障害物17 巫女 千代


「うー、コンビニコンビニ」


 今コンビニを求めて全力歩行している俺は高校生のごく一般的な男の子。

 強いて違うところをあげるとすればひきこもりってとこかナ……。

 名前は北島勘太。



「待たれよ、少年」


 今回は家を出て数歩のところで声をかけられた。

 あれから何の障害も無く家を出られるなんて幸先が良いなと思った矢先の出来事だった。

 俺は声がした方向を振り向きながら歩く。少しでもコンビニへの距離をかせぐ作戦だ。

 強い直射日光の中、そこにいたのはなんと真っ赤な袴の巫女さんだった。

 その巫女装束は袖が無いタイプの様で、腋が隙間から見えて涼しげだ。


「おぬし、悪霊に取りつかれておる」


 巫女さんは白い折り紙がついたお祓い棒のようなものを真っ直ぐこちらに向けて芝居がかった台詞を言った。

 その棒の奥にある勝気な表情は思いのほか幼く、中学生ぐらいの少女の様だ。

 目が悪いのか、片眼に眼帯をしていた。

 いや、目が悪い以外の理由で眼帯をしているのではないと良いのだが。



「少年よ、お主はこれから災厄に見舞われる事となるであろう。その時までこの護符を携え嵐に備えるのだ」


 何だかちょっと危ない雰囲気のする巫女さんは何か細かく書き込まれた細長いお札のようなものを懐から出し、手渡してきた。


「災厄……そう言われてもなぁ」

「なんだ、信じないというのか。このヒノカグツチの巫女たる筑摩千代の慧眼未来視を!」

「ヒノ……なんだって?」

「ヒノカグツチ! えっと、ヤマトの国に伝わる古文書に記されし炎の神よ!」

「あー、うん。霊験あらたかなのは分かったけど」


 俺は受け取ったお札をポケットにしまいつつ改めて巫女さんに向き直った。


「巫女さんて確かバ」「言うな少年! 呪詛返しにあうぞ!」「イト……」


 ガバッとものすごい勢いで近づいてきた巫女さんに正面から片手で口をふさがれた。

 さっきから気になってるけど、少年って……。俺は一応、年齢的には高校生なんだけどなぁ。

 口をふさがれながらぼんやり考え事をしていると、何か背筋にざわざわと悪寒が走った。

 なにか、また厄介なのが近づいているような、そんな……。



「勘太ッッ!! その女から離れろッッ! 闇に囚われるぞッッ!!」


 凛と透き通る、聞きなれた声音。だがその言葉の内容から、俺が心を躍らせる様な相手ではないとすぐに理解した。


「このは! どうしてここに!?」


 突如現れたのは俺の幼馴染の双子の妹、このはちゃんだった。


「その話は後だ、勘太ッッ! まったく貴様はすぐに女に鼻の下を伸ばして!」


 このはちゃんはセーラー服の上に黒いマントを羽織り、何やら分厚い英字の書物を片手に持って俺と巫女さんの間に割り入った。


「そんな様子では、まだ貴様にお姉ちゃんを任せる事は出来ないなッッ!」


 このはちゃんは黒いマントを片手で広げて巫女さんから俺を隠す。どうやら、かばってくれているらしい。

 まぁ、巫女さんからはそれほど悪い事をされていないので守られても困るのだが。

 それより状況を説明して欲しかった。



「クックック、また会ったな『双剣の片割れ』よ。いや、現世での名は確か『伊集院このは』だったか」

「『炎の巫女』め。人間風情が、今度は何をたくらんでいる?」


 巫女さんとこのはちゃんは睨みあったまま、よく分からない単語の応酬を繰り返している。

 これはまさか、出会ってはいけない二人が出会ってしまったのではないだろうか。

 収拾がつかなくなる前になんとか逃げ出したいのだが。


「おい、勘太ッ。ここは私に任せて貴様はコンビニに行け。今度こそカロリーハーフのコーラを買ってくるのだぞッ!」


 ここでこのはちゃんのありがたいお言葉。どうやら今回は見逃してくれるらしい。


「待たれよ、少年! このまま進めば異界に取り込まれる事にあるぞ! 我が炎の洗礼を以って邪霊を調伏させなければ……」

「貴様……罪なき迷い子を闇の炎に抱かせるというのならば容赦しないぞ」


 言っている事はよく分からないが、このはちゃんは今回は俺の味方らしい。

 ありがたく、退散させてもらうとしよう。



「じゃ、じゃあここは任せたよ、このはちゃん! ありがとう!」

「お、おう……か、勘違いするなよッ、人間! 貴様の為じゃないからな! お姉ちゃんに頼まれたから、仕方なくなんだからなッッ!!」


 このはちゃんは真っ赤にした顔を隠すようにマントを更に高く掲げて巫女さんの方を向いた。

 本当にこのはちゃんはお姉ちゃんの事が大好きなんだなぁ。

 このチャンスを逃すとこの場からは長らく逃れられそうにないので、素早く身をひるがえしてコンビニへ向かう事にした。


 行こう、コンビニへ!

 俺は駆けだした。

 その時、ズボンのポケットからカサッと乾いた音がした。

 そういえば、あの巫女さんからお札を貰っていたんだった。

 俺は丁寧にそのお札をポケットから取り出して、どんなことが書かれているのか見てみようと思った。


「やけに薄っぺらい紙だな?」


 そこには、こう書かれていた。


 『サークルマート 十二支町支店』


 レシートじゃねぇか!!


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る