第15話 再会2

 有馬優斗は、ユウくんは5年半前にこの場所で亡くなった。そのはずなのに……


 彼は今、あの頃と変わらぬ姿で自分の前に立っている。

 その事実をどう受け止めたらいいのか分からず、藍はただ混乱するばかりだ。

 最初は彼の事を考えていたせいで幻でも見たのかとも思ったけど、それにしてはなかなか消えてくれない。


「藍?」


 優斗はもう一度藍の名前を呼んだが、困惑する彼女を見て慌てたように言った。


「あっ、ごめん。君が知っている子に似てたから、つい。いや……似てるのかな?背も歳も全然違うし……」


 優斗は優斗で途惑うように首をかしげている。どうやら目の前にいるのが藍だと気づいてなくて、自分が的外れな名前を呼んでしまったため困っているものだと勘違いしているらしい。

 だけど気づかないのも無理はない。優斗が亡くなってから経過した5年半という歳月は、彼女の容姿を大きく変えた。背は伸び。顔つきは年相応に大人びて、髪だってリボンで纏めてポニーテールにしてある。むしろ最初に名前を呼んだ事の方が不思議なくらいだ。


 けれど藍にそれをきちんと説明する余裕は無かった。いや、ちゃんと言わなきゃとは思ったのだ。だけど言いたい事なら他にもたくさんあって、結果何から話せばいいか分からないまま言葉どころか思考すらままならないでいる。

  それでも、このまま黙っているのは嫌だった。


 これがどんな状況で、なぜ死んだはずの彼が目の前にいるのかは分からない。だけどせっかくこうしてまた会えたというのに、言葉も交わさないままいたずらに無駄な時を過ごしたくは無かった。


 何とか話を切り出さなきゃ。そう思いながらもう一度優斗の姿をまじまじと見つめる。そして小さく声を上げた。


「体、透けてる」


 一見しただけでは分からなかったが、よく見ると優斗の体は薄っすらと透き通っていて、微かに向こう側の景色が見えていた。


「本当だ」


 それには優斗自身も気付いていなかったようだ。藍の言葉を受け、興味深げに自らの体を見ている。その透き通った体を一通り確認すると、改めて藍へと向き直った。


「えっと、驚かせちゃったかな?」


 優斗はそう言って軽く頭を下げた。だけど今の二人の間には決定的な認識の違いがあった。

 藍は確かに驚いてはいる。だけどそれは何も優斗の体が透けている事だけではなく、この状況全てに対してだ。


 まず一番気になるのは、なぜ死んだはずの彼がこうしてここにいるのか。だけどそれを尋ねるより先に優斗が口を開いた。


「俺のこと、怖いと思ったならごめんね。こんな事言うと変な奴って思うかもしれないけど、どうやら俺は生きてる人間じゃないみたいなんだ。幽霊ってやつかな?」


 幽霊。前後の状況を知らずにその言葉だけを聞くと突拍子も無い事を言っているようにしか聞こえない。だけど、やっぱりそうなのかと藍は思った。

 だって死んだはずの人間が現れたんだ。これが自分の頭が作りだした幻覚の類でもない限り、そんな超常的なものの存在を認めないと説明がつかないだろう。そんなこと、藍はとっくに予想がついていた。

 それでも本人の口から生きてはいないなどと言われると、その言葉の持つ意味がより一層重いものに聞こえた。

 だけどそれはあくまで藍が感じた事であって、当の優斗自身にそんな悲壮感のようなものはそれほど見られなかった。


「と言っても、俺が死んでからいったいどれくらい経ったんだろう。数日?それとも数年?」


 死んだら時間の概念も変わってくるのだろうか?首を捻りながらそんな事を言っている。

 その仕草があまりにも昔のままだったから、ここにいるのはやっぱりユウくんなんだと改めて思った。


「5年と半年、だよ」


 優斗が悩んでいた答えを藍は告げた。それを聞いて、ブツブツ言っていた優斗の声が止まった。

 過ぎ去った年月に驚いたわけじゃない。なぜ目の前の子がそんな事を知っているのか分かっていないのだ。


「君は、だれ?」


 不思議そうに問いかける。藍はその問いに答える前に、自らの頭につけていたリボンに手をかけ、外す。パサリと音を立て、ポニーテールしていた髪が解けた。

 滑るように落ちて行った髪は、肩より少し下くらいのところで止まった。それはまるで、小学校の頃の藍の髪をそのまま伸ばしたようにも見えた。


「藍!」


 優斗はハッとしたように、再び藍の名前を呼んだ。呟くように言ったさっきのとは違い、今度のそれには確信めいた力強さがあった。


 それが届いた瞬間、藍の目から涙が零れた。


「ユウくん……ユウくん……」


 藍の口から出て来た声は震えていた。一言発する度に、喉の奥が痛くなり、溢れ出る涙は止まることなくポロポロと滴り落ちる。

 自分はずっと彼の死を引きずっていたのだと、今更ながら思った。だってまた会えたことがこんなにも嬉しいのだから。名前を呼んでくれたことが、こんなにも愛おしく思うのだから。


「私、高校生になったんだよ」


 滲む視界の端に優斗の姿を見据えながら、痛みの残る喉で言う。そして涙でグシャグシャに濡れたままの顔で、藍は笑った。


 それを見た優斗もまた、穏やかに頬を緩ませながら言った。


「大きくなったな。藍」


 少しだけ目線が近くなったその笑顔も、あの頃と何も変わっていなかった。そして藍が優斗に抱く気持ちもまた、変わってはいなかった。



 藤崎藍、十五歳。


 好きなもの。今も変わらず、ユウくん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る