障害物23 アイドル NUI

「にゃっほー! NUIにゃん登場だにゃん!」


 俺がコンビニへ向かう道中、街中の大通りへと差しかかったところでキンキン高いアニメ声が聞こえてきた。

 俺が行く道と垂直に交わる大通りに沿って、スマホのカメラを構えた人だかりが見えた。

 その人だかりの中心には旅番組か何かの撮影クルーと一人のきらびやかな少女の姿がある。

 縞々のニーソックスと際どいミニスカートによって展開された絶対領域にまず目が行く。

 そしてショッキングピンクのパーカーの胸元に垂れる、水色のメッシュが入った長いツインテール。

 存在を主張するだらしない大ぶりな胸元に反比例して幼い顔立ちはキメ顔のアヒル口によって更に年齢不詳さを際立たせている。

 取り囲む人の程良さとクルーのぞんざい感から、おそらく地方局のご当地アイドルか何かなのだろうと推測される。

 もちろん俺は引き籠っていてもテレビはアニメ以外見ないので詳しいことは分からない。


 なるほど、次の障害物はアレか。

 俺は足早にその集団から遠ざかり、大通りを渡る為の信号を待つことにした。

 ザクザク。

 人の群れはクルーから一定の距離を保ちながらアイドルを囲むように丸ごと移動している。

 ザクザクザク。

 はやく、はやく信号よ変われ。

 ザクザクザクザク。

 いかん。このままでは人だかりに飲まれてしまう。

 信号は一向に変わる気配を見せない。

 大通りの先を見ると、遠くの信号から次第に赤に変わってはいるものの、その連鎖が俺のいる信号まで伝わる前に撮影クルーは俺の信号待ち地点まで到達してしまいそうだった。


 ……仕方ない。

 今回は俺の負けだ。

 やむを得ず、俺は人の群れに飲まれないように歩道を大きく迂回して別の横断歩道に向かう事にした。。

 待っている間になにか絡まれたりしたら身動きが取れないからな。

 俺は先に信号が変わりそうな横断歩道の方へと歩いた。


 関わり合いになりたくない。

 何か嫌な予感がする。

 自意識過剰かもしれないが、これまでの俺の経験から言って何かしらの邪魔が入るのではないかと警戒していた。

 俺はなるべく存在感を消して人ごみの横を通り抜けた。


 ……。

 どうやら成功したようだ。

 何事もなく、通り過ぎる事ができたのだ。

 俺は安堵のため息をついた。

 もにゅ。

 油断した俺の右腕に、わがままな柔らかいものがまとわりついた。

 訂正しよう。

 俺は諦念のため息をついた。



「あれー? NUIちゃん? NUIちゃんがどこか行っちゃったー」


 わざとらしいアナウンサーの声が後方から聞こえる。

 人だかりのざわめきも聞こえる。

 そして、俺の右側から「にゃん♪ にゃん♪」と歩く度にあざといアニメ声が聞こえる。

 振り向くものか。見るものか。

 俺は額に忍の一字を浮かべて横断歩道まで歩こうとする。


「あーっ、NUIちゃん! あんなところに!」


 いかん。さっそくイベントが発生したようだ。

 ていうか、何なんだこの演出は。

 なんで地方アイドルがクルーの目を盗んで俺に……。

 否、全て演出のうちか。

 通りすがりの高校生に絡んで面白いことを言わせようとか、そう言う……。

 あぁ……。俺は知らんぞ、こんなことをして……。



「もーっ、NUIちゃんったらダメじゃない。かっこいい子を見つけるとすぐにコレだもん」


 歩みを止めた俺とNUIちゃんさんに追いついたアナウンサーの女性が、ADのカンペに従ってNUIちゃんを叱った。


「てへぺろなのにゃん♪ NUIちゃんはこのお兄さんが気に入ったにゃん! 案内してもらおーっと!」


 NUIちゃんさんは耳元で聞くと高音で痛いほどのアニメ声で言いながら、俺の右腕を更に深く柔らかい温もりに包みこんでいく。


「行こっ、お兄さん♪ れっつ、にゃー!」


 俺が咄嗟のリアクションを取れない事など想定済みの様だ。

 NUIちゃんさん含む撮影ご一行は俺を足止めしている事など気にもせずに大通り沿いにグイグイと進んでいく。

 スマホカメラの衆人からは厳しく鋭い視線が突き刺さる。

 すまない。

 この子の胸はすごく気持ちいい。

 でも嬉しくはないんだ。分かってくれ……。

 俺の心の叫びもむなしく、それから5分ほど飛び入り撮影に付き合わされるのだった。



「おっけーでーす」


 撮影の区切りがついてクルーから声がかかる。

 さんざん引きずられた俺は流されるままにNUIちゃんさんから地元名物レバニラアイスを口に入れられて悶絶していたところだ。

 地元民の素なリアクションが撮れて満足なことだろう。

 俺は一刻も早くコンビニで水を買い、口の中のレバニラ臭を取り除きたかった。


 と思っていると、NUIちゃんさんが500mlのペットボトルをそっと差し出してくれた。


「あはは、まだマズそうな顔してる。ホントにこのレバニラアイスって名物なのかなぁ」


 カメラが回ってない所ではにゃんにゃん口調もしないプロのアイドルだ。

 そのさりげない優しさに、俺は一瞬でファンになってしまった。

 我ながら現金なことだ。


「あ、あの……」


 俺はNUIさんに勇気を出して、あるお願いをした。

 そして……。


 ……。

 撮影クルーから解放された俺は、随分遠くなってしまったコンビニへの道へ戻るべく独りトボトボと歩いている。

 手元には俺のスマホ。そして、画面に映っているのは俺とNUIちゃんさんのツーショットだ。

 写真を一緒に撮らせてくれとお願いしたのだ。

 NUIちゃんさんは快諾し、あろうことか俺の頬にキスをしたところでシャッターを切ってくれた。

 始め、ふてくされた態度で接してしまったことを今更ながらに後悔する。

 家に帰ったら、今日の撮影の放映日を調べよう。

 そんなことを考えつつ、俺は目的地を目指す。


 さぁ、行こう。コンビニへ。




 

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