軽音部活動開始

第27話 軽音部始動1

 放課後。藍と啓太、それに優斗を加えた三人は、職員室へと向かっていた。軽音部について、先生からちゃんと話を聞くためだ。


 始まったばかりの高校生活ではあるが、そろそろ本格的に授業が始まってきた。それが終わるとさっそく部室へ向かった藍達だったが、そこには相変わらず入部希望者はおろか先生の姿も無く、先に来ていた優斗が待っていただけだった。

 ちなみに優斗は邪魔になるといけないからと、藍達が授業を受けている間は別行動をとっている。

 それはともかく、顧問の先生さえいないのでは埒があかないので、黒板に書かれた『軽音部へ入部希望の方は職員室まで』という文字に従うことにした。


「まあ、顧問って言っても、実際は俺達がほとんど好きにやってたけどな」


 職員室に向かう途中の廊下で優斗が言った。


「そうなの?色々教えてくれたんじゃないの?」

「いいや、ほとんど自分達で何とかするしかなかった。先生はたまに様子を見に来るくらいだったな」

「随分と自由なんだな」


 啓太も相槌を打つ。今朝彼は、優斗が今日になっても変わらずいる事について神妙な顔をしていたが、特にどうにかしようとは言ってこなかった。聞けば解決方法が見つからない以上、何かまずい事でも起きない限りはこのまま様子を見るそうだ。

 間もなくして職員室の前へとたどり着く。後はノックをすればいいのだが、職員室と言うのは生徒にとって中に入るのは緊張する場所だ。ましてやまだこの学校自体に慣れていない藍達ではなおさらで、つい躊躇してしまう。


「俺がみんなから見えたら代わりにやれたんだけどな」


 藍達よりはだいぶ慣れている優斗が言う。だがもしもの話とはいえ、啓太はそれを断った。


「何でも先輩に頼るってわけにはいかないだろ」

「先輩?」


 藍は、そして優斗も、話の本題よりもその呼び方の方が気になった。


「そう言えば、俺は二人にとって先輩になるのか」

「ユウくんがいたのは随分前になるから大先輩になるね。じゃあ呼び方も先輩って変えた方がいいのかな?」

「藍に先輩って呼ばれるのも変な感じだし、別に今まで通りでいいよ」

「じゃあ、三島は?」

「そうだな……」


 二人して啓太を見る。これまで啓太は優斗のことをアイツやお前と呼んでいた。それは生意気だった小学生の頃の名残ではあるのだが、果たしてこれからもそんな呼び方を続けるつもりなのだろうか?


「有馬……先輩」

「「おぉーっ」」


 呼び方を改めた啓太に二人は声を上げる。だが本人はその反応が気に入らなかったのか、面白くなさそうな顔をしていた。


「そんなことよりもさっさと中に入るぞ」


 この話はこれで終わりと言わんばかりに締めくくると、藍達の反応を待たずして職員室のドアを叩く。確かにいつまでもドアの前で話をしていては変に思われるだろう。

 どうぞという声が返ってきたので、ドアを開け中へと入っていく。


「君たち新入生?何か用かな?」


 真っ先に声をかけてきたのは一人の若い男の先生だった。誰に声を掛ければ良いのかもわからないので、とりあえずこの人に事情を話すことにする。


「あの、私たち軽音部に入部したいのですが」

「軽音部?ああ、軽音部ね」


 幸いなことに、どうやらそれだけで事情を理解してくれたみたいだ。細かい説明を省けたのは良かったが、それからその先生は言った。


「あの部は専門的に教えてくれるような人がいないから、例え入ったとしてもほとんど自分達でやっていくことになる。それでもいいのかい?」


 それはさっき優斗から聞いた通りだった。どうやら今でも、顧問の先生は見に来るだけといった体制は変わっていないようだ。

 だけど藍は、今までだって自分で調べて覚えてきたのだから、別にそれでも構わなかった。三島はどうだろうかと表情を窺うと、向こうも同じ事を思ったのか丁度二人の目が合った。

 そして無言なまま向き合うと、再び先生へと向き直る。


「構いません。軽音部への入部を希望します」

「私もです」


 まず啓太が言って、藍もそれに続いた。


「そうか、わかった。これで今年も軽音部は存続か。卒業していった森や米沢も安心するだろう」


 先生は去年軽音部に在籍していた生徒のことを思い出しているようだった。確かに卒業生からしてみれば、自分たちのいた部活が廃れるのは残念だろう。


「顧問の先生については後で連絡を入れよう。実は今年は誰がやるか、まだ決まっていないんだ」

「去年担当していた先生はどうしたんですか?」


 啓太が質問する。普通なら以前やっていた人が引き続き担当するだろう。


「それが、長らく顧問をやっていた先生が、突然自分探しの旅に出るとか言って退職されてな。新入部員が入るかもわからなかったから、新しい人はまだ決めていなかったんだ」

「自分探しの旅……」


 何だか顧問の先生がいないことよりも、退職理由の方が気になってしまう。ただ優斗だけはそれを聞いて、あの先生ならと納得していた。どうやらその様子からして優斗が在籍していた頃も顧問をやっていたようだが、どんな人だか想像もつかない。

 ともあれこれで用は終わった。職員室を出ようとするが、そこで先生が思いついたように藍達を呼び止めた。


「そうだ。明日の放課後体育館で部活動紹介があるのは知ってるか?」

「はい。新入生向けにあるやつですよね?」


 それなら事前にホームルームで聞いていた。主に新入生を対象としたそれは、生徒を集めた体育館で各部活動の代表がステージに立ち、部活の紹介を兼ねたパフォーマンスを行うというものだった。すでにどこかの部活に入っている人もいるため見に行くかどうかは生徒の自由だが、周りの話を聞く限りではかなりの人が行くものと思われた。


「軽音部は部員も顧問もいないから、口頭で簡単な説明だけをする予定だったんだけど、君達はそこに出る気はある?」

「出るって、俺達がステージの上に立って色々説明をするんですか?」


 突然の提案に啓太が困惑するが、藍だって気持ちは同じだった。大勢の前で話なんてできるだろうかと不安になるが、先生の言うことはそれだけではなかった。


「希望するなら一曲くらいは演奏できると思うよ。上手くいけば他にも入部希望者が出てくるかも」

「……演奏」


 話すだけよりもはるかにハードルが上がった気がする。だけど先生の言う通り、これは軽音部をアピールするチャンスでもあった。

 それでも、急な話ということもあり、すぐには答えを出せないでいる。隣を見ると啓太も悩んでいるようだ。優斗はと言うと、彼だけは表情を崩すことなく黙ってこの様子を見守っていた。


「答えは今すぐじゃなく、よく話し合ってからでいいから。だけど今日帰るまでか、それか明日の朝くらいには決めてほしい」


 先生にそう言われ、藍達は答えを保留にしたまま職員室を後にした。

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