第13話 時は流れて5
他意は無いにせよ、藍に置いて行かれて残念そうな表情を見せる啓太。
―――――ポン
ふと、誰かが啓太の肩を叩いた。顔を向けて確認すると、それはこれまでの一部始終を見ていた和彦だった。
「……ドンマイ」
「何がだ!」
突然の励ましを受け、怒鳴る啓太。そんな彼を見てそばに来た真由子も一言。
「まだチャンスはあるって」
「だから何がだ!」
二人に向かってさらに声を荒げる啓太だったが、そんなものでは欠片も動じはしなかった。それどころか真由子に至っては、楽しそうに顔をニヤつかせている。
「藍が声を掛ければ動揺する。ベースを始めたと聞けばギターを始める。一緒に部室行けなかったら落ち込む。アンタ分かり易すぎでしょ」
「くっ……」
何がだ。とは、今度は言えなかった。言おうものなら今度はもっと決定的な言葉が帰ってきそうな気がしたから。
「小学校の頃からの片思いなんだろ。長げえよな」
「うわぁぁぁぁぁっ!」
和彦が決定的な言葉を言い、それを打ち消すかのように啓太は叫んだ。それがあまりに大きかったものだから、周りにいた人までが彼の方を見る。しかし今、そんなものを気にする余裕は無かった。
「お前ら、なにテキトーなこと言ってんだよ」
必死の形相で二人の口を塞ごうとする啓太だったが、当の二人はそんな彼を呆れたように、憐れむように見る。
「いや、だから分かり易すぎだって。いい加減認めなよ」
啓太は藍のことが好きだ。藍の親友である真由子にとってそれはもはや当たり前のように認識されていた。
「って言うか、お前が藤崎を好きだってことは結構なやつが知ってるぞ。藤崎本人が気づいてないのが不思議なくらいだ」
少し訂正しよう。親友でなくとも、ある程度二人のそばにいた者なら結構な人がそう認識していた。
だと言うのに。
「ち……ちげーよ」
当の本人はあくまでそれを認めようとはしなかった。
その好意は誰がどう見てもバレバレだというのに、必死で否定するその姿はまるで……
「アンタは小学生か」
再び真由子が呆れたように言いながら、深い溜息をついた。
啓太が藍への好意を否定するのは今に始まったことでは無いが、周りの者にはもはやそんな本人の主張は半ば無視されていた。
「なあ、前から思ってたけど、藤崎って本当に気付いてないのか?実は分かってるけどその気は無いから気付かないふりをしてるってことは無いか?」
「私もそうじゃないかと思った時期があったけど、アレは本気で気付いて無いみたい。つまり三島、アンタにはまだチャンスはあるから、そう気を落とさない」
二人して好き勝手言った後に、真由子は隣で顔を歪めている啓太の背中を押す。お節介かもしれないが、ついそうせずにはいられないくらい、端から見てこの二人の関係はじれったい。
だがそれでも、啓太は相変わらず渋い表情を崩そうとはしなかった。
「チャンスも何も、アイツは未だに小学校の頃の初恋を引きずっているような奴だぞ。いくらなんでも拗らせすぎだろ」
「えっ、そうなの? 相手は誰?」
小学校の頃の藍を知らず、本人からもちゃんと聞いた事のない真由子にとって今の発言は大いに気になるものだった。勝手に聞いたら悪いかなと思いつつも、一度くすぐられた好奇心は簡単には収まらず、思わず前のめりになる。
だが啓太の方はというと、どうやら詳しく話す気は無いようだった。一度しまったという顔をしたかと思うと、その質問をキッパリと拒絶する。
「面倒臭いから言わねえよ」
「えーっ。ちょっとくらいいいじゃない」
「嫌だ。だいたい本人に無断であれこれ言っていいもんじゃないだろ」
「そりゃそうだけど……」
真由子がいくら尋ねても、啓太は決して話そうとはしない。ましてや藍に無断だと言われては、さすがにそれ以上追及できなかった。
一方和彦は、先ほどの啓太の発言を聞いてからしきりに首を捻っていた。
「なあ、小学校の頃の初恋を未だに引きずってるって、藤崎のことを言ってるんだよな?」
「他に誰がいるんだよ?」
「……いや、分からないならいい」
啓太は、なぜ和彦がそんなことを言ったのか分からない。分からないが、何となく面白くなかった。
二人からさんざんあれこれ言われ続け、いい加減彼は辟易していた。もはや一刻も早くこの場から解放されたい。
「あのさ、いい加減俺も軽音部に行きたいんだけど」
とうとうそう言うと、啓太は今度こそ机から立ち上がる。時計を見ると、いつの間にか結構な時間が過ぎていた。
「そうだった。私も部活見学に行くんだった」
「俺もだ」
それぞれが自分の荷物を手に、教室を後にする。今までゆっくりしすぎていた分を取り戻すようにみんな早足で歩くが、その別れ際、真由子は一度立ち止まると、再び啓太に向かって声をかける。
「軽音部、もし二人だけしかいないならチャンスだからね」
「まだ言うか!」
なおもさっきの話題を引っ張る真由子に、切り捨てるように怒鳴る啓太。だけどその後二人と分かれ、辺りに誰もいなくなると、一人で小さく呟いた。
「二人だけ、二人きり……」
そして手を強く握ると、更に歩く速度を速めながら軽音部室へと急ぐのだった。
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