障害物30 未来人 ほのか
「さあさあ、こちらでござるよ!」
通路の奥にあった扉に全力でぶつかって首を痛めてしばらく悶絶していたヘーハチさんだったが、気を取り直して立ち上がった。
そして、体当たりによってちょっと凹んだ扉を勢いよく引き…。
「あ、あれ?」
ガッ。扉がきしむ。
開かない。
「お、おかしいでござる! さては、引いてもダメなら押してみよという…!」
ガッ、ガッ。
開かない。
激しく落ち込みうずくまるヘーハチさんをあざ笑うかのように、扉は中央から割れて左右に引っ込んだ。
パシュゥゥン……。
「自動ドアよ」
開いた扉の向こうから、冷めた声の少女が冷たい視線をヘーハチさんに投げ降ろしていた。
……そして俺はついに出会った。
俺をコンビニから遠ざけ続ける呪いのような存在の正体と。
「はじめまして、お父さん。私よ、北島ほのか」
軍服の上に白衣を着た少女がぺこりとお辞儀をする。
ふわっと揺れたボリュームのあるツーサイドアップの髪から、甘いピーチのようなシャンプーの香りが広がり俺の鼻孔をくすぐった。
いや、待ってくれ。
俺は子どもを作った覚えは無いし、眼の前の少女はどうみても俺より1個下ぐらいの年齢だ。
1歳の頃に知らぬうちに…? いやいや。人体の構造に詳しくない俺でもそれが無理だろうという事は分かる。
では何だ。
「フフフ、何度も説明しているでしょう? 私は未来から来たの」
どうも人を見下したような視線の少女だが、やがてそれが元々の彼女の顔つきだとわかる。
なんだか俺の妹のアリカによく似ている気がする。
いや待て、まさか。
俺と妹との子どもが未来から訪ねて来たのか!?
「はー。お父さんって毎回同じリアクション取るのね。あぁ、今のお父さんは私と会うのが初めてなんだっけ。ついさっき送りだしたばかりだから私も上手く切り替えできないわ」
俺の娘を自称する北島ほのかちゃんは、何だか呆れた目をこちらに送りながら楽しげに笑っている。
「じゃあもう一度説明するね。私は北島勘太と北島いろはの娘。お父さんの体感から言うと、20年後の未来から来た事になるわ」
ほのかちゃんは本当に楽しそうにニヤニヤと笑いながら俺を見る。
彼女の口ぶりから察するに、今の俺の動揺も彼女にとっては理由すらバレバレなのだろう。
今、ほのかちゃんは『北島いろは』と言った。それはつまり彼女の母親なのだが俺の記憶にそんなフルネームの人物は思い当たらない。
だが可能性としてあるのは、下の名前がいろはという女性が俺と結婚したという事なのだろう。
それなら一人だけ思い当たってしまう。それは俺の幼馴染の……。
「旧姓、伊集院いろは。お父さんの好きな人、なんでしょ?」
もう全て知っているという含みを持ったニヤニヤ笑いでほのかちゃんは俺の顔を覗きこんでいる。
あぁ、俺はいったい今どんな表情をしているのだろう。
「正確に言うと今のお父さんからの繋がりじゃあなくて、パラレルワールドみたいなものなんだけどね」
彼女の言うSF的な説明に俺はついて行ける自信は無かったが、とりあえず聞いてみようと思った。
「今のお父さんは、残念だけどもうすぐ死ぬの。それだと私が生まれて来れないから、別の世界から助けに来てあげたってわけ。わかる?」
「うん、わからない」
「そうよねぇ」
ほのかちゃんはうーんと唸りながら首をかしげる。
どう説明しようかと悩んでいるというよりは、どう説明したらわかって貰えたかを思い出そうとしている様子だ。
そういう事なのだろう、ほのかちゃんは何度も俺に会って同じ説明をしているのだ。多分。
「あっ! そうだ、コレコレ」
ほのかちゃんは白衣のポケットをまさぐり、布の球のようなものを取りだした。
ツーサイトアップの髪の束をその布の球に納めて行く。
まるで、シニヨンキャップだ。
……ん?
俺はつい最近、このシニヨンキャップを見た事があるような気がする。
それと、この全てを見透かしたようなニヤニヤ笑い。
俺が悟った事に気付くとほのかちゃんはツヤツヤの唇の両端を持ちあげて含み笑いをする。
そしてこう言った。
「アイヤー、お兄さん。女難の相が出てるヨー」
「ッッアーーーーー! おおお、おまえ、寧寧!?」
「お兄さん、鈍いネー。笑いを堪えるの大変だったアルヨー」
くっくっと笑うほのかちゃん。その姿は確かに以前俺をこんな異世界に送り込んだ(と思われる)謎の占い師、寧寧だ。
「どう、お父さん。この世界に来る前にも私と会っているんじゃない?」
ほのかちゃんはシニヨンキャップをはずしながら言う。もう変なイントネーションのフリはしていない。
俺はおとなしく、ほのかちゃんの説明を根気よく聞くことにした。
「……そう、だからお父さんがコンビニに到着するというトリガーで隕石落下の因果が発生して、死んでしまう事になっていたの。だから私は因果律を調整してなんとかコンビニに辿り着かないように頑張っていたんだけど、お父さんが意外と意志が硬くてね。仕方ないからこの異世界に退避させて隕石の因果律調整を行う事にしていたの」
……。ほのかちゃんの説明は一応俺と同じ言語を使用しているという事は理解できた。
そして掻い摘んで言えば、俺がコンビニに行くと隕石が落ちてきて死んでしまうからそれを妨害していたのだと。
「もう、だからさっきからそう言ってるじゃん!」
ほのかちゃんはようやく話が通じた俺に安心したのか、ニヤニヤとは違う優しい頬笑みをした。
その表情は、たしかに俺が好きなあの人の笑顔に似ていた。
……あれ、じゃあ俺はもうコンビニに行けないのか?
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