第7話 小学生編7

 幽霊が見える。それは啓太が常日頃から言っていたことだ。果たしてそれが本当のことか、藍は今まで半信半疑でいたし、出来れば嘘だったらいいと思っていた。

 だけど、今はどうか本当であってほしかった。

 幽霊は怖いし嫌いだ。だけどユウくんは大好きだ。ユウくんともう一度会えるなら、それが例え幽霊だったとしてもかまわなかった。


「お願い、ユウくんに会わせて」


 藍はすがるように懇願する。啓太は困った顔をしたまま何も答えなかったが、それでも藍は何度も頼み続けた。そして頼んだ回数が十を超えようかという時、ついに啓太はそれまで閉ざしていた口を開いた。


「……嘘だよ」


 その一言が届いた瞬間、頼み続けていた藍の声が止まる。藍の顔が、再び徐々に悲しみの色へと染まっていく。


「幽霊が見えるなんて、そんなの嘘に決まってるだろ。少し考えればすぐにわかるだろ。お前本気で信じてたのかよ」


 啓太が激しい口調で一気にまくし立てる。だけど藍にはもうそんな言葉さえも届いていなかった。これ以上啓太が何を言おうと、ユウくんとは二度と会えないんだと改めて思い知らされたショックには到底及ばなかった。


「う……うわぁぁぁぁぁっ!」


 泣くと言うより慟哭と表現した方が正しいかもしれない。優斗と会える最後の頼みの綱が無くなった藍には、ただ泣き叫ぶ以外に出来る事なんて何もなかった。

 啓太はそれでもなお言葉を続けようとしていたが、その全てが藍の声にかき消され、とうとう何も言うことができなくなった。

 そして藍も、力の限り叫び続けた事で喉に限界が来たのか、その声の勢いもだんだんと弱くなる。そのかわり、せめてこれ以上啓太の顔を見ないで済むよう背を向けてしゃがみ込んだ。


 だけど、啓太はそんな状況でもまだこの場を立ち去ろうとはしなかった。それどころか藍のそばへと寄ってくると、並ぶようにその隣へと座った。

 あんなに沢山のことを言っておいて、まだ何か他に言いたいことがあるのだろうか。あんな嘘を信じてしまった私を見て笑っているのだろうか。

 そう思っていると、啓太は小さな声でポツリと呟くように言った。


「あのさ…死んだやつには、もう二度と会えないんだよ。どんなに会いたくても、二度と」


 それはさっきまでの激しい口調とはまるで違う、静かな声だった。それがあまりにも意外で思わず隣を見ると、彼もまた苦しそうな表情を浮かべていた。

 驚く藍に、啓太は慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと語りかける。


「俺の父ちゃんが言ってたんだけどさ、葬儀ってのは亡くなった人に寂しい思いをさせないためにするんだって」


 啓太のお父さん。藍はあまり会ったことはないけど、住職という仕事柄これまでにたくさんの人を送ってきたであろうことは分かった。


「亡くなった人にしてみたら、生きてた頃の知り合い全員と一気に会えなくなるわけだろ。それって、残される人よりもずっと寂しいんじゃないのか?」


 言われて想像してみる。今まで生きてきた中で出会ってきた人、その全てと会えなくなることを。もちろんそんなこと、たとえどれだけ考えてみてもまるで現実感が無い。だけど、きっとそれは寂しいなんて言葉じゃ言い表せないくらい辛いのだろう。


「……うん」


 やっとの思いで、藍は啓太の言葉に応えた。


「だからさ、最後に知り合いみんなで集まって、ちゃんとお別れを言わなきゃいけないんだ。亡くなった人が安心して旅立てるように」

「……そう……だね」


 藍はただ小さく言葉を発しては小さく頷くだけだ。それでも、啓太が何を言おうとしているかはちゃんと理解できた。


「なのにお前が行かなかったら、アイツはきっと全然安心なんてできないと思うぞ。あの世に行った後だって、きっと凄く心配する。いいのかよそれで」


 啓太はそこで言葉を切ると、じっと藍の返事を待つ。藍は啓太の言った事をもう一度頭の中で繰り返し、そしていなくなってしまう優斗を思い、言った。


「……嫌だ」


 今まで優斗からはたくさんの楽しい時間や思い出を貰って来た。優斗がいてくれたおかげで毎日が楽しかった。それなのに、自分のせいであの世に行く優斗に心配かけるなんて、寂しい思いをさせるなんて、そんなのは絶対に嫌だった。


「どうする?いくか、アイツのとこ」


 改めて啓太が聞いてくる。藍はまた少しの間押し黙っていたけど、やがてスッと立ち上がると、ようやく流していた涙を拭った。


「行く」


 藍がそう言って歩き出すと、啓太は黙ってそれについてきた。

 いつもは脅かしてきたり意地悪を言ってきたりする啓太だったけど、今はそばにいてくれてよかった。もし啓太が来てくれなかったら、きっとあのままあそこで泣き続けていただろう。


「三島、ありがとう」


 啓太の方を向き、感謝の言葉を伝える。すると啓太は面と向かってお礼を言われたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしながら口ごもった。


「お……おう」


 やっとそれだけを返すと、後は元の通り黙ったまま藍の隣を歩いて行く。

 そうして向かった優斗の家で、藍はようやく棺に入れられた優斗と対面した。

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