障害物9 転校生 ケイト


 俺はこれまで数多くの障害を乗り越えコンビニへと着実に歩みを進めてきた。

 だからもう、さすがにこれ以上の障害は無いだろうと思うのは早計だったと言わざるを得ない。

 一体全体、これはどういうことなんだ。

 今日は厄日なのだろうか。

 そう思いながら俺は、ほんの数十メートル先の歩道橋を眺めた。


 先ほど後輩のくゆりちゃんと別れた俺は、彼女が立ち去るのを待ってすぐに歩道橋へ向かっていた。

 歩道橋から目を離していたのは数分、いや数十秒のはずだ。

 先程は確かに見えなかったのだが、いつの間に現れたのだろうか。

 歩道橋の上にセーラー服を着た高校生ぐらいの少女の姿が見えたのだ。

 こいつはヤバいと俺は直感した。

 その少女は確実に、明らかに俺の方を見ている。

 しかも睨んでいる。気がする。

 あれが次の障害物か、手ごわそうだ……。

 俺はそう考えた。

 それが早計だというのだ。



「すんません、ちーとばかしよろしいやろか? 白籤(しろくじ)大学の付属高校っちゅーんを探しとるんやけど」


 俺が歩道橋のもとに辿り着いた途端、階段の陰から妙な関西弁で喋る女性が地図を片手に現れた。

 その女性は髪を黒く染めているが眉毛が金色で、瞳は天然石のような緑色をしていた。

 顔立ちも彫りが深いのでおそらく外国人だと思われる。

 灰色のブレザーを着てルーズソックスを履いていたのだが、背が高く手足がすらっと長い為やたらスタイルが良かった。


「……なんや自分。人の事ジーッと見よって。ど助平か! がはははは!」


 ビシッ! ビシッ!

 満面の笑みでどついてくる関西弁もどきの外国人女子校生。

 今までに会った事が無いタイプだ。

 この事態をどう収拾付ければよいのか、俺は頭を抱えたくなった。



「ウチの名前はケイト・ジェイ。来月から白籤高校に転校することになってるねん!」


 さんざん頭をはたかれた揚句にようやく自己紹介をしてくれた彼女。

 自己紹介を頼んだ覚えは無いけれどね。


「あ、俺は北島勘太。白籤高校なら通ってたけど……」


 今は不登校で通っていない。と説明するのも時間がかかりそうなので省略した。


「ホンマか!? せやったら今からウチを案内してくれへん? 日本の道路はごちゃごちゃしてよう分からへんのや」


 ケイトさんは緑色の眼を爛々と輝かせて身を乗り出してきた。


 ……まずいぞ。

 これは本格的にマズい。

 強制的に町中を連れ回されるパターンだ。

 もう一つマズいのが、歩道橋の上からずっと舌打ちが聞こえる事。

 先ほど見えた女子高生、やはり俺を狙ってあの場所で待っていたらしい。

 歩道橋の金網をがっしゃんがっしゃん鳴らしているのも上にいる彼女だろう。

 睨まれるのが怖いから見ない。見えない。見たくない……。

 ごめんなさい、さっき会ったばかりのケイトさん。

 次が控えていますので先へ進んでも宜しいでしょうか?


 俺はとにかくこの場を離れようと思った。

 三十六計、逃げるに如かず。


「oh... I am so sorry, Kate. I can't guide you to the High School.」

「なんでアメリカ語やねん!」

「えろうすんまへん、ケイトはん。考えさせてもらいますわ。ほなな!」

「待たんかいワレ! 人がケンキョにたのんどるッちゅーに、その態度はなんやねん、なぁ」

「す、すみません」


 バシッ! はたかれた。


「ウチと一緒に行けん理由があるなら言ってみいや!」


 ギラッ! スゴまれた。


「そ、そうだね。その通りだ。実は俺、これからコンビニ行くんだ……」


 ズンッ! にじり寄られた。


「なんやてぇ……!」


 ニコッ! 微笑まれた?


「せやったら、しゃーなしやな。急いどるんやったら素直に言うたらええやん」


 ケイトさんは実に軽快に俺を解放してくれた。


「ウチは散歩がてらこの辺うろついてみるわ。時間とらせて、堪忍な!」


 そう言ってケイトさんは地図を片手に颯爽と線路沿いの道を歩き始めた。


 人を疑いすぎるのも、良くないな。

 俺はどうやら、行く手に現れる者すべてが俺の障害物だとばかり思い込んでしまっていたようだ。

 これからはまず素直に自分の事情を話して分かってもらう事を心がけよう。

 俺は妙に心が満ちゆく気分になった。

 この小さな大冒険もまだ始まったばかりなのだが、どうやら俺にとって成長するいい機会になったのかもしれない。


 高揚した俺は居ても立ってもいられずに走り出した。

 コンビニへではない。

 自然と足はケイトさんを追いかけていた。


「ハァ、ハァ、ケイトさん……!」

「ひぃっ、変態!? と思ったら。なんや、さっきのカンタくんやないか。どないしたん」

「いえ、その……ケイトさんを道案内する事はできないですが、高校までの道は教えられます。ちょっと地図を見せてください!」


 ちょっと走っただけで息を切らしてしまった俺はケイトに近づき、ひったくるように地図を受け取って高校までの道順を指し示した。


「この先にずっと行くと踏切があります。その踏切を渡って更に線路沿いに行くと駅が。駅前に商店街のアーチがあって、それをくぐってまっすぐ行けば分かりやすいです。地図で見ると遠回りになっちゃいますけどね」


 俺は昔の記憶も頼りに、なるべく丁寧に教えてあげた。

 先ほど不親切な態度を取ってしまった事への詫びのつもりだった。


「カンタくん……なんや自分。おもろいなぁ」


 ケイトさんはパッと明るい表情で喜んでくれた。

 そして。


「おーきに! また学校で会えるとええな!」


 チュッ! キスされた。頬に。


「挨拶代わりや、受け取っとき!」


 地図をひらひらを振って別れの挨拶代わりにしたケイトさんを、キスの衝撃から立ち直れない俺はただ茫然と見送るだけだった。


 ……柔らかかった。

 …………良い匂いだった。

 デレっと鼻の下を伸ばしつつも、今の行為の相手が意中の人だったらどれほど良かっただろうと夢想していた。



 コンビニに向かっている最中だという事は、しばらく忘れて突っ立っていた。


 

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