幕間3
「お父さんをこの世界に連れ込んだのにはちゃんと理由があるの」
地下通路を抜けた先には平原があった。遠くの丘に、炎上する屋敷が見えた。
平原には地下通路の出口と、観覧車のボックスのような箱だけがポツンと存在している。
自称・俺の娘であるほのかちゃんは、ヘーハチさんと俺を観覧車のボックスのような箱に押し込めながら、また説明口調でいろいろと教えてくれた。
それを全て聞き終える頃にはヘーハチさんと俺はボックス内の座席に完全に固定されてしまっていた。
一体何をする気なんだろう。
ほのかちゃんによる説明を掻い摘んで俺なりに解釈すると、こうだ。
ここにいる俺やほのかちゃんは無数のパラレルワールドのうちのどれか一つからそれぞれこの世界にやってきた。
色々な可能性の世界があるのだそうだ。
俺が特に何の障害とも出会わず、無事にコンビニに行ける世界。
俺が様々な障害と出会った挙句、無事にコンビニに行ける世界。
俺が様々な障害と出会った挙句、無事にコンビニに行った所で、隕石が落ちて来て、俺が死なずに済む世界。
俺が様々な障害と出会った挙句、無事にコンビニに行った所で、隕石が落ちて来て、俺が死んでしまう世界。
その俺が死んでしまう世界から俺を引っこ抜いて、その隣のちょっとマシな世界に送り届けるのがほのかちゃんの使命らしい。
ほのかちゃんはこれまでに何人もの俺を、それぞれちょっとマシな世界に送り込んできたのだという。
この世界は元いた世界のパラレルワールド(並行世界)ではない。強いて言うならば『垂直世界』なのだという。
その『垂直世界』で起きた出来事は無数のパラレルワールドの因果律から外れ、それぞれのパラレルワールドを直行してほんの一瞬だけ交わり、その際に何らかの入れ換えをもたらす。
例えば俺がこの世界に来てしまった事や、この世界のクローン機甲兵10号機テンスさんがAV女優のてんまるとして俺の世界に来てしまった事など。
また、この世界は俺が元いた世界とは時間軸の方向が異なるため、この世界で何年過ごそうとも元の世界に戻る時は元の世界の元の時間に帰れるのだとか。
俺がこれからしなければいけない事は、次元の狭間に突入して元の世界に戻るという事だ。
それも、俺が死んでしまう可能性の世界ではなく、俺が死なない可能性の世界に。
この世界で時間を過ごす毎に元の世界は別の可能性に切り替わっているので、ちょうど俺が死なないパラレルワールドと交わった瞬間に元の世界に戻らなければならない。
そうしなければ俺はコンビニに行くことができないのだ。
「それじゃあ、お父さん。頑張って自分の世界を見つけてね! ヘーハチさん、お父さんを宜しくね!」
そう言うとほのかちゃんはボックス内の機械を少し操作し、扉を閉めてしまった。
俺はヘーハチさんと向き合ったままシートベルトで固定され身動きもとれない。
舌を噛まないように顔も完全に固定され、言葉も出せない。
視線だけ横にずらすと、窓の外で手を振るほのかちゃんが見える。
手を振り返してやりたかったが、両手は座席に張り付けられたままだった。
ほのかちゃんはまたあのニヤニヤ笑いをして、何か危険な爆発物から逃げるかのように大慌てで俺がいるボックスから走って離れて行った。
何だか嫌な予感がする。
ヘーハチさんは何も気づかずにニコニコしている。
突然、箱の中が赤く照らされた。警告ランプが明滅している。
不快なブザーがボックス内に響いた。
下から突き上げるような振動がボックスを揺らす。
ヘーハチさんの目に焦りが浮かぶ。
ドカンという爆発音。
同時に体にかかる強烈な負荷。
体がシートにめり込むかのような圧力。
窓の外の景色は、地面がどんどん下の方に遠ざかっていく。
つまりこのボックスが空に向かって跳び上がっているという事だ。
ヘーハチさんは目をまん丸にして驚愕している。
しばらくして負荷は消え、非常に体が軽くなる。
窓の外は暗黒の世界。差し込む直射日光が露骨に眩しい。
どうやら無重力空間まで飛び上がったようだ。
ヘーハチさんの目は好奇心に爛々と輝いている。
しかしそれもつかの間。
ボックスは180度傾き、一旦は離れた地面が近づき始めた。
大気摩擦でボックスの表面が焼け始めたのか、窓の外をチリチリと赤い火の粉が舞う。
ボックス内の気温も上昇しているのかひどく暑い。
どうやらものすごい勢いで落下している様だ。
ヘーハチさんの目は固く閉ざされ、大粒の涙がばらまかれている。
しかし、何故かふと違和感が訪れる。
虹色の膜が一瞬ボックス内を横切った様な、そんな感覚。
ボックス内の空気も軽くなる。
地面が近づくスピードも緩和され、ボックスは緩やかに下降している様だった。
ヘーハチさんは…失神していた。
やがて、ボックス全体を揺らす衝撃が訪れ、窓の外の景色が止まった。
どうやら着地したらしい。
ボックスの扉が開き、新鮮な空気が流れ込んでくる。
俺たちをシートに固定していたベルトは自動的に外れ、ボックス内の機械類も明滅を止めた。
そしてボックスの外から女の子が顔を覗かせてきた。
「はじめまして、お父さん。待ってたよ」
セーラー服を着たほのかちゃんが、僕を出迎えた。
混乱する頭は、ほのかちゃんの説明を待つより先にこんな事を脳内絶叫していた。
……宇宙には行けてもコンビニには行けないのか!?
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