障害物34 宇宙人 メトロ

 パンッ! パンッ!

 肉と肉のぶつかる音が響く度に、ヘーハチの引き締まったおしりが跳ね上がる。


「もっ、ゆるしっ……勘太どのぉ」


 切なげな声を上げるヘーハチのおしりに俺は何度もお仕置きを叩きつけた。

 俗に言う、お尻ペンペンという奴である。



「はー、勘太どのは容赦無いでござるな」


 ヘーハチは俺に叩かれたお尻をさすりながら不満そうに呟く。

 ロケット内と言う密室で彼女にされた事に対するささやかな復讐であった。

 とはいえ相手はサイボーグ。痛い振りはしていたようだが実際には男子高校生の平手打ちなど痛くも痒くもないだろう。むしろ俺の手が真っ赤に腫れてしまった。



「お父さんって、そんな趣味が……?」


 父親の性癖を暴かれた娘のような表情でほのかちゃんは若干引き気味に俺から距離を取った。

 誤解だ、誤解。

 この世界のほのかちゃんは短パンにワイシャツにネクタイという中性的な服装だった。

 ほのかちゃんの服が変わっているのを見る度に、別の世界に辿り着いたのだと実感できる。



「それじゃあ行きますか、コンビニ」


 俺は二人を従えて馴染みの場所へと歩いた。

 ふと空を見上げると、青空の中をふらついて飛行するUFOが見えた。

 珍しいなと思う。

 UFOが、ではなく。この世界で俺のコンビニ行きを阻む者があらかじめ見えているのが。

 そのUFOは俺がコンビニに近づくにつれて地上へとフラフラ落下してくる。

 そしてタイミングを合わせたかのように、俺がコンビニの自動ドアの前に一歩踏み出した所で墜落。コンビニがあった所はそのままUFOによってペチャンコになった。



「も、もう何が出てきても驚かないぞ」


 俺が自己暗示をかけている眼の前で、UFOの表面が割れ、出入口を兼ねた昇降階段が現れた。

 そしてそこから出て来たのは色白な少年のように見える端正な美少女だった。

 着ている服装も人類のそれと全く変わらない。どこででも手に入りそうな白いワンピースのドレスだ。

 美少女は眼の前にいた地球人である所の俺に向かって申し訳なさげに明瞭な日本語で呟いた。


「あのう、すみません。このあたりにトイレを貸してくれるコンビニはありませんか?」


 ゲテモノな宇宙人が出てきて「地球人を皆殺しにしてやる!」とか言いだすのではないかと身構えていた俺は意表を突かれた。

 まさかそんな理由で不時着したのだろうか。

 だとしても……。


「あの……そこにあったコンビニがそうなんだけど……」


 俺はUFOの下敷きになったコンビニの残骸を指さして示した。


「ええーっ!? そ、そんなぁ。もうダメ、限界……」


 股間を押さえてクネクネと踊る宇宙人美少女。

 泌尿器官も人類と同じ構造なのだろうか。

 実に興味深い。


 しかしこのまま放っておくわけにもいかないだろう。もう関わってしまった事だ。

 俺はほのかちゃんに目配せする。

 ほのかちゃんは肩をすくめて首を振る。

 俺はヘーハチに目配せする。

 ヘーハチには意味が通じず満面の笑顔を返された。

 しかたない。地球人の常識的な判断力で乗り切ろう。



「ここから先に公園があって、そこのトイレが使えると思う。案内するよ」

「ほほ本当ですか。ああありがとうございます!」


 情けは人のためならず。いつか俺が宇宙旅行の最中に催しても宇宙人が助けてくれると良いな。

 俺は無事にその宇宙人を公園のトイレまで連れて行くことができた。



「ありがとうございます! あなたは命の恩人です!」


 あらゆる苦しみから解放された様な朗らかな笑顔で宇宙人は俺に感謝の意を述べた。


「私、メトロと言います。あなた方の知識で言うところの、宇宙人です」


 メトロちゃんは丁寧に自己紹介してくれたが、まあ宇宙人だという事は言われる前から察しがついていた。


「実はこの地球に不時着してしまったのには訳がありまして……」


 メトロちゃんは聞いてない事まで語りだした。

 話が長くなるパターンだぞこれは。


「地球監視目的で衛星軌道を飛行していたのですが突然宇宙空間に隕石が現れまして。アレは恐ろしい奴でした。まるで意志を持ったかのように地球のある一点めがけて進んでいたのです。私はそれを長い闘いの末になんとか撃ち落としましたが、突然の尿意に航行不能になり……」


 なるほど、それで今に至るという訳か。

 どうやらこの世界は元いた世界とかなり近いようだ。

 UFOが隕石を打ち落とさなかった可能性の並行世界が俺のいた世界と言う事になるのだろう。

 そして今いる世界では隕石は落ちないがUFOが落ちてきた。

 非常に残念だけれど、やはりここも俺が無事にコンビニに行ける世界ではないみたいだ。


 俺たちはメトロちゃんを再びUFOまで送り届けた。

 メトロちゃんは深々とお礼を言って去っていった。


「本当にありがとうございます! このご恩は忘れません! もし地球にまた隕石が落ちてきても私が食いとめます!」


 そしてUFOはふらつきながらも空へと昇っていった。


 俺たちも行かなければ。

 ほのかちゃんとヘーハチを連れて次元ロケットの発射場まで戻った。

 そしてロケットに乗り込み、跳躍。

 俺とヘーハチは再び宇宙に投げ出された。

 僅かな時間、無重力の中を漂う。


 ふと窓の外を見ると、メトロちゃんのUFOが見えた。そして近づいてくる。

 お別れの挨拶でもしてくれるのかなと思ったが、そんな事は無かった。

 ブラム! ブラム!

 宇宙空間で謎の効果音を出しながらリング状のビームを放ってきた。

 まさか打ち落とす気か!?

 まぁ、相手はこのロケットに俺たちが乗っている事など知らないだろうけど。


 はやく逃げなければ。

 焦る俺だったが、このロケットには操縦機能は無い。

 だがタイミングよくロケットが自由落下を始めた。

 このまま次元の狭間に飛び込めばなんとか助かるはず……。

 背後に迫るUFO。しかしこのロケットはもう虹色の裂け目まで辿り着いていた。


「危ないところだった」


 安堵のため息をつこうとしたその時だ。

 UFOが追突してきた!

 ロケットに激しい衝撃が走る。

 そしてそのUFOも俺たちと同じ虹色の膜を通過し、次元転移してしまった!


 ……なるようになれ。

 俺たちのロケットはUFOに追突されたまま地表へと向かっていた。


 

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