障害物29 忍者 ヘーハチ
ぐしゃ。
部屋の床が抜けて落下した俺は下の階に叩きつけられた。
ズム。
しかも追い打ちの様に、落下してきた怪盗少女ヒズミちゃんの全体重が乗ったおしりを顔面で受け止める事になった。
「~~~~ッッ!!」
叫ぼうにも声も出ない。
「ひゃんっ! 声の振動でブルブルするよぉ」
ヒズミちゃんは俺の渾身の叫び声を受けて飛び起き、うらめしそうに尻をさすった。
よく鼻の骨が折れ無かったな、俺。
上を見れば天井が抜けて先程までいた部屋が見えている。
ぽっかり空いた穴の縁から、サイボーグ警備兵のフィフスさんがこちらを覗きこんで嬉しそうに笑った。
「ハァーッハハハ!! 階位魔法も自然現象には逆らえんようだな!」
そう叫び、タンクが繋がったホースのようなものを背負って下の階まで軽々と跳躍で降り立った。
「じっくり燻製にしてやる!」
フィフスさんはホースの先を俺とヒズミちゃんに向けて手元のレバーを引いた。
火炎放射器だ。ほとばしる炎の渦は真っ直ぐにヒズミちゃんを狙わず、足元の床を焼いていく。
「脳筋バカのサイボーグ兵! 自分の屋敷を丸焼きにする気か!?」
ヒズミちゃんは再び掌から空気の膜を出す。それによって炎の直撃は逸らせていたがしかし、足元からの熱は防ぎきれないようだった。
ジリジリと空気が熱くなり皮膚や鼻の粘膜が痛くなるのを感じた。
膠着状態が続き、もはやこれまでと思った所に助けの声が届いた。
「天空人! こちらに逃げるでござる!」
凛と透き通るような声。フィフスさんやてんまるさんとよく似たそれは、何だか語尾が滑稽だった。
後方、声の方に振り返れば、フィフスさんと同じく長身で豊満な体躯の女性が物陰からこちらに手招きしている。
ここにいても危ないと思った俺は天に縋る思いでヒズミちゃんの空気膜から抜け出して走った。
「はっ!? ボクのディスト―ションを何の抵抗もなく突き破った? やはり天空人、危険な存在だ」
ヒズミちゃんは空気の膜で炎を防ぐのに手いっぱいで、俺を追ってくることは無かった。
俺は声に導かれるまま、物陰へと身を滑らせていった。
「危なかったでござるな、天空人」
前を走る女性に遅れないように精一杯走って追いかけていた。
女性に導かれた隠し通路のような場所は何の障害物もない整備された道だったので走りやすかった。
目の前を走る女性、どうみてもフィフスさんと同類だった。
同じ顔、同じ声。違うとすれば合成繊維のような鈍い光沢の髪が作り物の様なオレンジ色でポニーテールにまとめられていた事と、服装と語尾だろうか。
その女性はフィフスさんが身につけていたのと同じような甲冑をやはりピンポイントで纏っていた。
だが、大きく揺れる胸の南半球から腰回りの際どいところまでを鎖帷子のような編み込まれたタイツで覆っていた。
コミカルな作風の女忍者といった出で立ちだ。やはり防御力はなさそうに見える。
そして気になるのは語尾。なぜござる口調なのか。忍者風の装束に会わせているのだろうか。謎は深まるばかりだ。
『おい、ヘーハチ! 天空人は?』
「無事に確保したでござるよ! 外に出る地下通路からそっちに向かうでござる!」
突然、ここにいない人物の声がした。見ると、ヘーハチと呼ばれた眼の前の女性が手元にパネルを出して誰かと通信中の様だった。
「天空人、ここは危険でござる。ここを抜ければ外に出られるので、しばしご足労願う!」
走りながらヘーハチさんは振り返ってきた。
「自己紹介が遅れたでござるな。拙者はクローン機甲兵の8号機。ヘーハチと自称している者でござる!」
やはりフィフスさんと同類だったんだ。
それにしても、自称って……。
顔をこちらに向けた不安定な走り方で、しかしそれまでと走る速さは変わっていない。やはりサイボーグなのだろうか。
「少し説明をしておくでござる。
この世界を支配する階位魔法は身分が高い者の魔法ほど優先して効力を発揮するでござる。
そして最も身分が高いと考えられている天空人の存在は味方に引き入れれば貴族階級のパワーバランスをも壊しかねない圧倒的な物なのでござる。
今から拙者は天空人を拉致して、あるお方のところに連れて行くでござる」
おかしな語尾だが気にしない事にした。
拉致とは言われたが俺はまだこの世界に来て間もなく、どこに属するかも知れぬ身なので安全ならばどこであろうと構わない。
俺は素直にヘーハチさんについて行くことにした。
俺が逃げる素振りを見せない事に気付いたのか、ヘーハチさんは少し笑って自身の無害をアピールしてきた。
「賢明でござるな、天空人! これから先に会って貰うお方はそなたの素性を把握している様子、ご安心なされよ」
「あ、あの…」
「ん? どうなされた天空人」
「前……」
「ハハハ、案ずるな。拙者はこれでも忍びの者。後ろ向きに走るぐらい造作もな…ブギュッ」
ヘーハチさんは通路の先に辿り着いた事も気付かず、正面の扉に変な体勢で激突した。
…この人について行って大丈夫なのかな。
そう案じつつ、俺はなかなかコンビニにたどりつけない自身を呪った。
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