障害物22 政治家 ニーナ
「おねがいします! この新谷ニーナを女にしてください!」
痴女がいる。そう思った。
俺が例のごとく例によってコンビニに向かっていると、スーツ姿のちまっこい女の子が朝からマイク片手に街頭演説をしていた。
いわゆる朝立ちというやつだ。
身長や、舌足らずな口調で精一杯演説している様子から小学生か何かではないかと思われた。
だが、後で調べたところによると新谷ニーナは海外の大学も出ている衆議院議員候補なのだそうだ。
人はみかけによらないものだな。
俺が新谷ニーナの前を、なんとかイベントが発生しないように気配を消して歩いていると、先程の恥ずかしい宣言が聞こえて来たのだ。
妙な想像をして振り向いたのがいけなかった。
新谷ニーナは涙目になりながらも強気な表情でしっかりと俺を見つめて口元に笑みを浮かべた。
「あとひと押し! あとひと押しなのです! 新谷ニーナを女にしてください!!」
このフレーズが有効と分かったのか、新谷ニーナは再びこの宣言をスピーカーで拡声してあたりに聞こえるようにまき散らした。
意味が分かって言っているのか!?
どうなのか!?
うっかり立ち止ってしまった俺に、新谷ニーナはマイクを捨ててぐいぐい迫ってきた。
こいつ、暇人なのか?
まぁ、そうだろうな。
こんな僻地の人通りの少ない路地裏で朝からずっと一人で立ちっぱなしでは、人恋しくもなるものかもしれない。
俺はどのようにこの障害物を乗り越えるか、考えを巡らせた。
「若者の雇用創出のため! 新谷ニーナは頑張ってまいります!!」
ものすごいドヤ顔で、両こぶしを脇に固めて新谷ニーナが俺を下から覗きこんでくる。
身長差のせいで、新谷ニーナがどう頑張っても上から目線になってしまうのは仕方ないのかもしれない。
「お、おう。がんばれー」
「はい!!」
ニッコリと元気いっぱいの笑顔を見せつけてくる新谷ニーナ。
眩しいぜ。
会話が成立してテンションが上がったのか、新谷ニーナは更に身を乗り出して俺に迫ってくる。
「お願いします! 入れてください、あなたのたくましい……一票を……」
何故に倒置法!?
そしてたくましい一票って何だ!?
入れると投票BOXがこわれちゃうのか!?
……新谷ニーナ、相手のツボを確実に狙う巧みな話術は確かなもののようだ。
だが、残念なことに一歩及ばない。
なぜなら俺は……。
「ごめん。俺、未成年なんだ」
残念ながら清き一票を俺はまだ持っていないのだ。
だから彼女に入れて彼女を女にしてあげる事はできない。
それを聞いて、彼女は急に涙目になった。
「ふえぇ……ご、ごめんなさい。私、てっきり……だってその、あなた……」
落胆した様子の新谷ニーナを取り繕おうと俺は彼女に近寄る。
新谷ニーナはぺろりと舌を出して、勝利を確信した邪な笑みを浮かべた。
「だってあなた……いい体してるんだもの……」
痴女がいる。そう思った。
「なあんだ、あなた学生さんなのね。てっきり若年未就労者かと思って熱が入っちゃった」
新谷ニーナはケラケラと笑いながら目もとに浮かべた涙を拭う。
「もしあなたがNEETだったら、はがい締めにしてでもハロワに連れて行くところだったわ」
なんという雇用創出(物理)。見かけに寄らずすごいアクティブな人なんだなと俺は感心した。
俺は今のところ学校に行ってないし……働いてもいないので……。
まぁ、詳しく言うのはやめておこう。
はがい締めにしてくる物体を背負ってコンビニに行くのは苦労しそうだから。
「それじゃ、新谷ニーナは若者の住み良い社会の為に今日も頑張るよ!」
そう言って彼女は再び無人相手の街頭演説という孤独な戦いに行ってしまった。
この街で戦っているのは自分だけじゃない。彼女のおかげでそれを知れた。
俺も、コンビニを目指すという無謀な戦いに挑もう。
俺は歩きだした。
さぁ、行こう。コンビニへ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます