障害物27 怪盗 歪(ひずみ)
こんな話ってアリか!?
俺はただコンビニに行きたかっただけなのに、気が付いたら異世界に飛ばされて、貞操を奪われそうになっている。
こんな事ならば家に引き籠っていれば良かった……なんて事は言わないけどさ。
あまりにも、俺が目指していた『颯爽とコンビニへ行って帰ってくるヒキコモリの成長物語』からかけ離れ過ぎている。
俺は取り戻さなければならない。
俺の本来あるべき姿と、自由を!
「なーんて思っても、この状況は如何ともし難いね、こりゃ」
俺は酒臭いお姫様に組み伏せられてベッドで身悶えている真っ最中。
泣いても叫んでも酔っぱらったお姫様は聞いちゃくれない。
今にも俺の着替えたばかりの衣服は剥ぎ取られようとしている。
先程まで脇にいた可愛いメイドのノゾミさんは見て見ぬふり…どころかジト目でしっかりと事の成り行きを見守っていた。
いやぁ…見ないでぇ……。
「なんでィ。女のオレすら押し返せないなんて、生ッちょろい体してんなぁ」
必死に抵抗する俺を片手で抑えたお姫様は、サキイカを咥えながらおもちゃを弄ぶように空いた片手を俺の体に這わせる。
ここまでか、と思ったその時。
ジリリリリリリリリリ!!!
激しいベルの連打音。そして一拍遅れてあたりに赤い回転灯の光が明滅しはじめる。
非常ベルか。
お姫様は俺をベッドに投げ捨てたまま、何事かと立ち上がりあたりを見回す。
「おいっ、ノゾミ! 何だこりゃあ」
「……どうやらこの宮殿にネズミが一匹紛れ込んだ様です。今、セカンドからセブンスまでの衛兵を起動させています。しばしお待ちを」
「チッ、そういう事かい」
お姫様は苦虫を噛み潰したような表情で自分のスカートをめくり上げ、ガーターベルトに差していた短刀を引き抜いた。
何か、大ごとになっている様だ。
逃げるなら今だが……。
逡巡する間もなく、屋外から大音声が飛び込んでくる。
「ぬぁーっはっはっは! 『イカ臭い』パトリシア姫、艶事の最中に失礼するよ!」
拡声器で割れたボーイッシュな声の主は、空中に吊るされた梯子につかまっている白い人影の様だ。
窓の外には羽ばたいて滞空するドラゴン、そこから縄梯子が垂れている。
白いマントに白いタキシードで少年のような身の丈の人物がメガホンを持っているのが辛うじて見えた。
「貴様ァ! あの性悪女が寄越した遣いか?」
窓枠から身を乗り出してお姫様が叫ぶ。この人なら拡声器なしでも相手に届く様だ。
ただし、若干酒焼けた声だが。
「いかにも! 第三王女『酒臭い』レティシア姫に仕える王宮怪盗『歪(ヒズミ)』様とはボクの事だ!」
突如現れた怪盗はそのままドラゴンを操り、梯子を大きく揺らして反動をつけたジャンプで一気に俺たちがいる部屋まで飛んできた。
「しゅたっ!」
効果音を自分で言うところは傍目に恥ずかしいが、その姿は確かにサマになっている。
格好良かった。
「どういうつもりだ、ヒズミ。いや、この小悪党め。この私から『酒臭い』の通り名を奪っただけでは飽き足らんか」
パトリシアお姫様は短刀を納めて、不快感いっぱいのひきつった笑顔で形式上頭を下げた。
どうやら身分の高い者からの使者らしく、殺意むき出しのまま凄みのある上目づかいでヒズミを睨みあげるお姫様。ちょっと怖い。
「天空人、と言えば分ってくれるかい? ウチの姫は目ざとくてね。この宮殿に落ちたという天空人を接収したいのだそうだ」
ヒズミくん…いや、よくよく見ればタキシードの胸辺りがなだらかにカーブを描いているし低身長の割に腰のあたりがくびれている程度にスタイルが良い。
怪盗ヒズミちゃんは俺を見てニヤリと口の端を釣り上げた。俺の服が乱れている所から、何か察したらしい。
「ダメじゃないか、『イカ臭い』パトリシア姫。そんな貴重な天空人を夜伽のおもちゃにするつもりだったのかい?」
「何が悪い! オレは評議会からの帰りでタマッてんだよ! ヤらせろ!」
あらやだ、このお姫様ったら表現がストレートすぎますわ。
「ダメダメ、悪いことだらけだよ。とりあえず天空人は、このボクが預からせてもらうからね」
ヒズミちゃんは犬を追い払うようにパトリシアお姫様を下がらせると、俺の横に立って腕に絡みついてきた。
え、何?
天空人って俺の事?
ますます逃げづらくなってきたな。
こんな所で足止めを食らっていて、俺はちゃんとコンビニに行けるのかな。
なんて呑気なことを考えて現実逃避する他なかったのであった。
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