障害物44 コンビニ店員 和歌子

 私の名前は渡部和歌子。地元の白籤高校に通う高校生だ。

 家庭の事情で、高校に入ってからすぐに近所のコンビニでバイトを始めた。

 バイトと学業の両立は大変だけど、色んな人に出会えていろんな経験を出来てとっても楽しい。

 そう言えば今日、すごく珍しい事が起きたんだ。

 誰かに言っても信じて貰えないかもしれないけど、なんだかすごい運命の出会いを感じちゃた。

 中学時代から同じ学校に通っていた元クラスメイトの北島勘太くんが、私の働くコンビニに買い物に来てくれたの。

 彼は私の事なんて全然覚えてないんだろうけど、彼はなんて言うか悪目立ちをするタイプだったからすごく印象に残っている。

 中高一貫だったからエスカレーター式に同じ高校にも通える事になったけど、彼は学校でちょっとした問題に巻き込まれてそのまま不登校になっていたわ。


 そんな彼が、突然空から降って来たの。

 私はレジ番をしていて何となく自動ドアの外を眺めていたんだけど、そうしたら彼がふわっとコンビニの前に降り立ったわ。

 久しぶりに見た彼は最後に見た時と比べてとても大人びていた。でも、私はすぐに彼だと分かったわ。

 彼は空から降ってきた事なんてお構いなしに颯爽とコンビニに入ってきた。


「いらっしゃいませー」


 私はいつもより少し上ずった声で挨拶する。

 視線が合った。そして彼は、長い旅を終えて帰ってきた家族の様に優しい目をして私に微笑みかけてくれたの。

 私はその時に、自分が彼にずっと恋をしていた事に気付いてしまった……。

 彼は手早くコーラとアイスクリームをかごに入れて私のいるレジに来てくれた。

 会計を終えると彼は私の名札を見て、


「やっぱり渡部さんだ。ここで働いてたんだね」と短く声をかけてくれた。

 私の指先には、お釣りを渡した時に触れた温もりが残っている。

 私はきっと今日の事を忘れないだろう。


 そう言えば今夜は店長とのデートの予定だ。

 店長は中年男性らしく濃厚に愛してくれる。

 私は店長の野獣のような匂いに包まれている時が一番安心する。

 早く店長のお嫁さんになりたいな。

 店長、早く奥さんと別れてくれないかな……。

 私は夜を楽しみにしながら退屈なバイトを淡々とこなすのだった。



 ***



 ようやく辿り着いたコンビニでの買い物をさっさと済ませた俺は、意気揚々と自宅に帰ってきた。

 長い長い旅だったような気がする。

 しかし、俺はついにやったんだ。

 もう俺はヒキコモリじゃない。

 明日からも、また少しずつ外に慣れて行こう。



「ただいまー」


 俺は平静を装って帰宅する。

 リビングではカーチャンとその友人が酒を飲みかわしながらゲラゲラと笑っていた。

 2階の自室の前には、麗ねえが立って出迎えてくれていた。


「勘太、遅かったな」


 麗ねえの声はいつものように鋭く凛々しい。しかし何故だか温かかった。


「何か言う事は?」


 麗ねえが姿勢を崩さずに問いかけてくる。

 俺はずっと言いたかった事を伝えた。


「麗ねえ、『ただいま』」


 麗ねえは表情を崩さず、頬に一筋の水滴を零して応えた。


「勘太、『おかえり』」


 声を上げす、しかし堰を切ったように目から雫を零し続ける麗ねえを、俺はしばらくなだめ続けた。



「勘太、行ってやれ。二人とも勘太の帰りを待っている」


 麗ねえが場所を譲り、俺を俺の自室へと導いてくれる。


「さあ、勘太……」


 ゴクリと喉を鳴らし、俺は扉を開いた……!



「アリカ、いろは! コンビニに行ってきたぞ!」


 俺はコンビニ袋を掲げながら部屋に入った。

 突然、俺のベッドの上で布団が舞い上がり大きな塊となる。その中からアリカといろはが顔だけ出す。


「お、おかえりお兄」

「……勘太ッ! コンビニに行けたのかッ! おめでとうッ!」


 二人は顔を真っ赤にして息を荒くしながら俺を出向かえた。

 俺の部屋の床には二人分の衣服も散らばっている。

 いつもゲームをするテレビには肌色の映像が映し出されていた。


「お、お兄。後で食べるからアイスそこに置いておいて!」

「か、勘太ッ! 外は暑くて汗でもかいて来たんじゃないかッ? シャワーを浴びてくると良いと思うぞッ!」


 追い出されるように二人にまくし立てられたが、確かに俺は長い長い旅を終えて非常に疲れて汗まみれだった。

 ゆっくりとシャワーを浴びる事にしよう。


 達成感と心地良い疲労感をシャワーが体になじませてくれる。

 俺はシャワーを浴びながら、いろんな思いを排水溝に垂れ流していった。

 今日は良い夢が見れそうだ。


 そしてここに俺は勝利宣言をする。

 どうだ、太陽の馬鹿野郎。

 ずっと見ていたか?


「俺だって、コンビニぐらい行ける!」


 腹の底から出した声の残響がいつまでも耳に残った。

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