障害物43 悪魔 ロニ
「くふふ、これがわらわの姿か。礼を言うぞ少年、このような愛らしい姿を与えてくれてのう」
悪魔ロニは自身の指先からつま先まで眺めるように全身を確かめた。
縦ロールの房々が垂れさがる金髪頭の左右から生えるヤギの角。
ゴスロリを思わせる黒いドレスの開いた背中から生える蝙蝠の羽。
好奇心と悪戯心を満載した様な勝気な蛇の瞳。
以前見た物と同じ、それが俺が想像する悪魔ロニの姿だった。そしてそれが今、目の前にある。
「レティシアの中に封じ込められて窮屈な思いをしていたのじゃが、ようやく出て来れたわい。どれ、腕慣らしの意味も込めて少年の願いを3つだけ叶えてやろう。何でも申してみい」
悪魔ロニは、うーんと空中で身体を伸ばしてすっかりリラックスした様子だ。
特に邪気や悪意は感じられない。
彼女自身が語る所によると、『酒臭いレティシア』の体の中に封印されていた悪魔ロニを俺がレティシアを気絶させたおかげで解放させたらしい。
また垂直世界の時間軸がおかしいせいか、どうやら俺が人形の璃璃ちゃんと出会った時に見た悪魔ロニは今より若干未来の姿の様だった。ここで俺が解放した悪魔ロニがこのあと並行世界を旅して各地で願い事を叶えて回るのだろう。
それにしても僥倖だ、何の代償もなく悪魔ロニに願いを叶えさせることができる。
さて、3つか。
一つ目は、元の世界に戻りたい。
二つ目は、元の世界でコンビニに落ちる隕石を消して欲しい。
あと一つ……参ったな、特に何も思いつかないぞ。
ここで欲をかいて何か良からぬことを願っては、これまでいくつもの並行世界を旅してそれなりに平和な世界を見捨てて来た事を無駄にしてしまう気がする。
あくまで、元の世界でコンビニに隕石が落ちなければ良いんだ。
「願い事は決まった様じゃの?」
俺の様子を見て悪魔ロニが促す。なんだか楽しそうだ。
「ああ、言うぞ。ひとつ、俺を元の世界に帰してくれ。ふたつ、元の世界でコンビニに落ちる隕石を消してくれ。以上だ」
「なんじゃ、3つまでと言ったじゃろうが。巨万の富を求めても良かったのじゃぞ?」
「俺がそんな物を持っているのは、俺が帰りたい元の世界じゃないんだ。俺はやっぱりただの高校生のひきこもりなんだから」
「欲が無い奴じゃのう。まあ良い。それでは元の世界で帰りたい場所を指定せよ。そこに送り届けてやるのじゃ」
悪魔ロニは宙に浮かんだまま足元に魔法陣を光らせる。魔法を使う予備動作の様だ。
「待つでござる!」
それまで控えていたヘーハチが止めに入った。
「ヘーハチ……?」
唐突に俺はヘーハチの力強い腕に抱きしめられ、強引に拙いキスをされた。そして解放される。
「楽しい旅をありがとうでござる。今まで勘太どのと見た景色、絶対に忘れないでござる」
「ヘーハチ……今まで助けてくれてありがとう」
「本当はついて行きたかったでござるが、拙者のようなサイボーグがいるのは勘太どのの求める世界ではござらぬから……御免ッ!」
ヘーハチは簡潔に一方的に別れを告げ、足元に白煙球を投げつけた。
もうもうと立ち上る白煙が消えた時にはヘーハチの姿は……無くはない。こちらに後ろを向けて全力疾走して遠ざかる姿が見えた。
さようなら、ヘーハチ。
「さあ、良いかの? どこに送り返せば良いのじゃ?」
悪魔ロニは優しく意地悪に俺を促す。
ええと、何か元の世界について示せるものは……。
俺は自身をまさぐった。ズボンの背中側に突っ込んでおいたアダルトDVDが指に触れる。
「元の世界の思い出って言ったらこれしかないしなあ……」
何気なくDVDのケースを開けると、何かがひらりと舞い落ちた。
俺はそれを拾い上げる。
「やけに薄っぺらい紙だな?」
そこには、こう書かれていた。
『サークルマート 十二支町支店』
レシートじゃねぇか!!
これは巫女さんが障害物として現れた時にくれた護符…だ。
そこには元の世界のコンビニの住所が書かれていた。
「ロニ! ここだ、ここに俺を送り返してくれ!」
俺はレシートに書かれた住所を指し示す。
「あいわかった。それでは出発じゃ!」
悪魔ロニの足元の魔法陣がいっそう輝いた。
そして俺は光に包まれた。
浮遊感。そして風圧で服がめちゃくちゃに煽られる。
俺は今高度3000メートルから落下していた。
「!?」
足元、真下には元いた世界が、町が、コンビニがあった。
そして目の前には赤熱する隕石が。
「くふふ、地球の自転について行けずに計算に誤差が出てしまったようじゃの。めんごめんご。てへぺろなのじゃー」
ロニは俺と同じ速度で落下しながら、舌を出してウィンクした。可愛いつもりか!?
「さてと。眼の前にあるのが、おまえさんがコンビニに到着すると同時に墜落する隕石という奴じゃな。なるほど強い因果で結ばれておる。まるで運命みたいな物じゃ。お前さんとこの隕石の関係は」
くふふと笑いながらロニは興味深げに隕石を眺めまわす。
「とはいえ、消すのは容易い。隕石の落下でおまえさんが死んでしまう運命ごと、消し去ってやろうではないか」
悪魔ロニの足元に再び魔法陣が光る。
そしてまるで、描画ソフトのレイヤーを一枚外したかのように、アニメのセル画を一枚抜いたかのように、あっさりと隕石は消えた。
「くふふふ、これでおしまいじゃな。では少年。なんとか頑張って着地するのじゃぞ?」
悪魔ロニは悪魔の笑みを浮かべた。
「待て、ロニ! 最後の願いだ! 安全に着地させてくれ!」
「おぉ! なるほどその手があったか。お前さん、欲を張って富を求めなくて良かったのう。願いとあっては聞かぬわけにはいかぬ。その願い叶えようぞ」
ロニの足元に魔法陣が光る。
そして落下する俺の目の前にコンビニが迫る。
……間にあってくれ!
俺は眼を逸らさずに迫る地面を見つめた。
さあ、待っていろコンビニ!
俺が今から買い物してやるからな!
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