第8話 小学生編8

 もう二度と目を開く事の無い優斗の姿を見て、やっぱり藍は涙を流さずにはいられなかった。多分、その場にいた誰よりも泣いていた。

 それを見て、先に来ていた両親が駆け寄り肩に手を置いた。


「藍、これを」


 母親がそう言って、藍に一本の花を渡す。よく見ると他の人達も同じような花を持っていて、順番にそれを優斗の眠る棺の中へと入れていっていた。


「藍もユウくんにお花をあげてきて。それとお別れの挨拶も。できるわよね」


 藍は不安と緊張で言葉を出す事ができず、だけど大きく頷きながらその花を受け取った。それでも、いざ優斗の元へと向かおうとすると足が震えた。その時だった。


「行くぞ」


 そう言ったのは啓太だ。啓太はなかなか足を踏み出せなかった藍の手を引っ張ると、一緒に行くよう促した。


「……うん」


 ようやく藍の足が動き、一歩、また一歩と優斗の元へと近づいて行く。その度に相変わらず涙が零れていくけど、それでもその足が止まることは無かった。

 そしてついに優斗の前に立ち、何も言わなくなった彼と対面する。頭を打ったと聞いていたけど見たところ大きな傷はどこにもなく、たくさんの花に囲まれたその姿は綺麗だとすら思えた。

 そんな優斗を前にして、藍は涙で滲んだ目を閉じ、両手を合わせた。


(ユウくん、いままでありがとう。ユウくんのおかげでいつも楽しかったよ)


 不思議なものだ。今の今まで、お別れの挨拶なんて何を言えば良いのかさっぱりわからなかった。だけど実際に優斗の顔を見て、これが最後に伝える言葉になると思うと、自然と言葉が溢れてきた。


(ユウくんは私にとって家族みたいで、お兄ちゃんのように思ってた。でもそれだけじゃなかったよ)


 それは今まで一度も言う事の無かった言葉、だけどいつか伝えたかった言葉だった。

 でもそのいつかはもう永遠に来ることが無くなってしまった。ならせめて、今この場で贈りたいと思った。


(だってお兄ちゃんなら、きっと一緒にいてあんなにドキドキしないもん。胸がギューッてなったりしないもん。ずっとそばにいたくて、自分がまだ子供なのがちょっと嫌で、早くユウくんの一番近くにいるのが似合うような大人になりたかった)


 そして再び目を開くと、手にした花をそっと優斗の顔のそばに置いた。


(大好きだよ。ユウくんは、私の初恋だったんだよ)


 出来る事なら生きている時に言いたかった。果たして優斗はこの言葉をどこかで聞いているのだろうか?


「さよなら、ユウくん」


 最後にそう声に出すと、もう一度涙が頬を伝った。

 葬儀はその後も厳かに進められた。途中両親から、疲れたならもう帰っても良いと言われたけど、藍はそれを断った。最後まで優斗の近くにいたかった。

 優斗の入った棺が運び出され、焼かれてお骨になるまでの一部始終を見届けた。そうしてようやく、優斗が本当に亡くなったのだと理解できたような気がした。

 果たして自分はちゃんとお別れできたのだろうか。ユウくんはあの世で寂しい思いをしなくてすむのだろうか。その答えは藍には分からない。いや、きっと誰にも分からないだろう。


 藍にとって初めての恋はこうしてちゃんと伝えることもできないまま、胸の痛みを残し唐突に終わりを迎えた。

 それでも藍は、優斗との日々を振り返れば何度だって思う。


 大好きだったと。







 そして時は流れる。

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