障害物26 深窓の令嬢 パトリシア

 俺は北島勘太。ヒキコモリの高校生だ。

 ひきこもり過ぎてなまった体を矯正するためにちょっと近所のコンビニまで行こうと思い立ったが凶日。

 どんなに頑張っても何故かコンビニに辿り着かない。

 次から次へと俺のコンビニ行きを阻む障害物が現れるのだ。

 そしてとうとう、異世界にまで飛ばされてしまった。

 チクショウ、こんなことなら引き籠っていればよかった!


 異世界に飛ばされた俺を介抱してくれたメイドさんの部屋から窓の外を眺めていた。

 眼の前に広がる非現実的な光景に毒づいていると、軽くドアをノックして部屋に入って来る者がいた。

 それは、いかにもお姫様といった装いの女性だった。

 純白のドレスにハイヒール、肘まである手袋、そして光を乱反射するような軽そうな銀髪が一房、胸元まで垂れていた。

 その人物の登場に、ノゾミさんは姿勢を正して立ち上がり深々と礼をする。

 俺よりも2、3歳だけ年上のようだが、その勝気で意志の強そうな目つきは精神的に遥かに俺より成熟しているだろう事が見て取れる。



「よぅ、ノゾミから話は聞いてるぜ。空から降ってきたんだって?」


 現れた人物はその外見の高貴な雰囲気からは想像もつかないほど気さくに俺に話しかけた。


「すまねぇな、こんな堅苦しい格好でよ。王都のスケベジジイどもの相手から帰ってきたところなんだ。まぁ、許せ」


 一方的にそう語ったところで、メイドのノゾミさんから差し出されたワンカップ酒を開封して軽くあおった。

 ……!?

 ワンカップ酒?

 ノゾミさんの銀トレイの上にはサキイカも乗っている。

 俺が想像するお姫様とはずいぶん違うが、まぁいいか……。



「お世話になっています、北島勘太と言います。ノゾミさんに助けていただき…」

「いいって、いいって。堅っ苦しいのはナシにしようぜ。オレはパトリシア。評議会では『イカ臭いパトリシア』と呼ばれてる」


 イカ臭……いや、ツッコまないぞ。

 パトリシアさんはサキイカを取って咥えながら、勝気な表情のまま俺の前に立ち覗きこんできた。

 非常に酒臭い。あとイカ臭い。


「勘太、か。良い面構えだ。いくつもの障害を乗り越えた者の顔をしている。その様子だとオレもその障害のひとつなのかね」


 パトリシアさんは俺の肩をがっしりと掴んでそんな事を言った。

 なんだろう、絡み酒なのか?

 妙に熱い視線を絡ませてくる。


「後で占い師の寧寧に見て貰おう。オレの家臣でなぁ、因果律の観測に詳しい奴なんだ。まぁそれよりも今は……」


 寧寧? つい最近聞いたその名前に俺はハッとなる。あの寧寧とかいう女、この世界の住人だったのか?

 俺がいぶかしんでいる間にも、パトリシアさんは俺の衣服に手をかけて、なめらかな肌触りの手袋のまま俺の地肌を撫でてきた。


「この離宮には女しか居なくてなぁ、ここんとこ御無沙汰なんだよ」

「いいいっ、いやいや、なんですか急に!」


 驚いて一歩引こうとした所で、腰を抱きかかえられて身動きが取れない。

 その力強さに、抗う意志を奪われてしまう。



「勘太、オレの夜伽の相手を命ずる。つっても今は昼だけどな! ガッハッハ!」


 完全に酔っ払いだコレ……!

 振り払う隙もなく、俺はパトリシアさんにベッドに投げ飛ばされ、そして。

 いや、その後は言うまい。


 あぁ、このまま俺は貞操を奪われてしまうのか……?

 せめて清い体で……コンビニに行きたかった……。


 

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