障害物21 お義母さん? なのは

「そこの……お兄さん。この辺に美味しい料理店は無いかな……」


 俺がコンビニを目指して歩いていると、突然女の人に声をかけられた。

 振り返るとそこには、リクルートスーツの女子大生のような人がお腹を押さえて前かがみになっていた。


 ぐきゅるるる。


 ものすごい腹の音だ。

 察するに、お腹が空いているのだろう。

 あぁ……。

 俺は頭を抱えた。

 神様って奴はどうあっても俺をコンビニに行かせたくないらしい。

 やれやれ。



「線路沿いに北に歩いて行くと駅がありますから、牛丼屋ぐらいならすぐ見つかるでしょう」


 俺は来た道の後ろを指して告げた。

 家を出て先程渡ったばかりの線路が見えている。


「牛丼屋かぁ……」


 女の人はがっかりしたように露骨に肩を落とした。


「お兄さん、済まないけれど案内してくれないかな」


 ……俺は困惑と辟易を表情に出さないように取り繕うのが精いっぱいだ。


「すみませんが、手持ちのお金が無いので食べさせてあげる事はできませんよ」


 きっぱり言っておかなければ。


「それは大丈夫。良かったら君の分もおごるからさ。私はひどく方向音痴なんだ。北がどっちか分からない……」


 何故かちょっと偉そうな空腹の方向音痴さんに、俺は降参せざるを得なかった。



「私は伊集院なのは。これでも二児の母でね……」


 線路沿いを歩く道すがら、聞かされた自己紹介に俺は困惑した。


「……!?」


 聞き覚えのある苗字と名前の語呂。そして二児の母だと……。


「えっと、ずいぶんの若いんですね。とても女子高生二人の母親とは思えません」

「はっはっは。お世辞は良いよ。……ん? どうして女子高生の母だって?」

「あ、あはははは。なんででしょう」


 カマをかけてみたが、やはり当たっているらしい。

 この人、見た目は若いけれど……いろはとこのはの母親だ……。


 俺の脳内で高速演算が起動する。

 過去何作品もやってきたギャルゲーのシナリオ分岐から、この状況で想定されるフラグを分析しているのだ。

 パターン1、ここにいろは&このはがやってくる。

 パターン2、いろは&このはの裏情報を聞きだせる。

 パターン3、いろは&このはから、あることない事が伝わっていて……。

 ううむ。

 おいしいネタを引きずりだせるなら良いのだがリスクが大きそうだ。

 嫌な予感しか信じない俺は早くなのはさんを飯屋に連れて行ってお別れしなければ。



「うーん、何だかこの辺り見たことある気がするんだよなぁ」


 なのはさんは駅近くの踏切まで来ると、あたりをキョロキョロと見回す。

 ……あまり、目立たないで欲しい。

 いろはのお母さんと一緒にいるところをいろはやこのはに見つかったら……。


「あれーっ、かんたッ! それに母さんッッ!? どうしたんだ二人揃ってッッ!!」


 ……面倒な事になるに決まっている!



「おや、お兄さん。ウチの娘の知り合いだったのかい」

「母さんッッ! 紹介するよ、この人がいつも言ってる北島かんた君だッッ!」

「あぁ! あの例の……ふーん」


 突如現れたいろはは何やら不穏な紹介をしてくれた。

 『いつも言っている』『あの例の』ってどういう事だ!

 いろは、おまえは俺をどういう風に伝えているんだ!?



「ご挨拶が遅れましたね、お兄さん。いえ、北島君。改めまして……伊集院いろはの母でございます」


 深々とお辞儀をされる。なのはさんはいろはに紹介されて以来、舐めまわすように俺の全身を観察していた。

 ……怖い、怖すぎる。


「いろはとこのはから、お話は伺っています」

「あ、あぁ、それはどうも……」

「それで北島君はどちらを選ぶおつもりなのでしょう?」

「へっ!?」

「もう、母さんッッ! かんたが困ってるじゃないかッッ!」

「何言ってるの。こういうのは早くハッキリしておいた方が良いんだって。どうせいろはちゃんは北島君にまだ手も出してないんでしょう?」

「手……? たまに気合い入れる為にビンタぐらいならしてるぞッ!?」

「そういう意味じゃないわよ。子どもができるような事してないんでしょう」

「母さんッ、子どもってどうや、モゴモゴ」

「いろは、ちょっとこっち来い!!」


 俺は何か余計な事を言いそうになってるいろはの口をふさいで少しなのはさんから引き離した。


「ぷはッ! なにするんだ、かんたッ!」

「お、おおお、おまえは母親に俺の事をどう伝えているんだッ!!」

「どうって……いつも会いに行ってるって」

「あがー……」


 なるほどな。

 なのはさんにとっては、北島勘太とやらはいろはのカレシという事になっているのかもしれないな。

 ……そんなはず、ないのにな。



「とっ、とにかく、俺の事あんまり変に伝えないでくれよな、もう」

「んッ!! まかせとけッッ!!」


 ビスィッ、っとキメ顔で親指を立てるいろは。

 本当に大丈夫なのだろうか。

 すげー不安。



「作戦会議は終わったかしら、お若いおふたりさん。うふふ」


 俺がいろはを連れて物陰に行ったのを何か邪推されてそうな気がしたが、まぁ、いいか。


「はい、急にすみません。(いろはの)おかあさん」

「あらまっ、『お義母さん』だなんてっ。気が早いねぇこの子ったら!」


 べしん!

 肩を叩かれた。

 いろはの思い込みの激しさと力加減のなさは、どうやらこの筋の遺伝らしいな……。

 俺は肩をさすりつつ愛想笑いをするしかなかった。



「じゃ、おかあさんのことは任せたからね、いろは」

「応ッ! 了解だッ!」

「うふふ、ちょっとだけいろはを借りるわねん、北島君♪」


 俺はなんとかなのはさんをいろはに押しつける事に成功した。

 だが何だろうこの……得も言われぬやっちまった感は。

 もしかしたらいろはとなのはさんがどんな会話をするのかをちゃんとついて行って監視するべきだったんじゃないかと思いつつ。


 行こう、コンビニへ。




 

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