第48話 実験1
部室へと続く階段を、啓太はゆっくりと上っている。
藍のことを優斗に任せ、邪魔にならないよう部室には近寄らないでいた。先に行くと言って教室を出た後は、校舎を意味なくウロウロと歩き回り、普段滅多に行かない図書室に立ち寄って時間を潰した。
だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。果たして話は無事に済んだのか? 藍の調子は元に戻ったのか? 本当は、すぐにでも二人の所に行って確かめたかった。
しかし、どのタイミングで行けば良いのかわからない。こうして部室の前まで来たのはいいが、今すぐ顔を出して大丈夫なのだろうか。二人の話が終わったのかわからない以上、下手に入っていくと台無しにしてしまうのではないかと思ってしまう。
(仕方ねえよな)
迷った挙句、啓太は部室の戸を少しだけ開け、中の様子を見る。つまりは覗き見だ。
二人だけで話をしろと言っておいてこんなまねをするのは気が引けるが、元々自分がお膳立てをしなければ、二人で話すことも無かった。だから、見る権利はあるはずだ。
なんてのが無茶苦茶な理屈だというのはわかっているが、自らの行為を正当化するため、無理やりそう言い聞かせた。
こっそり覗き見た、軽音部室の中。そこには思った通り、藍と優斗の姿があった。
(あいつら、何やってるんだ?)
どういうわけか、藍と優斗が前後に並ぶように立っている。
藍が前、優斗が後ろ。話をするにしては、なんとも妙な立ち位置だ。
どういうことかと首を傾げていると、優斗が藍の背中に向かって手を伸ばす。それから、覆い被さるように、体を近づけていく。
横からそれを見ている啓太にとって、それはまるで、所謂バックハグをしているように見えた。
「ちょっと待て! お前ら、何やってるんだよーーーーっ!」
気が付けば、勢い置く扉を開け叫んでいた。
喉が潰れてしまうのではないかと思うくらいの大きな声が室内に響く。
「三島? いったいどうしたの?」
「どうしたのじゃねえよ! お前たち、いったい何してる!?」
そりゃ、啓太だって二人の間に漂う微妙な空気をなんとかしてほしいとは思っていた。しかしだからといって、バックハグなんてしようとしているのを見てて、黙っていられるわけがない。
だが、そこで優斗が、全く予想外のことを言う。
「何って、実験かな」
「はっ? 実験?」
思ってもみなかった言葉。というか、どういうことだかさっぱりわけがわからない。
一瞬、嘘をついているのかとも思ったが、それにしてはあまりにも意味不明だ。
それに二人とも、バックハグの現場を見られたにしては、あまりに落ち着きすぎている。
優斗はどうかわからないが、藍がそんなことになったら、顔を真っ赤にしてあたふたしていそうだ。
(……もしかして、俺の早とちりだったのか?)
それであんな大声を出したというのなら、かなり恥ずかしい。気まずくなり言葉を失うが、そんな啓太に、藍が話しかけてきた。
「あっ、あのさ、三島……」
「……な、なんだよ」
「ユウくんから聞いたよ、私のこと、凄く心配してたって。その……私達に話をさせるためにわざと遅れてきたんだよね?」
「────っ!」
今度は、さっきのとは別の種類の恥ずかしさが襲ってきた。
もちろん、全て藍の言う通りなのだが、わざわざ面と向かってそれを言われると、どうしたらいいのかわからなくなる。
口止めしていたわけではないのだが、どうして喋ったのだと、ジトッとした目で睨む。
「俺は、別に俺は何もしてねえだろ」
ボソッと呟いたその言葉は、謙遜などではなく本心だ。できれば自分でどうにかしたくて、だけどそれが無理だから、優斗に頼るしかなかっただけだ。
だが、優斗も藍も言う。
「いや、三島が背中を押してくれなかったら、俺は多分、今もちゃんと話せてなかったと思う」
「心配かけてごめんね。それと、ありがとう」
そう言って、二人揃って笑顔になる。今日一日、決して見る事の無かった笑顔だ。
「その調子だと、もう大丈夫なんだよな?」
すると藍と優斗は一瞬だけ目を合わせ、それから藍が答えた。
「うん。おかげさまでね」
「そうか」
啓太は、それ以上は何も聞かなかった。
その言葉通り、今の二人には、特に藍には、一日中纏っていた暗い雰囲気は、どこからも感じられない。
それだけわかれば、何があったかあれこれ聞く必要もないだろう。
「三島、ありがとね」
「お……おう」
笑顔でもう一度お礼を言われたものだから、つい恥ずかしくなって目を逸らす。だが悪い気はしなかった。このたった一言で嬉しくなるのだから、我ながら安上がりだと思う。
しかし、このままだと嬉しすぎて、藍の顔をまともに見られなくなりそうだ。
そうなるのを避けるため、さっきまでしていた話を、再び持ち出す。
「ところで、さっき言ってた実験ってなんなんだ?」
実験というと化学か何かを連想するが、あのバックハグもどきが、とてもそんなものだとは思えない。
いったい何をしたかったのか、さっぱり見当がつかない。
「えっとね。ユウくんが私にとり憑けるかどうかの実験」
「はぁ?」
藍が答えてくれたが、それを聞いて、啓太の困惑はますます深まるばかりだった。
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