第36話 付き合わなかった理由2
どうして誰とも付き合わなかったのか。そう尋ねて、だけど口にした途端、もしかしたら聞いてはいけなかったのかもしれないと思った。女の子同士の恋バナで似たような話題が出ることはたまにあったが、人によってはあまり触れられたくないこともある。
それでもこの話を聞いてから今まで、ずっとこの事ばかりが頭の中を駆け巡っていた。もし今ここで聞かなかったとしても、いずれは同じことをしていた気がする。
「その話、気になる?」
優斗が少し困った顔をしたのを見て、焦る。
「ううん、どうしてかなって少し気になっただけで……ごめんね、変なこと聞いて」
出来ればさっきの発言を取り消したかったけど、一度言ってしまった事を無かったことにはできない。
「いいよ、話しても。でもきっと聞いてもつまらないと思うけど、それでも聞きたい?」
それを聞いて迷う。意外にもすんなり教えてくれそうなのに驚いたが、それにしてはさっき一瞬見せた困った表情が気になった。だけど、だからこそよけいに聞きたい。どうしてそんな顔を見せたのか知りたい。
「……うん」
躊躇いがちに、それでも小さく頷く。それを見て優斗は一息ついてから口を開いた。
「わかった。って言っても大した話じゃないんだけどね。特別その子達とは付き合いたいって思えなかった。それだけなんだ」
「でもそれって一人じゃないんだよね。誰ともなの?」
「ああ。相手がどんな人かっていうより、俺自身の問題だよ。そういう風に思ってくれたのは嬉しかったけど、それ以上の気持ちにはなれなかった」
優斗は特に感情を見せること無く淡々と語る。だけどそれを聞いた藍は不安を覚えた。
それ以上の気持ちになれない。その言葉を受けて、何だか胸がザワザワする。これ以上聞いちゃいけない気がする。
だけど今はそんな直感よりも、好奇心の方が勝っていた。せっかくこんな話をはじめたのだから、もっと沢山のことを知りたかった。
「じゃあ、どんな子なら付き合いたいって思うの?」
今度はさっきよりも、もっと深い所を探ってみる。だけど優斗は小さく首を振った。その時、それまで変わらなかった優斗の表情がわずかに揺らいだのを、藍は見逃さなかった。
「そもそも恋人が欲しいとか思ったことは無いんだ。もし付き合ったとしても、いつかは別れるかもしれないって、つい考えるんだ」
優斗の話は言葉だけを聞くと、ただ恋愛に臆病なだけのようにも思える。
だけど藍はそれを聞いて、僅かに見せる表情の変化を捉えて、決してそれだけではないのだと察した。
藍は、優斗がなぜそんな考えを持つようになったか、その理由を多分知っていた。
(これ、聞いちゃダメなやつだ)
そう思うと同時に、焦りと後悔が湧き出てくる。迂闊にこんな話を持ち出すんじゃなかった。
一見気にした素振りも無く話してくれたこれは、軽々しく触れちゃいけないものだった。好奇心や興味本位で聞いてはいけないものだった。
「何だか藍相手にこんな話をするのは恥ずかしいな。……藍?」
いつの間にか藍は小さく俯いていた。それを見て優斗は不思議そうに声をかける。
「……ごめんなさい」
「なにが?」
優斗はどうして藍が謝るのか分かっていないようだ。
「だって、急に変なこと聞いちゃって……」
「何だそんなこと?別にいいよこれくらい」
笑って言う優斗には、その言葉通り気を悪くした様子は見られない。だけどもしかしたら本人は気付いていないのかもしれない。静かに語っていた中で、時々悲し気な表情を浮かべていたことを。
「本当に、誰かと付き合いたいとか、そういうふうに思ったこと無いの?」
謝っておきながら、それでももう一度念を押すように尋ねる。
「無いな。なぜかって聞かれても困るけど、そういうふうに誰かを好きになるって言うのがよく分からないんだ。もしかしたら、俺は人より冷めたいのかもな」
薄っすらと笑いながら、冗談めかして言う。だけどその瞳はやはり揺れていた。笑っているはずのその顔が、ちっとも楽しそうとは思えなかった。
そんな優斗を見て、胸の奥がチクリと傷んだ。そして、気が付くと叫んでいた。
「そんなこと無い!ユウくん冷たくなんかない」
それがあまりに唐突だったものだから、優斗は思わず目を丸くしている。
だけど言わずにはいられなかった。自身を冷たいと言った、彼の言葉を否定したかった。
「ねえ、私でもだめ?」
どうしてだろう。気が付くとそんなことを言っていた。なぜこれをこのタイミングで言ったのか、それは藍自身にも分からない。だけど今の優斗を見ると、優斗の抱えていたものを思うと、居ても立ってもいられなくなって、勝手に言葉が出てきた。
「私がユウくんのことを好きって言っても、ダメ?」
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