障害物28 サイボーグ フィフス

「なぁ、おいってば天空人!!」


 怪盗少女の歪(ひずみ)ちゃんが俺の服の裾を引っ張って耳元で叫んだ。

 おかげで俺は現実逃避から帰って来れた。

 体感時間にして5ヶ月ぐらい意識がどこかに飛んでいたように思える……。


 状況を再確認しよう。

 ある日コンビニに向かっていた俺は謎の占い師、寧寧(ネイネイ)に会った直後に意識を失いこの異世界に辿り着いていた。

 そして『イカ臭いパトリシア』と呼ばれるお嬢様の屋敷で看病を受けていたところ、このヒズミちゃんの襲撃を受けたのだった。



「なぁなぁ、天空人。意識は大丈夫か?」

「あぁ、ちょっとずつ思い出してきたよ……」


 俺はこの世界から抜け出して元の世界に戻り、コンビニに行かなければならないのだ。

 しかしこの状況はどうだろう。来たばかりの異世界で俺は「天空人」と呼ばれ、何やら大層な存在に祭り上げられている。

 やめてくれ、俺はただのひきこもりなんだ……。

 このままパトリシアお嬢様の夜伽の相手として屋敷に捕らわれるよりもこのヒズミちゃんについて行った方がいいのではないかと思った。

 その時だ。



「パトリシアお嬢様! ご無事ですか!?」


 バーン、と扉を蹴り破って大柄な女性が部屋に飛び込んできた。

 その女性はサブマシンガンの様な武器を脇に抱え、肩や胸などの要所を金属製の鎧で覆っていた。

 だが、腹や腕などの大半は鎧どころか服すら身につけていない。豊満なバストの下乳などは鎧からはみ出して見事な南半球をふたつ形成していた。

 それでも防御力は充分だと思われた。

 なぜなら彼女の露出した肌は光沢のある金属色をしていたからだ。

 紫色の長い髪はまるで合成繊維の様に鈍い光沢をしていた。



「おー、フィフスか。このネズミを早いとこ始末してくれ!」


 パトリシアお嬢様が、今しがた突入してきた女性を「フィフス」と呼び、面倒臭そうに怪盗少女のヒズミちゃんを指さす。

 フィフスと呼ばれたサイボーグのような女性は即座にヒズミちゃんを見据えた。

 つまりヒズミちゃんに貼りつかれている俺から見てもフィフスさんの顔が正面から見えるようになった。

 そして俺はふと、その顔に見覚えがあるような気がした。

 元の世界にいた時に出会った不思議なAV女優「てんまる」さんに良く似ていた。いや、まったく同じ顔だった。

 俺はその部屋にいる誰もを刺激しないようにそっと後ろ手を伸ばし、ベッドの脇に置かれていた自分の荷物をまさぐった。

 硬く軽い感触が指に触れる。それは、てんまるさんから譲り受けたDVDのパッケージだった。

 それはあまりにも煽情的で露骨なジャケットだったため、俺はパッケージフィルムの中の紙を裏返しにして持ち歩いていたのだった。

 そして、手早く裏返しにされていた紙を元に戻して確かめる。



「……やっぱり」


 俺は確信した。目の前にいるのはてんまるさんそのものだ。


「んー、なにがやっぱりなの?」


 うかつにも俺は隣にいたヒズミちゃんにパッケージを覗きこまれる。


「……ッ!! ななな、なんて破廉恥な物を持っているんだ!おい天空人、天界ではそんな物の所持が許されるのか!?」


 ヒズミちゃんは顔を林檎の様に真っ赤にしてわめく。だが目を逸らさず興味津々といった様子でDVDのパッケージを眺めていた。


「か、勝手に見るな!それよりフィフスさん、これってあなたですか?」


 俺はパッケージの中からてんまるさんの顔がよく見える写真を指さしてフィフスさんに見せる。

 アダルトDVDのパッケージを唐突に突きつけられたフィフスさんはそれをまじまじと眺めると、非常に驚いた顔をしてみせた。



「これは……ナインス、いや、テンスだな。我らクローン機甲兵の10号機によく似ている」


 アダルトDVDを片手に取り、感慨深げに呟くフィフスさん。


「テンスは、5年前の次元断裂に飲み込まれ消滅した。そう思っていたが、どうやら天界に召されていたようだな」


 俺にわからない単語を多用しているが、要するに俺の世界でてんまると名乗っていた女性は元々この世界の住人だったらしい。

 俺はフィフスさんからアダルトDVDのパッケージを返してもらう。改めて確認したが俺には眼の前の女性とパッケージの写真の女性の見分けがつかなかった。


「それで、少年。私がテンスではないという確認は取れたかな?ではその怪盗から離れて貰おう」


 フィフスさんは語気を強めて銃を構え直す。


「もし離れないというのであれば、この場で処分する。天空人を失うのは惜しいが、第三王女『酒臭い』レティシア姫の手に渡ってしまってはこの領土のパワーバランスが崩れるのだ」


 俺は自分に向けられた銃口を見て震えあがった。


 しかし、隣にいた怪盗少女ヒズミちゃんは臆せずに銃口に向けてバリアーでも張るように掌を突き出していた。


「無駄だよ!この世界の『階位魔法』では第三王女に従うボクの方が高位だ。第七王女の警備員ごときが反抗できる物じゃない!」


 ヒズミちゃんは掌から空気の膜のようなものを放出し俺たちを包んだ。空気の膜越しには部屋の中が全て歪んで見える。

 慌てた様子で眼の前のフィフスさんは屋内の至近距離にも関わらずその銃をぶち放った。

 銃から飛び出した弾丸はヒズミちゃんの作った空気の膜の上を滑るように全て四方八方に弾かれていった。

 それでもフィフスさんは射撃をやめない。


「承知の上!階位魔法を直接ぶつけるとでも思ったか?」


 やがて部屋中に弾丸がばらまかれる。

 部屋にいたパトリシアお嬢様やメイドのノゾミさんは我関せずと言った様子で涼しい顔をしている。彼女たちにも弾丸は当たっていない。いや、弾丸が彼女たちを避けて通っていた。



「ハァーッハッハッハ!壊れろ!壊れろおお!!」


 フィフスさんはがむしゃらに銃を乱射する。その表情は実に悦に入っている様子だった。

 どうやらこの人は引き金を引くと性格が変わるタイプらしい。

 部屋の中にばらまかれた弾丸は人には当たらず調度品や天井、壁、床などのあらゆる物を破壊して行った。

 そう。俺たちが立っていた床の周り全てが破壊された。

 空気の膜に守られていたヒズミちゃんと俺だったが、支えとなる床を失っては落ちる他ない。


 俺はヒズミちゃんにしっかりと抱きついて、抜けた床の底を落下していった。

 …こんなんでコンビニに辿り着けるのかなと思いつつ。


 

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