第28話 軽音部始動2

 軽音部部室。無事入部をすませたことだし早速練習開始といきたかったが、それよりも先にやらなければならないことができてしまった。さっき職員室で説明を受けた、部活動紹介への参加の是非を決めなくてはならない。

 藍と啓太。それに優斗の三人は、それぞれが座る椅子を向かい合わせながら話を始めた。


「どうしようか?」


 藍が二人に尋ねると、まずはそれに優斗が答える。


「俺はもう部員じゃないし、実際に演奏するとしたら二人だ。俺も必要なら意見はするけど、実際にどうするか決めるのは二人だと思う」


 正論だ。優斗は元軽音部だし今もこうして話し合いに参加しているが、当然正式な部員としてはカウントされていない。演奏に参加することだってできない。経験者として頼りにしたいところではあるが、彼の言う通りこれを決めるのは今の部員である自分達の役目だろう。

 その言葉を受け改めて考えていると、今度は啓太が言った。


「せっかく練習するんだし、いつかは人前でやるとは思ってた。けど急な話だし、今の俺達がまともに聞かせられるような演奏なんてできるのか?」

「だよね」


 そうなのだ。藍にも、誰かの前で演奏してみたいという気持ちはある。それなのにこんなにも躊躇っているのは、ひとえに自信がないからだ。


「初めてからまだ半年だし」

「しかも二人ともな」

「おまけに受験と並行してだったね」

「一時期ほとんど練習できなかったな」


 これが二人の音楽歴の全てである。


「部活動紹介は明日だから、今から練習する時間もないよね」

「ほとんどぶっつけ本番みたいなもの。それで初舞台か」


 元々あった不安がさらに大きくなっていく。二人とも口にこそ出しはしないが、流れは確実に辞退する方向へと進んでいた。


「なあ、有馬……先輩は、初めて人前で演奏したのっていつなんだ?」


 優斗に向かって尋ねる。決めるのはあくまで自分達だが、参考として聞くのは問題無いと判断したのだろう。先ほど職員室の前で言っていた通り優斗への呼び方を先輩と改めていたが、どうにもまだぎこちなかった。


「そうだな。何人かの知り合いに聞かせたことはあったけど、大勢の前でとなると、初めては一年の頃の文化祭のステージになるな。それが確か、始めてからだいたい半年くらいだったかな」


 半年。ちょうど今の藍達と同じくらいだ。

 言われて思い出した。優斗が音楽を始めたのは高校に入ってすぐだったので、彼の言う通り丁度文化祭のある秋ごろで半年になる。


「半年であんな凄い演奏できたんだ」


 藍が驚きと尊敬を込めて言う。そのステージは藍も見に行ったが、今の自分よりもはるかに上手いと思った。

 だがそれを聞いた優斗は苦笑いを浮かべた。


「藍、あれを上手いと思ったなら多分それは記憶違いだよ。それか、他のメンバーのおかげでそう聞こえただけだ」

「そんなことないよ」


 そうは言ってみたものの随分と昔の記憶だ。優斗の言っている通り、時間の経過や贔屓目によって思い出が美化されたというのは十分にあり得る。だいたい当時の藍は、どの音がベースによって奏でられているかもちゃんと分っていなかった気がする。

 だがそれでも、藍にとってあれは見事な演奏だったと信じたかった。


「絶対、上手だったよ」

「本人が違うって言ってるんだから違うんじゃないのか。それに半年でそこまで凄くなるのは、いくらなんでも無理があるんじゃないのか?」


 ムキになって言い張る所に啓太が茶化すように言ったので、ジトッとした目で睨みつけた。


「まあ、そう言ってくれてありがとな。だけどあの時、俺以外の二人はもっと上手かったぞ」


 藍は優斗の言う二人を何とか思い出そうとするが、当時の記憶はほとんど優斗で占められていたため顔すら浮かんでこなかった。


「確か、ギターとドラムだったよね」


 覚えているのといったらそれくらいだ。確かギターをやっている人については、その人に誘われて軽音部に入ったのだと昨日言っていた。


「そう。ギターの奴はもう何年も前からやっていて、ドラムの子も元々中学の頃に吹奏楽でやってたから、基礎が違ってたんだ」


 しかし、他の人が上手いというのはありがたいことではあるけど、ある意味それはプレッシャーにもなる。さらに初舞台が一般のお客さんも来る文化祭のステージとなると、その緊張はおそらく明日の部活動紹介の比ではないだろう。


「ユウくんは、大勢の前でやるのって不安じゃ無かった?」


 一番聞きたいのはそこだった。優斗がどんな気持ちで初めてのステージに臨んだのか、かつて藍の目からはただカッコよく見えていた中で何を思っていたのか、ぜひ聞いてみたかった。


「もちろん不安はあったよ。前の日の夜なんて眠れなかった」

「そうだったの?全然そんな風に見えなかったよ」


 藍は驚きながら優斗の言葉を聞いていた。優斗は文化祭の前日にもいつものように藍の家に来ていたし、翌日の文化祭についても楽しそうに語っていた。そんな風に不安を抱えていたなんて、ちっとも気づかなかった。


「人前で演奏するのが怖くて緊張してるだなんて、顔に出したくはなかったからな。特に藍の前では」

「ああ、それは分かる」


 啓太が大きく頷く。どうやら今の話に何か通じた部分があったらしい。


「でも、それ以上に楽しみだった。大勢の前で演奏するってのは、一つの目標みたいなものだったからな」


 優斗の話を聞いた藍は相変わらず驚いていて、だけど少しだけホッとした。優斗の語っている不安と期待の入り混じった状態は、今の自分の心境と少し似ていた。ずっと背中を見続けてきた彼もまた同じようなことを思っていたのだと知れて、何だか嬉しかった。


「それに、仲間にもずいぶん支えられたからな。ギターの奴なんて、音の主役は俺なんだから少しくらい失敗しても分からないって言われたよ」


 言葉だけを聞くといい加減ともとられかねない発言だが、それが優斗の緊張を取るために言ったというのは明らかだった。

 優斗が軽音部の話をする時は何度もこの二人が登場する。それだけ彼にとってとても大きな存在なんだと思えた。


「音の主役……俺はそれを聞いて余計にプレッシャーを感じるんだが」


 そう言ったのは同じくギター担当である啓太。ギターは主旋律を奏でるのが役目なので、主役という言い方はあながち間違いではない。そして、優斗の話に出てきた彼とは違い啓太はまだ始めて半年の初心者だ。


「ああ悪い、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。俺と二人じゃメンバーも状況も違うからな」


 優斗がフォローを入れ、それから最後に本番のステージについて語る。


「その時の演奏がどうだったかはさっき言った通り、決して上手くは弾けなかった。だけど楽しかったし、また次もやりたいって思えた。とりあえず、俺が初めて人前で演奏したのはこんな感じだ。少しは参考になったか?」


 話を聞き終わり、藍と啓太は改めて顔を見合わせる。とはいえ両者ともすぐには口を開こうとしなかった。

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