障害物33 狂科学者 むくろ
さて、何回目の時空跳躍だろうか。
リクルートスーツ姿のほのかちゃんに迎えられた俺は再び例のコンビニへと向かった。
今度はどんな障害物に阻まれるのだろう、なんて悲観的に考えながら俺はコンビニの自動ドアのマットを踏んだ。
そして辺りを警戒する。
……無音。
何も起こらなかった。まさか!
俺はついにコンビニに辿り着いたのだろうか!?
期待と興奮で震える俺を迎え入れるように眼の前の自動ドアが開かれた。
やった!
ついにコンビニに辿り着いたんだ俺は!
長く苦しい戦いだった。
ただの思いつきからここまで実に数多くの障害が俺を阻んできた。
しかしそれもおしまいだ。
俺はコンビニで頼まれたものを買って帰るんだ。
むわっ。
腐った卵のような臭いが自動ドアの隙間から噴き出して俺を生温かく包み込んだ。
急激な吐き気を催して思わず口を押さえる。
そして目の前に広がる光景は、緑色の粘液に汚染されたコンビニ店内。
陳列棚からレジまで壁も床も天井も緑色のゼリーを塗りたくったような状態だった。
あまりのグロテスクさに俺は更なる吐き気に内臓を突き動かされた。のけぞるように後ずさりする。
後ろに控えていたほのかちゃんとヘーハチをそのまま10メートルほど後退させた。
「どうしたでござる、勘太どの……? アイエエエエ!」
「ふあっ? お父さん何あれ!」
俺を押しのけてコンビニ内を確認したヘーハチとほのかちゃんは、それぞれ驚愕のリアクションを取る。
俺はもう心が折れて次の世界に早く行きたかった。
しかしこの世界で俺の行動がフラグとなって呼び起こされた現象はなんとか納めなければ、この世界に残るほのかちゃんに申し訳が立たない。
俺は様子をうかがった。
コンビニ側面のガラス越しに見ればなんて事は無い普通の光景にしか見えないのだが、開かれた自動ドアから肉眼で確認した様子は明らかに異常だ。
緑色の粘液に包まれた店員さんがこちらに気付く。
レジカウンターを両足そろえたジャンプで飛び越えると、粘液を滴らせながら店の外まで這いずり出てきた。
事態に気付かずに偶然そこを通りかかった30代の男性が、粘液まみれの店員さんと鉢合わせになった。
「え?」
30代の男性は逃げる隙も与えられずに粘液べとべとの店員さんに抱きつかれた。そして、首元を店員さんの緑色の歯で噛まれてしまった。
店員さんはそのまま男性の喉笛を噛みちぎった。
「カハッ」
喉に開けられた穴から男性の肺の中の空気が漏れる音がする。
抱きしめられたまま男性は緑の粘液に包まれ、やがて自身も緑色の粘液を分泌するようになってしまった。
「これって…」
俺はゲームで見た光景を思い出す。サバイバルホラーアクションのゲームにおなじみの敵キャラ、ゾンビだ。
まさかコンビニがゾンビに占拠されていたなんて。
よく見ればコンビニの側面から見た店内はガラスに張り付けられた写真だ。
もうずいぶん前からこの状態だったんだろう。俺が踏み入れなければ露見される事もなく夜な夜な人を招き入れてゾンビに変えていたかもしれない。
「勘太どの、あぶなーい!」
俺はヘーハチに突き飛ばされた。
そして俺がさっきまで立っていたところに、2体のゾンビから吐き出された緑色の吐しゃ物がビームのように真っ直ぐに叩きつけられた。
それを一身に受けてしまうヘーハチ。
そんな。彼女がいたからこそ俺は色々な危険な並行世界を旅して来れたというのに。
俺はヘーハチを失う事を恐れた。
彼女の支え無くしてこの旅は続けられない。
「グワーーーッ!」
ヘーハチは緑色の粘液を体中に浴びた後、2人のゾンビに組みつかれた。
「に、逃げるでござる勘太どの!」
苦しそうにヘーハチが言う。
彼女を助けることは俺にはできないのだろうか。
「拙者は、拙者はもう……」
ゾンビたちは緑色の歯をむき出しにしてヘーハチに食らいついた。
もうダメか!?
「拙者はもう、大丈夫でござるから」
パキイィィィン!
ゾンビたちの緑色の歯はヘーハチの豊満でしなやかな肌に食い込むことなく弾けて砕けた。
「ヴォオオオオオ」
歯を失ったゾンビが断末魔の声を上げる。拘束が緩んだことを察したヘーハチは忍者刀を抜き放ちながらその場で素早く回転。
バラッ。
ゾンビだった者たちは緑色のゼリーの塊のように切り裂かれて地面に転がった。
「ぶいっ! でござる!」
Vサインを見せて勝ち誇るヘーハチ。
彼女はサイボーグなのだ。ゾンビの歯だってはじき返す滑らかな金属の肌を持っている。
あぁ、ヘーハチと旅ができて本当に良かった。
「なーっ、何ですかあなたたちは!」
粘液に満ちるコンビニから、マッドハッターのように不釣り合いにでっかい帽子をかぶった金髪ドリル髪の少女が慌てて飛び出してきた。
「この天才科学者、睦月むくろのゾンビ研究を邪魔するとは、許しておけません……」
プルプルと震えて杖を握りしめるマッドサイエンティスト、睦月むくろさん。
……あなたの事は、忘れません。
「ヘーハチ、やっちゃって」
「承知! イヤーッ!」
俺の指示でヘーハチは無慈悲な袈裟掛けを眼の前の睦月むくろに浴びせる。
「こ、これで勝ったと…グフッ」
左肩から右腰までを一気に分断された睦月むくろは後方に倒れながら爆裂四散した。
睦月むくろの帽子に仕込まれていた解毒剤が一気にコンビニを浄化した。
「悪いね、時間が無かったんだ」
俺はこの世界での始末がついた事を確認するまでもなく次元ロケットの発射台まで引き返した。
緑色の粘液にまみれたヘーハチはほのかちゃんの除染シャワーマシーンによって綺麗に丸洗いされた。
おかしなゾンビ菌を次の世界まで持ち込まれては困る。
除染マシーンで体の隅々、秘められた場所までもぬるま湯で清められたヘーハチはしばらくタオルにくるまったまま茫然としていた。
体がかわいた所でまた際どい忍者装束を着て貰い、二人でロケットに乗り込む。
次はどんな世界が待っているかな……。
宇宙空間に飛び出たロケットの中でそんな事を考えていると、ふいに卵の腐ったような臭いがロケット内のどこかから漂った。
「……ヘーハチ! まだどこか洗い忘れた所があるんじゃないだろうな!?」
こんな密閉空間でゾンビ菌がまかれたら、生身の人間である俺はたちまち汚染されてしまう。
焦る俺に、ヘーハチは顔を真っ赤にして言った。
「すまぬ……勘太どの。それは拙者のおならだ……」
うなだれるヘーハチ。
ロケットから降りたらケツをひっぱたこうと心に決める俺だった。
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