障害物31 魔王 マハエル
そして俺はついに魔王を居城まで追いつめた。
「勇者さま、この扉の向こうに魔王がいるでござる」
パーティの忍者、ヘーハチが刀の血を振り払いながら周囲を警戒する。
「お父さん、あと一息だよ!」
神官見習いとしてパーティを支えてくれたほのかは、ヘーハチが切り捨てた門番のリザード兵の死体から鍵を奪い差し出してくる。
「さあみんな、行くぞ!」
勇者となった俺、勘太は重厚な扉に鍵を差し込み、ゆっくりと回した。
カチリ、解錠されると同時に俺たちは扉を蹴り開けた。
ひたすら闇が覆う大広間。しかしその先からは隠しようのない魔力を感じた。
通路から空気が引き込まれ、俺たちの足元を生臭い新鮮な死体の匂いが駆け抜けた。
ヘーハチが照明弾を打ち込むと、広間の正面奥の壁に玉座の影が照らされる。禍々しい影絵となってそれは俺たちを出迎えた。
「来たか、人間の勇者ども」
耳朶に張り付くかのような妖艶な女性の声。巨大な空間に響く声は尊大さと威厳に充ち満ちている。追いつめられたとは言えその王威は衰えていない。
侵入者を迎え入れる準備を整えたのか、広間の燭台が次々と紫焔を灯し辺りを照らした。
ようやく俺たちの前に姿を見せた魔王。その姿は宣戦布告の際に大空に映し出された巨大な幻影と何ら変わりない。
「魔王マハエル、お前の野望は潰えた! 早くコンビニの店長たちを解放しろ!」
事の始まりは、今から何ヶ月前だっただろうか……。
ロケットに乗ってこの世界に降り立った俺たちは確かに元の地球の世界に戻ってきていた。
そしてセーラー服姿のほのかちゃんに導かれて俺の実家の近くのコンビニへと足を踏み入れたのだ。
その瞬間である。そのコンビニに隕石は降って来なかった。俺も死ななかった。
だが、その瞬間に世界中のありとあらゆるコンビニエンスストアは一瞬にして消滅した。
そして大空に魔王マハエルの幻影が映し出されて、こう宣言したのだ。
「地球の愚かなる人間ども、聞け。我が名は魔王マハエル。この世のコンビニエンスストアを統べる者である!」
隕石によって俺が死なない代わりに、おかしな並行世界に辿り着いてしまったようなのだった。
「これより地球の全てのコンビニエンスストアは我が経営店、マオウストアのフランチャイズ加盟店となるのだ!」
そして地球上に数多くの魔物が現れ、またたく間に地球は魔王軍の手に落ちた。
人類は現代科学の粋を結集しこれに反抗したが、コンビニエンスストアを失った人類はあまりに無力だった。
気軽に近所でコンビニ弁当が手に入らなくなる事で食糧危機が起きた。
住民税をコンビニで支払えなくなる事により政治経済は崩壊。
このまま魔王の支配を受け入れ、定価の数割増しと言う暴利のコンビニエンス「マオウストア」に屈する他ないのか。
人々は絶望の淵に立たされた。
しかしそんな中でも希望を捨てずに立ち上がった者がいた。
この俺、北島勘太である。
俺はなんとしてでもコンビニに行くという執念を持ち、蜂起した。
北島勘太がコンビニに向かう姿に勇気づけられた人々は世界各地で魔族に反乱。
やがて、コンビニエンスストアに押されて低迷気味だったスーパーマーケットの助力もあり人類は魔王をあと一歩と言うところまで追い詰めたのだった。
「とどめでござる!!」
忍者ヘーハチは俺が回想と説明を述べる間にも魔王と対峙し、これを組み伏せた。
ドシュッ!
忍者刀による一撃が魔王の胸を深々と突き刺し、破り、貫いた。
ちなみにこの魔王城に来るまでの全ての戦闘はヘーハチに任せていた。
仕方ない。一介の高校生ひきこもりであった俺に戦闘力など無いのだ。
「グオオオオ、これが死か!これが滅びか!面白い。だが安心するなよ。人々の欲望が便利さを求め続ける限り、第2第3のマオウストアは現れるのだ。我はここで滅びるが、せいぜい短い平和を楽しむ事だ」
魔王はついに事切れた。
そして世界に平和は訪れた。
これから人類は再びコンビニエンスストアを手にするだろう。
復興までの時間は長く険しい物になるかもしれない。
しかし、いつかまた深夜におでんが食べたくなった時に、人々が笑顔で気軽にコンビニに足を運べる世界になるだろうと俺は確信していた。
「終わったんだな……」
「そうでござるな」
「でもお父さん、コンビニには当分行けなくなっちゃったね」
俺は長い旅を経てようやく気付く。
コンビニに行きたいだけならマオウストアでもなんでも入ってしまえば良かったじゃないか!
迂闊だった。
元の世界と同じコンビニに入る事しか頭に無かった。
「これから、どうするでござるか?」
ヘーハチが不安そうに尋ねる。
俺は笑顔でこう答えた。
「この世界のコンビニは、この世界の人たちに託そう。俺たちにはもっとふさわしい別の世界がある!」
俺はほのかちゃんのロケットに再び乗り、新たなる並行世界へと旅立った。
いつか、俺が無事にコンビニエンスストアに辿り着ける世界に辿り着けることを信じて。
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