第29話 軽音部始動3
優斗の話を聞いてまだなお、藍も啓太も自分の中で結論を出せずにいる。それから探り合うように、相手の意見を聞いてみる。
「とりあえず、今の私達が演奏して上手くいくと思う?」
「厳しいだろうな。経験も練習量も、きっと全然足りてない」
「やっぱり?」
それは啓太に聞かずとも分かっていたこと。今の自分達は、まだ人前に立って演奏できるような実力では無かった。優斗の場合は他のメンバーが支えてくれたと言っていたが、自分達は両方が初心者だ。急な話だから、何を演奏すればいいかさえも決めていない。
それだけ分かっているならもう答えは出たようなもの、後は職員室に行って辞退すると伝えればいいだけだ。いや、本当はもっと前から、その方がいいと思っていた。
だがそれでも、藍は今まで辞退しようとは言い出せなかった。いや、啓太に確認を取った今だって、それを言葉にするのは躊躇われた。
結論を口にしないのは啓太も同じだった。たった今厳しいと言っておきながら、まだ止めようとは言ってこない。
なら、もしこれから啓太が辞退しようと提案してきたら自分はどうするだろうか?はたしてそれを素直に受け入れるのか?
その場面を思い浮かべてみて、だけどその想像は途中で途切れた。
「ねえ、三島……」
再び啓太に声を掛ける。だけどこれはさっきのような意見を求めるものでは無かった。自分なりに考えて出した、答えを告げるためのものだった。
「私、演奏してみたい。力不足かもしれないけど、それでもやってみたい」
辞退する場面を想像してみて、とても寂しく思えた。明日他の部が発表するのを見て、やっぱり出ていたらと後悔する姿が浮かんだ。
ステージに立ったとしても、やっぱり失敗して恥をかくかもしれない。だけど後悔すると分かっていて、それでもやりたい気持ちをおさえて辞退するのは嫌だった。
とはいえこれはあくまで藍の考えであり、啓太が何と言うかは分からない。もし啓太がやりたくないと言うなら、その気持ちを曲げてまで出るのも嫌だった。
今の言葉を聞いて啓太が何と言うか、藍は黙ってその様子を見守った。
「お前、何でいきなりそんな事言うんだよ」
開口一番に出た言葉を聞いて僅かに肩を落とす。やはり啓太は出るのには反対なのだろうか。
だけどそれに続く言葉は、藍の予想したものとは違っていた。
「これじゃまるで、俺がお前の意見に乗っかったみたいになるじゃないか」
「じゃあ……」
話しの流れが変わったような気がして、返事にも気づかぬうちに熱が込められる。
「やろうぜ。まだ初心者だから怖くてできませんなんて、カッコ悪いだろ」
その言葉を聞いて藍は高揚しながら頷き、優斗が締めるように言った。
「どうやら決まったみたいだな」
そう、決まったんだ。自分達の初舞台が。
そう思った藍の手に、自然と力が入る。そしてどちらから言うでもなく、藍と啓太はそれぞれの楽器を手に取った。
しかしやると決めたのは良いが、何しろ時間がないためすぐに次の行動に移らなくてはならない。
「で、曲は何にするんだ?」
「あれがいいんじゃない?何度か一緒に練習したやつ」
藍が提案したのは初心者でも割と弾きやすく、かつ一般的な知名度の高い曲だった。何度も練習していた曲でもあるし、そして何より、中学の頃たまに啓太と一緒になって弾いたこともあり、その際にドラムの打ち込みもやっていた。
「じゃあそれでいくか」
何ともあっさりと決定したが、何しろ迷っている時間も無い。これから早速練習に入らなければ。
とは言えまだこの部室に馴染んでいない二人には、その準備をするだけでも時間がかかった。
「コンセントってどこにあるの?」
「スピーカーってどの辺に置けばいいんだ?」
こんな感じだ。どこに何があるかも分かっていないから、中々進まない。幸いなのは、優斗のいた頃と物の配置がほとんど変わっていなかったことだ。
「コンセントはここにあるから。それと、スピーカーはこのあたりに」
優斗自身は物に触れられないが、それでも二人に指示を出すことはできる。その甲斐あって、なんとか全ての準備が整った。これでようやく練習を始められる。
「じゃあ、いくよ」
藍は啓太に合図を送ると、その後優斗を見る。思えば自分の演奏を優斗に聞かせるのはこれが初めてだ。それを意識すると、何だか明日とはまた違った意味で緊張してきた。
どうかうまく弾けますように。そう祈りながら、藍はその手で弦を弾いた。
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