障害物16 人妻 珠美

 やあ、みんな元気かい!

 俺の名前は北島勘太。

 ここ数ヶ月は部屋とトイレを往復する生活を送っていた、ひきこもりがちな高校生さ。

 そんな俺なのだが、とある理由でコンビニに行かなければならなくなった。

 さぁ、行こう。夢と冒険の旅へ。



「あら、勘太君。こんにちは」


 コンビニへ行こうと部屋を出て一歩も動かないうちに呼び止められた。

 出鼻をくじかれる形になったわ。


「えーと、あなたは確か……麗ねえの家庭教師の……」

「うふ、田沼珠美よ。お久しぶりね」


 我が家の2階にある麗ねえの部屋へ訪ねてきた珠美さんはちょうど階段を登り終える数歩手前だったようで、白いワイシャツの胸元から深い谷間が丸見えになっていた。

 なぜだろう。この人は数回しか会ったことが無いのに妙に熱っぽい視線を俺に送ってくる。

 ……俺の気のせいかもしれないが。

 珠美さんは大人の色気というか、熟した果実の蒸れた熱気のようなフェロモンをいつもまとっているように感じられる。


 俺の視線が珠美さんの胸元にくぎ付けになっている事に気付いたのか、珠美さんはゆっくりと俺に近づくと俺の顔を覗き込むようにかがんできた。

 近づかれた事で気付いたが、珠美さんのシャツにはブラの肩ひもが透けていない。

 束縛から解き放たれただらしない二つのふくらみが振り子玉のようにぶつかり反発して左右に揺れた。

 シャツに透ける胸元の先端は肌色よりも一段階色の濃い物が見えてしまっている気がする。

 そしてその存在を主張するように尖った形が内側から服をゆがめていた。



「もう、イケナイ子ね。そんな所ばかり見て……。気になるのね? うふ」


 珠美さんのぽってりとした厚い唇が言葉を紡ぐたびに、なにやらイケナイ気持ちになってくる。

 このままではダメだ。このままだと、自分自身が非常に歩きづらい事態になってしまう。

 俺はなんとか珠美さんを正面から直視しないように体全体を逸らした。若干、前かがみで。

 この状況を切り抜けなくては。このままだと家庭教師の特別授業が始まってしまう。


「す、すみません珠美さん。その、付けていないとは知らずにマジマジと見てしまって……」

「あらあら、うふふ。正直なのね。体も。だけどね勘太君。私は今、付けていないだけじゃないのよ」

「あ、そ、そうなんですか」

「実は、履いてないの」

「ふぇっ……は、はあぁ?」


 珠美さんは黒いタイトスカートのスリットを指で少しずり上げて見せてくる。

 たしかに、たまに見かけた時に履いている煽情的な黒いガーターベルトを身に付けていないようだ。

 だが、もし履いていないのがガーターベルトだけじゃないとしたら……?


 ゴクリと生唾を飲み込んで、その黒い魅惑的なスリットから目を離せなくなってしまった。

 だ、ダメだ。もうダメだ。おしまいだ。

 降参しても……ゴールしても良いよね……?

 俺はそのスリットに吸い寄せられるように一歩、前に進んだ。

 あぁ、楽園はこんな近くにあったんだ……。



「ちょいと珠美っ、なにしてるんだいっ!」


 ビクッ!

 俺の脚が止まる。

 聞こえた声は聞きなれた、カーチャンの物だった。

 いつの間にそこにいたのか、カーチャンも階段を上って2階に来ていたらしい。


「……うちの勘太に変な事しないおくれっ! 今日は家庭教師として来てもらってるんだからね、お金を払っている分しっかり働いてもらうよっ」


 カーチャン、いや、お母様。

 俺は脳内で謝辞を述べた。

 助け船をくださってありがとうございます。もうとんかつのキャベツを残したりしません。


 だが、咎められた珠美さんも黙ってはいないようだった。


「あーら、エリカさん。私はちょっとだけエリカさんの事を見習っていただけよ? 大学時代に私の彼氏だった北島くんにあなたがした手管をね」


 珠美さんとカーチャンは古い知り合いらしい。お互いにニッコリほほ笑んだまま視線が火花を飛ばしている。


「なんだって? 北島くんを彼氏だと思っていたのはアンタだけじゃないのさ。実際このとおり北島くんはあたしを選んだんだからねっ!」

「な、何よこの泥棒猫!」

「こっちは幸せな家庭を築いてるんだよっ! 昔のよしみでバイトさせてやってるんだから大人しくしてなっ!」

「真面目にやってるでしょう、麗ちゃんのお勉強に関しては! 私はただ、勘太君にちょっと北島くんの面影を見て懐かしんでいただけで」

「おもいっきし誘惑してたじゃないかい! このビッチ!」

「なんですって、この寝取り女!」


 聞きたくない聞きたくない、自分の母親の生々しい青春の色恋沙汰なんて。

 なんか、居づらい空気になってきたぞ。


「あの……もう行っても……」

「勘太っ! 外にお買い行っておいでっ! あたしは珠美先生と教育方針についてお話したい事があるんでねっ!」

「はっ、はい! 喜んで!」


 俺はカーチャンから500円玉を受け取ると階段を駆け降りた。


 危なかった。

 あのままあの場所にいたら聞きたくもないカーチャンの武勇伝を聞かされるところだった。

 これからは躊躇せずに迅速にコンビニに行かなければならないと決意を新たにした。



 さぁ、行こう。コンビニへ……!


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る