第50話 実験3
「もしかして、憑りつかれたら何かまずい事でもあるの?」
「それ聞くなら実験始める前に聞けよ」
藍の質問にもう一度ため息をつく啓太だったが、その言葉には優斗も反応を示した。
「まさか藍に何かまずい事がおきたりするのか?それなら二度としないぞ」
元々藍に促される形でやっていた優斗だ。そんなリスクを負ってまで続ける気は無いようだ。もっとも、たとえ今まで乗り気だったとしても、藍に何かしらの悪影響があるのなら絶対にやらないだろう。
しかし啓太の答は酷く曖昧なものだった。
「藤崎が嫌だって思わねえなら多分大丈夫だ」
「どういうこと?」
言っている意味が分からず怪訝な顔をする藍だったが、啓太は順を追って説明を始めた。
「とりあえず、藤崎と有馬先輩を例に挙げて話を進めるぞ。まず先輩が憑りついたら藤崎は体の自由を奪われ、代わりに先輩が藤崎の体を自由に動かすことになる。ここまでは分かるよな?」
それはさっき既に体験しているのですぐに理解できた。自分の体なのに言う事を聞かず、代わりに優斗の思った通りに動いていた。
「この時藤崎が気を強く持つことで、憑りついた先輩を体から追い出すことができる。実際に上手くいくかは互いの思いとか精神力に左右されるけどな」
「つまり出て行けって強く思えばその通りになるってこと?」
「ああそうだ。マンガなんかでも、不思議な力で操られそうになるのを心の強さだのでどうにかする展開ってあるだろ。あれと同じだ」
「マンガと同じ……」
その例えが出てきた事で、何だか途端に胡散臭くなった気がする。
「仕方ないだろ、そう言うものなんだから。それで、問題なのはここからだ」
藍の微妙な表情にもめげることなく続ける啓太。いよいよ肝心な部分について語られるようで、藍もひとまずマンガの例えは忘れることにする。
「さっき言ったみたいに、出て行けって強く思えば憑りついてきた奴を追い出す事が出来る。だけどその時、凄い体力を消費するんだよ」
「凄いってどれくらい?」
「それは相手によりけりだ。だけどしつこい奴を追い出そうとして、次の日寝込むなんてこともあった」
「そんなに……」
憑りつく事への代償はなかなかに重いようで、それを聞いたら軽い気持ちでやるべきではないかもしれないと思ってしまう。だがその説明では疑問もあった。
「でも、私がさっき憑りつかれた時は別に何ともなかったよ?」
思い出してみても、寝込むどころか疲れたという実感すらない。だが啓太は、それにもちゃんと答えを用意していた。
「それはきっと、藤崎が先輩を追い出そうとしなかったからだ。例え憑りつかれても、本人が何も抵抗しなければ疲れたりはしない」
確かに、あの時藍は優斗を追い出そうなんて思わなかった。
「じゃあ、私がユウくんを追い出そうとしなければ問題無いの?」
「まあそうなるな。だから言っただろ、藤崎が嫌だって思わねえなら大丈夫だって」
なるほどと藍は納得する。そしてこれまでの話を振りかえり、言った。
「なら憑りつかれても大丈夫だね」
そもそもこの実験をやってみようと言い出したのは藍なのだから、優斗を拒んだり追い出したりしようなんて思うはずがない。それなら何も問題無いはずだ。だがそこで啓太は呆れたように言った。
「普通は大丈夫じゃないんだよ。自分の体を人に使われるなんて嫌で、必死に追い出そうとするからな」
「あっ、そうか」
確かに言われてみれば、もし知らない誰かに自分の体をいいように操られたりしたら絶対に嫌だ。何をされるか分かったもんじゃない。だが今回の相手は優斗だ。
「ユウくんなら大丈夫。私が嫌がるようなことはしないでしょ」
「もちろん」
他の誰かならともかく、相手が優斗なら憑りつかれても構わなかった。
それはそうと、優斗はこれまでの話を聞いてそれとは別に気になるところがあったようで、改めて啓太に尋ねた。
「それにしてもずいぶん細かく知ってるな。それにさっき寝込んだって言ってたけど、もしかして全部実体験なのか?」
「……何度かな」
答えた啓太の顔には、どこか暗い影が降りているように見えた。
「あるんだ」
「さすがは霊感少年」
啓太が昔から霊感があり、たまに幽霊が見えるというのはすでに知っている。だがそれでも、何度か幽霊に憑りつかれたことがあるというのは驚きだ。
「さらっと凄いこと言ったね」
「憑りつく実験なんてする方が凄いぞ。俺だったら相手が知ってるやつでもゴメンだ。ましてやあんな奴にあんな事を……」
啓太はそこで言葉を止めると、より一層暗い顔をした。どうやらいろいろと思い出したくない経験をしているようだ。
啓太が自分の過去に囚われている間に、優斗が藍に言った。
「これが経験者の意見だけど、本当にいいのか?そりゃ藍が嫌がるようなことは絶対にしないけど、無理にやろうとは思わない」
確かに、啓太が過去いったいどんな目に合ったかは知らないが、この様子を見ると優斗の言っている事ももっともだ。
「でも、ユウくんは無いの?すり抜ける幽霊の体じゃなくて、私の体を使ってやってみたいことって?」
例えば食事に関しては気にしなくていいと言っていたが、体を得ることで出来るようになるのは何もそれだけでは無い。優斗にやりたい事が無いと言うなら藍も無理に以上進めようとは思わないが、もしあるなら叶えてやりたい。
優斗はしばらくの間考えていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「まあ、無くは無いかな」
その一言で、決めあぐねていた藍の心も定まった。優斗にやりたい事があるなら、それに協力しないわけがない。
「あるんだ。じゃあやろうよ」
そんな藍の様子を見てか、はたまた自身のやりたい事を見つけたためか、優斗もさっきまでより少し乗り気になってきたようだ。
「藍がいいって言うなら嬉しいけど、ちょっとでも嫌だと思ったらちゃんと言うんだぞ。そしたらすぐ出ていくから」
「うん」
二人の心も決まり、改めて実験を始めることになった。啓太はそれを見ながら苦笑していたが、本人達が構わないならと強く止めたりはしなかった。
「俺だったら絶対に嫌だけどな」
それでも最後にわざわざそう付け加えるあたり、やはり過去に大変な思いをしたのは間違いなさそうだ。
こうして優斗が藍に憑りつく実験は再開され、二人は並んで立つ。藍の後ろには優斗がいて、後はこのまま距離を詰めて藍の中へと入っていけばいいだけだ。ちなみに互いに正面から向き合っていないのは藍の希望だ。目の前から優斗が迫って来て密着以上の状態になると言うのは、色々と心臓に悪い。
「じゃあ、いくよ」
後ろで優斗の声が聞こえ、藍は頷く。啓太が二人を見守る中、優斗は自らの体をゆっくりと藍に重ねていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます