第6話 小学生編6

 その日、藍は学校から帰った後いつものように近くの公園で遊んでいた。近くには啓太の姿もあったけど、この前優斗にやり込められて以来藍を脅かすことも少なくなっていた。

 そんな時だった。公園の入り口にある門をくぐり、藍の母親が姿を現した。今の時間はお店で働いているはずなのにどうしたんだろう?

 首をかしげる藍だったけど、母親が、その表情が分かるくらいまで近づいてきた時、その顔色が真っ青だと気づいた時、何だかとても嫌な予感がした。

 母親が口を開き震える声が聞こえてきて、とっさに耳を塞ぎたくなる。だけどそれも間に合わず、決して聞きたくない言葉が届いた。


「藍、よく聞いて。ユウくん、亡くなったんだって」


 亡くなった。藍は最初その言葉の意味が分からなかった。だってそれは、まだ小学四年生だった藍にはまるで馴染みの無い言葉だった。


「学校の階段から落ちて、頭を強く打ったって…」


 母親は何があったのか詳細を説明するけど、藍にはもう聞こえていなかった。到底理解が追い付くことができず、ただその場で呆然とするだけだった。








 優斗の葬儀は自宅で行われ、そこには沢山の友人や親戚の人達が集まった。だけどその中に藍の姿は無かった。

 葬儀に出席するため母親の用意した服に着替えはしたもののその足は優斗の家に向かうことはなく、かといって自分の家に留まることも無かった。


 家にいたら、きっと両親からお葬式に行くようにと言われるだろう。だけど藍は行きたくなかった。

 だって行ったらユウくんにさよならを言わなきゃいけない。ユウくんが亡くなったのを、二度と会うことができない事を認めなければいけない。それが嫌で藍は逃げ出した。


 いつも遊んでいる公園の隅で、誰にも見られないように声を殺して泣いていた。

 泣きながら優斗の事を思い出す。いつもそばにいてくれた。楽しい時は一緒に笑って、困っている時は助けてくれた。

 もうすぐあるという文化祭に向けてベースの練習をしていたし、藍が頼んだ曲を弾いてくれると約束してくれた。だけどそれももう永久に聞くことはできなくなってしまった。


 泣いていると、ふと背中に人の気配を感じた。お父さんかお母さんが探しに来たのだろうかと思った。

 だけど振り返った時そこにいたのは、そのどちらでも無かった。


「……三島?」


 そこにいたのは啓太だった。啓太は走ってここまで来たのか、息を切らせながら肩を激しく上下に揺らしていた。


「お前、こんなところで何やってるんだよ」


 大きく息を吸い込んで、啓太は言った。

 そんなの決まっている。逃げてきたんだ、認めたくない現実から。だから放っておいてほしい。啓太こそ何しにここに来たのだろう。


「何でアイツのところに行ってやらねえんだよ」


 啓太のその言葉に、藍はより一層涙を流しながら大きくしゃくりあげた。それを見て、まだ何か言おうとしていた啓太も思わず押し黙った。

 あいつというのはもちろんユウくんのことだろう。そう言えばお葬式でお経をあげるのは、住職である啓太のお父さんだった気がする。

 藍は啓太の問いには答えず、それまでと同じようにただ下を向きながら泣き続けるばかりだ。


 どれくらいの間そうしていただろう。だけど、藍はふと何かを思いついたように、ようやく俯いていた顔を上げた。

 そうして再び啓太の方を向くと必死で涙を止め、喉の奥の痛みを我慢しながら声を出す。


「ねえ三島、三島って幽霊が見えるんでしょ。だったらユウ君の幽霊だって見えるよね」

「えっ?」


 啓太が驚いたように声を上げた。まさかこんな事を言われるとは思ってもみなかったのだろう。

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