングに置いてあるソファにでも寝かせるか。それもダメだ。わざわざ呼んでおいてそんな失礼な扱いなんて出来ない。やっぱりちゃんとした所に寝てもらわないと。でもそれではどうすればいいのだろう。

 悩みながら藍は探した。この家の中にある、勝手に布団を用意しても両親には気づかれそうにない場所を。そして考えた末、その条件に当てはまる場所が一つだけあった。


(私の部屋だ)

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