高校生編

高校生になりました

第9話 時は流れて1

「藍……藍ってば」


 名前を呼ばれ、机に座っていた藍は顔を上げる。そこにはいつからいたのか、友人の北野真由子きたのまゆこが立っていた。


「どうしたの?何だかボーっとしてたよ」


 真由子が怪訝な顔で覗き込んでくる。彼女の言う通り、ボーっとしていたという自覚はあった。正確には昔の事を思い出していて、心ここにあらずという状態だった。

 周りを見ると、そこにいるのは制服を着た人達。ここは学校であり、藍を含めた全員がそこの生徒なのだから当然だ。


 あれからもう五年以上の時が流れた。

 藤崎藍、十五歳。背は年相応に成長し、当時より長く伸ばした髪はリボンで束ねてポニーテールにしている。

 恰好はもちろん、他の皆と同じこの学校の制服。下は薄いチェック柄の入ったスカートだが、上は男女共に同じようなデザインの紺色のブレザーだ。それは、かつて優斗の通っていた高校のものだった。

 藍も今や、かつての優斗と同じ高校生となっていた。


 と言ってもまだ入学してから二日しかたっていなくて、自身が着ているこの制服にもまだ馴染みは無い。

 藍はさっきまで昔の記憶を思い返していた事に思わず苦笑する。今更あんな前の事を思い出すなんて。

 だけどその理由はハッキリしていた。

 周りにいる男子の制服を見ると、かつてそれを着ていた彼のことをどうしても思い出してしまう。そういった意味では自分が今着ている制服以上に親近感があると言っていいかもしれない。

 彼というのはもちろん、ユウくんこと有馬優斗。藍が初めて好きになった男の子だ。

 当時はまだ小さかった自分が優斗と同じ高校に入学している事実が、何だかとても不思議に思えた。


「ほら、またボーっとしてる」


 真由子が呆れたように言う。いけない。何だか昔のことを思い出しすぎて、ついそっちに引っ張られそうになっている。


「ごめん。で、何の話だっけ?」


 気持ちを切り替え、改めて真由子の方へと向き直る。話があるなら早く済まさないと、このままじゃ休み時間が終わってしまう。


「今日の放課後どうするかって話。私は中学の頃のみんなと一緒に部活動を見て回ろうと思ってるんだけど、藍はどうする?」


 藍と真由子が仲良くなったのは、中学の頃たまたま近くの席になったのが始まりだった。今ではこうして揃って同じ高校へと入学した二人だったが、彼女以外にも同じ中学から来た子は何人かいた。

 まだ入学して二日目とあって新しいコミュニティは確立されておらず、自然とほとんどの者が同じ中学の出身者同士で固まっている。


「部活動見学か」


 この学校では大小合わせて様々な部活が存在し、その活動も盛んだ。強豪の運動部なんかは、早くも新入部員獲得に向けて朝から校門前で登校してくる新入生に声をかけていた。

 真由子の言う通り、色々な部活を見て回ろうとするなら自分も彼女達に混ざった方が良いだろう。一人で知らない人達の中に何度も飛び込んでいくのは勇気がいる。

 そうは思いながらも、だけど藍は首を横に振った。


「うーん、やめとく。私、入る部活はもう決めてあるから」


 真由子もこの答えは予想していたみたいで、「そっか」とあっさり頷いた。


「それって前から言ってたやつだよね」


 まだ中学にいた頃から、彼女には入りたい部があるということは話していた。


「そう、軽音部」


 藍はそう言うと、教室の後ろにある自身のロッカーに目をやった。そこにあるのは黒く塗られた楽器ケース。中に入っているのは、真っ白なベースだった。


 それはかつて優斗の使っていたベースだった。

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