第17話 再会4

「幽霊って本当にいるんだな」


 優斗は透き通った自らの体を眺めながら、その手をそばにある机に向かって突き立てる。伸ばした手は、何の抵抗も無く机をすり抜けていった。

 そんな彼を見ながら、藍は一つ質問した。


「ねえユウくん。ユウくんは幽霊のまま、何年もここにいたの?」


 もし優斗が亡くなってすぐに幽霊になったのなら、おそらくそうなのだろう。だけど、幽霊となった体を珍しそうに見ている彼は、とても何年も幽霊をやっているようには見えなかった。

 それに、今は彼の事を少しでも知りたかった。亡くなってからこれまで何をしていたのか、その全てを聞きたいと思った。

 答えを待っていると、やはりと言うべきか、優斗は首を横へと振った。


「違うよ。俺が幽霊になったのは、多分ついさっきだと思う」

「さっき?」


 これには藍も驚いた。確かに何年も幽霊をやっているようには見えなかったが、それでもついさっきというのは流石に予想外だ。


「ねえ藍。藍は俺がどうして死んだのか知ってる?」

「……うん。授業が終わって部室に行く途中、階段から落ちたって」


 藍はかつて母親から聞いた話をそのまま伝える。思い出すのが辛く、それでも決して忘れる事の出来ない記憶だ。口に出して、表情が歪んでいくのが分かった。


「うん。だいたいそんな感じ。ごめんな、嫌なこと思い出させて」


 少し申し訳なさそうな顔をして、それからゆっくりと話しだした。始まりは、階段から落ちたその瞬間からだった。


「俺の記憶はそこで一度途切れたんだ。階段から落ちて、痛いって感じたかと思うと、そこでプッツリと。でも何となく、自分がそこで死んだってのは分かったような気がする。理屈でなく感覚で、これが死ぬってことなんだって理解したんだ」


 淡々と語る、という言葉がピッタリだった。優斗は嘆くわけでも悲しむわけでもなく、自らが死んだ時の状況を静かに伝えていた。


「次に気がついた時、俺はあの階段下に立っていた。自分は死んだって感覚が残ったまま。それと、死んでから結構時間が経ったって言うのも、何となくわかった」

「辛く……なかった?」


 なんてバカなことを聞いているんだと思った。自分が死んだ経験なんてもちろん無いから想像で語るしかないが、それでも、そんな事になって平気でいられるはずが無い。

 だけど、それを聞いて気を悪くしたようなそぶりはなかった。


「どうだろう。寂しいって気持ちが全く無かったわけじゃないけど、そこまで落ち込んだりはしなかったな。ああ、そうなんだって感じだった。でもね……」


 そこで初めて、優斗の表情が変わった。それて自分の死の瞬間を語った時よりも、ずっと熱を帯びた言葉で語る。


「そんな事を思っていると、目の前に一人の女の子がいたんだ。綺麗な子だったけど、とても辛そうにしていて、なのにそれを必死に抑えようとしているように見えたんだ」

「それって……」


 優斗が語る女の子。勘違いでなければ、それが誰のことを言っているのかはすぐに分かった。と言うより、この状況で出てくる名前は一つしかなかった。


「藍のことだよ」


 そう言って、少しイタズラっぽくクスリと笑った。


「驚いたよ。気がついたら目の前に高校生になった藍がいるんだから。もしかすると、藍が俺をここに呼んでくれたのかもしれないな」


 そんな事を言われると、何だか少し恥ずかしい。僅かに胸の鼓動が強まった気がする。黙っているのに耐えられなくて、藍は急いで次の言葉を続けた。


「背、伸びたでしょ」

「ああ。それと、綺麗になった。そのせいで最初は分からなかったけど」

「——――ッ⁉」


 すぐには藍だと分からなかったのが不満だったのか、何だか少し悔しそうにしている優斗。だけど藍の動揺はそんなものじゃなかった。

 胸の奥で大きく音が鳴り響き、顔がカッと熱くなる。いきなりそんな事を言われて、何て返して良いのか分からなくなった。


「だけどこうして話してみて、やっぱり藍なんだなって思ったよ」


 優斗はそんな藍の心中も知らず、再びにこやかな笑顔を浮かべて言った。

 思えば彼は、以前から藍に対しいて『可愛い』や『綺麗』といった言葉を惜しみなく言ってくれた。妹分である事の贔屓目も多分にあるだろうけど、高校生になった今でも同じ感覚で言われるのはどうかと思う。

 それでも、そんな優斗を見て藍もまた、優斗にべったりだった頃の気持ちを思い出していた。

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