第37話 付き合わなかった理由3

(私、何言ってるんだろう)


 自らの口から零れ出た言葉が耳へと届いた時、藍はようやく自分が何をしているか気づいた。

 こんなもの、どう考えても告白以外の何物でもない。それはいつか必ず伝えたかった想い。だけどそのいつかを、今にする気なんて無かった。

 体中がカッと熱くなり、足元が震えた。


「ち……違うの。これは、その……」


 慌てて誤魔化そうとして、だけどこうまでハッキリ言ってしまったものを取り消すなんて無理だ。

 優斗の顔を見るのが怖くて視線を逸らす。いきなりこんな事を言われて、どう思っているだろう。もし面と向かって断られたりしたら、二度と立ち直れないような気がした。


「……藍」


 名前を呼ばれただけなのに、びくりと肩が震える。その続きを聞くのが怖くて、耳を塞ぎたくなる。だけどそうする間もなく、優斗の口から次の言葉が告げられた。


「ありがとな」


 その瞬間、時が止まったような気がした。逸らした視線を再び優斗に向けると、彼は笑顔を浮かべていた。


「藍にそう言ってもらえてすごく嬉しいよ」


 優しい声でそう告げる優斗。だけどそれを見た藍は思った。


(……違う)


 その言葉通り、優斗はとても嬉しそうにしている。喜んでいる。それは間違いない。

 でもそれだけだ。嬉しいだけで、決して藍のような緊張もドキドキも無い。それに気づいた時、急速に心が冷たくなっていくのを感じた。


「俺も、藍のこと好きだよ」


 優斗はそう言いながら藍の頭を撫でる仕草をする。きっとその気持ちは本当だ。だけどそれは、決して藍が抱いている『好き』とは同じじゃない。優斗が藍を好きなのはきっと……


「それって、私が妹だから?」


 答は分かり切っていた。それを聞くのは、自ら傷つきに行くようなものだと知っていた。だけどそれに気づかない優斗は、一欠片の悪意も無く、ただ愛情だけを込めて言う。


「もちろんだよ。藍は俺にとって、本当の妹みたいなものだから」


 違うと言いたかった。自分の言う『好き』はそういう意味じゃないと伝えたかった。掛けられた妹と言う看板を下ろして、一人の女の子として優斗と向き合いたかった。

 だけど同時に、それはとても怖い事だった。この想いを伝えてしまったら、今まで通りの関係じゃいられなくなる。そう思うと、秘めた想いを言葉にする事はできなかった。

 

 だからこの話はこれで終わりにする。このまま話を続けていたら、今度こそ気持ちが抑えられなくなりそうだったから。

 動揺を悟られないよう笑顔を作り、これまでとは全く関係の無い話題を出す。


「それにしても今日は疲れた。人前で演奏するってあんなに体力いるんだね」

「あ……ああ」


 わざと明るい声を出しながら、強引に話の流れを変える。もちろんそんな事をして優斗が不思議に思わないわけも無く、怪訝な顔になる。だけど彼が何かを追求するより早く、藍はそれを遮るためにさらに言葉を続けた。


「疲れたから、今日はもう寝るね」


 そうして返事も聞かずに、テキパキと布団の用意をすませる。


「なあ、藍?」

「お休み、ユウくん」


 優斗の言葉を無視するような形で就寝の挨拶をし、いそいそと電気を消し布団へと潜りこむ。こうなってしまっては優斗も話を続けるわけには行かず、仕方なく押し入れの中へと引っ込んでいく。


「お休み、藍」


 最後に掛けられた言葉は、どこか心配そうだった。

 急にこんな事をして態度が悪かっただろうか。だけどこうするしかなかった。だってもう、平気な顔をするのも限界だったから。


 優斗の姿が見えなくなったのを確認し改めて布団をかぶりなおすと、とたんに藍の顔がクシャリと歪んだ。


 妹みたいなもの。


 優斗にとってあくまで自分は妹だ。そんな相手に好きだと言われても、その本当の意味に気付きはしないだろう。

 だけどそんな事は分かっていた。平気だと言えば嘘になるが、それだけならこんなにも傷ついたりはしない。

 しかしもう一つ、妹扱い以上にショックなことがあった。


『そういうふうに誰かを好きになるって言うのがよく分からない』


 そう言った優斗の声が、頭に張り付いて離れなかった。

 軽い感じで言い放たれたその言葉に、本当はどれほどの思いが込められているか藍は知っている。きっと優斗は本気でそう言っていたのだろう。

 そう思ってしまうだけの理由が彼にはあった。優斗が誰も好きになれない理由、それは……


(あんな事があったからだよね)


 だけど藍はそれを否定したくて、つい勢いで告白まがいのことをしてしまった。結局その想いは伝わらなかったけど、思えば優斗が勘違いしてくれたのは幸運だった。

 誰も好きになれないのなら、ちゃんと自分の想いが伝わったとしても決して実ることは無かっただろう。

 だけど勘違いしてくれたおかげで、これからも仲の良い兄と妹でいられる。妹なら、変わることなくずっとそばにいられる。そう自分に言い聞かせる。

 これまで抜け出したいと思っていた妹と言う立場。だけど今は、仲の良い関係を守るための安全圏へと変わっていた。


「ユウくんの妹で良かった。勘違いしてくれて良かった」


 決して優斗に聞こえる事の無い小さな声で、藍は何度もそう繰り返した。

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